キリアンの『輝夜姫』気品あるルナヴァン、鼓童、雅楽などがアンサンブル魅了した

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opera national de Paris パリ国立オペラ座バレエ団

Jiří Kylián:KAGUYAHIME イリ・キリアン『輝夜姫』

イリ・キリアンが1988年にネザーランド・ダンス・シアター(NDT)のために振付けた『輝夜姫』は、1991年にNDTの引越し公演でパリの観客に知られていたが、今回パリ国立オペラ座バレエ団のレパートリーに入った。
キリアンは日本民話の要素を完璧に排除し、きわめて抽象的な作品に仕上げた。日本を感じさせるのは石井眞木が1984年に作曲した音楽だけだ。笙、龍笛、篳篥の雅楽アンサンブルが静を、鼓童と西洋打楽器が動を交互に表現する手法は単純そのものだが、作品にメリハリの利いた枠組みを与えている。

パリ国立オペラ座バレエ団 『輝夜姫』 アリス・ルナヴァン、ステファーヌ・ファヴォラン (C) Anne Deniau / Opéra national de Paris

幕に当てられた照明の円や舞台中央奥に置かれた大太鼓が月を表現する一方、舞台上には天井から吊り下げられた横に長い金属板が左右に揺れるのと、滑車の付いた可動性の箱(裏側は鏡になっている)、それに巨大な金色の幕というシンプルな装置以外は何もない裸の空間を、音楽とともに変転する照明とダンサーの動きだけで舞台を構成している。

パリ国立オペラ座バレエ団 『輝夜姫』アリス・ルナヴァン  (C) Anne Deniau / Opéra national de Paris

キリアンは主役の輝夜姫に、マリ=アニエス・ジロ、アニエス・ルテステュ、アリス・ルナヴァンの三人のダンサーを選んだ。6月27日はヴェトナム系ハーフのアリス・ルナヴァンだった。多くの男性たちが近づこうとしても、全く視線を向けず、周囲との距離感をはっきりと感じさせた。柔らかな肢体や手の動きはなめらかで、仏像を思わせるような穏やかさと気品があたりに広がった。
6月11日の初日の批評が「繊細な筆で描かれたデリケートな少女を演じるのに、なぜキリアンがオペラ座のダンサーの中で最も筋肉質の、肩幅の広い、ワルキューレのようなジロを起用したのか理解できない。ジロは卓越したテクニックと芸を披露したが、一瞬たりとも夢幻の世界を創り出すことができなかった。(ジャックリーヌ・チュイユー「コンセール・クラシック」)」と指摘していている。ジロとは対極的な若い東洋系のルナヴァンでこの作品を見ることができたのは幸運だったようだ。

今回公演の特徴は作曲家が演奏団体として想定していた鼓童が始めてこのバレエに出演したことだろう。鼓童の山口幹文芸術監督は「二十年ぶりの演奏で、ダンサーや照明との連動が難しかった。しかし、さいわいなことに指揮者のミヒャエル・デ・デローが日本に詳しく、次の所作への「間」をたくみに測ってくれたので滞りのない演奏が実現した、と語っている。客席も、弘前の下山囃子を引用した祭りの音楽の部分で大きく沸いた。「本公演の最も輝かしい成功は間違いなく音楽にあった。中腰の鼓童アンサンブルと打楽器アンサンブルのコントラストと伝統的な衣装を着けた雅楽アンサンブルは魅惑的で、例外的なスペクタクルとなった。見逃せない公演だ。」(「レスムジカ」デルフィーヌ・ゴアテル)という評にある通り、作品はパリの観客から暖かく迎えられた。
(2010年6月27日 バスティーユ・オペラ)

パリ国立オペラ座バレエ団 『輝夜姫』アリス・ルナヴァン  (C) Anne Deniau / Opéra national de Paris

音楽/石井眞木
振付/イリ・キリアン
装置・照明/ミヒャエル・シモン
衣装/フェリアル・シモンとジョーク・ヴィッサー
ミヒャエル・デ・ロー指揮
鼓童(山口幹文 斎藤栄一 新井武志 今海一樹 辻勝 阿部研三 内田依利)
雅楽アンサンブル(笹本武志/龍笛 三浦礼美/笙 田淵勝彦/篳篥)
打楽器アンサンブル

<配役>
輝夜姫/アリス・ルナヴァン
帝/ステファーヌ・ファヴォラン
帝の近習/フロリアン・マニュネ、マチュー・ボット
求婚者/マチアス・エイマン、アレッシオ・カルボネ、ジョシュア・オファルト、ジュリアン・メザンディ、アドリアン・クヴェ
上演時間 90分 (第1部が40分、休憩20分、第2部が30分)

Photos Anne Deniau / Opéra national de Paris

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