ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2016.11.10]
♪バレエ昔も今も♪BALLET OLD AND NEW♪
『ミルピエ〜パリ・オペラ座に挑んだ男〜』という映画が12月23日より公開される。これはバンジャマン・ミルピエがオペラ座の舞踊監督となってから、『クリア、ラウド、ブライト、フォワード』という新作を振付けて上演するまでをドキュメンタリーで追った映画だ。ミルピエのバックグラウンドは、かつてのパリ・オペラ座の舞踊監督とは大いに異なる。彼は1977年ボルドーに生まれたが、少年時代をアフリカのセネガルで過ごし、アフリカンとコンテンポラリー・ダンスの教師だった母親から手解きを受ける。SABに入学し、そこでロビンズの学生のための作品の主役に抜擢される。そしてNYCBに入団し、プリンシパルにもなった。振付活動も積極的に行っていたが映画『ブラックスワン』の振付を行い、主演女優のナタリー・ボートマンと結婚して一躍、有名になった。
こうしたバックグラウンドを持つミルピエには、オペラ座が伝統的に遵守しているカドリーユからエトワールまでの厳格な階級制がどのように見えたか、それは自ずから明らかであろう。毎年年末のダンサーが「コンクール」と呼ぶ昇級試験が、彼らにどれ程の負担を負わせていたか、それは。最もダンサーに近い立場にいたミルピエにとってはわかりきったことだった。そしてピラミッド型の元である階級制度が作るバレエの文化が、今日の時代とはかけ離れたものになりつつある、と思っていただろう。結局、彼は1年余の在任で舞踊監督の座を退くことになったが、この映画の中には、内在する巨大なバレエカンパニーの様々な問題点が浮き彫りにされている。

ハムレットとオフィーリアの魂を共有するパ・ド・ドゥが秀逸、中村と首藤の「"DEATH" HAMLET ハムレット」

KAAT神奈川芸術劇場「DEDICATED 2016」
「”DEATH” HAMLET ハムレット」中村恩惠:演出・振付、首藤康之、中村恩惠:出演

KAAT神奈川芸術劇場のDEDICATED2016は「”DEATH” HAMLET ハムレット」だった。このシリーズは、2011年のKAATを開館した時に起こった東日本大震災に対して、バレエダンサー首藤康之が舞踊で何ができるのか見直し、自身の想いを社会に捧げることをテーマとして、今まで4回にわたって創作を継続してきたもの。今回はシュエイクスピア没後400年にちなんで、『ハムレット』を題材に選び、テーマをDEATHとして制作された。演出・振付は中村恩恵、出演は首藤康之、中村恩恵他で芸術監督の白井晃が「声」で出演している。
作品のイメージ及びその展開を周到に練られて制作されたと思われる舞踊の舞台だった。

tokyo1611a_0260.jpg ©大河内禎(すべて)

首藤康之がハムレット、中村恩恵がオフィーリアとガートルードに扮した。設定は一人の青年が美術館に来ると、そこには『ハムレット』のさまざまな登場人物の肖像画が飾られている。そこから『ハムレット』の世界に引き込まれていく。
『家族の肖像』ならぬ<悲劇・ハムレットの肖像>であり、思わず知らず知的想像力が刺激される見事な発端だ。
そしてまず踊られるのは、父(宰相ボローニアス)を愛する人に(誤って)殺されて狂気に陥ったオフィーリアと、デンマーク王だった父の亡霊から真実を知らされたことを隠すために、狂気を装っているハムレットのパ・ド・ドゥ。オフィーリアは狂気だが、ハムレットの愛を心の深部で理解している。ハムレットは狂気の裏側に隠しているオフィーリアへの愛を伝えようと懸命で、伝わっている確信はある、という表現。しかし、時系列で考えると冒頭にこうしたすでにドラマが進展した設定で踊られることはないはず。するとこれはオフィーリアの霊に誘われて『ハムレット』の世界に迷い込んだ青年の幻想だろうか。ともあれ、物語の象徴的パートを、クラシカルなダンス表現で巧みなに表した「愛のデュエット」だ。このハムレットとオフィーリアの二人が、メタフィジカルな世界で結ばれている、という現実を冒頭にもってきたことは、この舞台の成功の大きな要因だと思う。

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また、ハムレットとオフィーリアの踊りは、この最初と「尼寺に行け」「オフィーリアの死」どれも良かったが、とりわけ最後の「墓場」のシーンは秀逸。オフィーリアの死体はハムレットと踊っているうちに、よみがえって生きて踊るが(冒頭のシーンとも呼応している)、やがてまたもとの死体にもどる。舞踊表現の最も得意とするところをクライマックスに持ってくるうまさとは解っていたつもりだが、深く感動した。もちろん、これも冒頭の魂の共有とも言うべきシーンがあったればこそと言えるであろうけれど。
また、「エルシノア城」のタンゴを使ったハムレットとガートルードもさすが。ガートルードの微かな頽廃を漂わせる大人の雰囲気が、登場人物たちの肖像画が吊るされている劇空間に静かにたち現れた。サングラスを掛けたてコミカルに見せた「To be or not to be」のシーンも気が利いていておもしろかった。ここに深刻さを持ちこなまいことが『ハムレット』演出のコツかもしれない。クローディアスの兄王の毒殺を暗示させる芝居のシーンも、あっさりとみせあまり仕掛けを強調せず、クールな表現だった。
ラストシーンですべての登場人物が死ぬのだが、過去を飾る美術館という設定だけでなく、それ以前のシーンにもそれぞれの「死」の影が付き添っていて、舞踊でありながら、あたかもヴィスコンティの映画を観ているかのような格調あるトーンに魅せられてしまった。ぜひ再演をお願いしたい。
(2016年10月2日 KAAT神奈川芸術劇場)

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tokyo1611a_1423.jpg ©大河内禎(すべて)
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