バルセロナの街の「楽天的な賑やかさ」とキトリとバジルの恋が色彩豊かに描かれた、新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』
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ワールドレポート/東京
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
新国立劇場バレエ団
『ドン・キホーテ』マリウス・プティパ/アレクサンドル・ゴルスキー:振付、アレクセイ・ファジェーチェフ:改訂振付
マリウス・プティパは1843年から46年までの20代半ばに、スペインの各地を巡演して踊った。活気溢れていたであろう若き日のプティパは、各地域ごとに特色のある踊りがあると言われる<舞踊の王国>スペインの舞台で踊り、太陽の光が惜しみなく降り注ぐ色彩豊かな土地で生活を満喫した。マドリッドの王立劇場に招かれ「十分に満足のいく条件だった」そうだ。さらには、スペインの女性を巡って命を賭した拳銃による決闘に巻き込まれたこともあった、とも回想録に綴られている。『ドン・キホーテ』には、後年偉大な舞踊家となる若き日のプティパのナイーブな感情に刻印されたスペインの体験が、巧みに物語の中に織り込まれて作られている。
木村優里、渡邊峻郁 撮影/鹿摩隆司
実際、このバレエに登場するスペインの民衆たちは、人間味豊かに活き活きとして踊り、生活と文化が舞踊と分かち難く結びついていることが分かる。ギターを手にした床屋の若者とアバニコをひらめかせる宿屋の娘の恋の駆け引き、マタドールとその他の闘牛士たちと短剣とマントのスリリングな踊り、夜のタブローで妖しく踊る官能的な踊り子、郊外に屯する野生的なロマたち・・・。登場人物もドン・キホーテは郷士だが騎士だと思い込んでいるし、サンチョ・パンサは農民、床屋のバジル、宿屋の主人ロレンツォ、成金の金持ちガマーシュ、とスペインのさまざまな人々の生態が活写され、それ自体がコミカルである。そしてそれぞれの人物が極めて人間的で独特のキャラクターを現して存在感を主張し、物語を形成している。とりわけ、騎士道精神に取り憑かれ現実と妄想が混在している老騎士がドゥルシネア姫を崇拝しているという設定は秀逸だ。この設定によって『ドン・キホーテ』はコメディ・バレエとして成立していると言えるだろう。そして貴族は最後に公爵夫妻が登場するだけだ。
バレエ『ドン・キホーテ』は、1869年にモスクワのボリショイ劇場でプティパにより初演され、1971年には大幅な改訂が加えられてサンクトペテルブルクで再演された。この時に、ドン・キホーテの森の中の夢シーンと最後の結婚式のシーンが加えられ、キトリとドゥルシネア姫を同じダンサーが踊るようになった、と言われている。さらにプティパの教え子であったアレキサンドル・ゴルスキーが改訂を加え、舞台美術も刷新されてモスクワのボリショイ劇場で上演された。その後も種々の改訂が加えられたが、現在上演されている『ドン・キホーテ』はほとんどが、このロシア・バレエの伝統が作ったヴァージョンに基づいており、プティパ/ゴルスキー振付と表記される。
新国立劇場バレエ団の『ドン・キホーテ』はアレクセイ・ファジェーチェフがプティパとゴルスキーの振付に改訂を加えたもの。ファジェーチェフは周知のように、ボリショイ・バレエのプリンシパルとして踊ったが、プリセツカヤのパートナーとして知られるニコライの子息である。彼は1999年に新国立劇場バレエ団に『ドン・キホーテ』を振付けた当時は、ボリショイ・バレエの芸術監督で、この傑作の特徴は「楽天的な賑やかさ」であり、最もボリショイ劇場らしいバレエだと言っている。そして改訂振付に際してはプティパの原典を尊重している。私の記憶では、新国立劇場の初演では、確か、ドン・キホーテの愛馬ロシナンテは本物の馬を舞台に載せた。これはプティパの回想録に、初演の際にプティパ自らが見つけた本物の馬を出演させた、とあることから着想したものだと思われるが、今日では素晴らしいアイディアとしては迎え入れられず、その後は登場することはなかった。また、新国立劇場の初演では、現芸術監督の吉田都(当時・英国ロイヤル・バレエ、プリンシパル)がアンドレイ・ウヴァーロフのバジルと共にキトリを踊った。
木村優里 撮影/鹿摩隆司
奥村康祐 撮影/鹿摩隆司
私は10月21日のソワレを木村優里のキトリと渡邊峻郁のバジルで観ることができた。ドン・キホーテは中島駿野、サンチョ・パンサは宇賀大将、ロレンツォは清水裕三郎、ガマーシュは奥村康祐、キトリの友人は山本涼杏と花形悠月、エスパーダは中島瑞生、街の踊り子は直塚美穂、メルセデスは益田裕子、カスタネットの踊りは原田舞子、森の女王は内田美聡、キューピッドは廣川みくり、というキャストだった。
木村優里は日本人ダンサーとしてはやや大柄なほうだと思われるが、いつも堂々とした存在感を感じさせて、舞台姿が良い。キトリはバジルが他の女性と語らったりすると内心、気が気ではないのだが、一向に平気なふりをして他の男に近づいたりする。もちろんバジルが大好きなのだが、ヤキモチを焼いてみたり、少し冷たく突き放してみたり、恋の駆け引きをすること自体を楽しんでいる明るいスペイン娘。バジルは伸びやかで活気のある若者でモテ男だ。ちょっとだけ女性にサービス過剰だが、これもキトリを意識してのことだろう。そしてロレンツォがどうしてもキトリとの結婚を許さないと知ると、狂言自殺を思いつき、実際に実行に移してしまうような快活な気質の持ち主だ。
渡邊峻郁 撮影/鹿摩隆司
渡邊峻郁のステップは抑制されて端正だが俊敏で美しい。木村優里もバランス良く踊って可愛らしかった。それぞれの踊りは素晴らしかったが、ただちょっとだけ二人のやりとりから生まれる雰囲気は弱かったようにも感じられた。南の国の恋人たちだし、コメディ・バレエだし、二人の関係から生まれる表現をもう少し強調しても良かったのかも知れないと思った。
ドン・キホーテ、サンチョ・パンサ、ロレンツォ、ガマーシュなどの個性的な脇役たちがしっかりと芝居をして、バルセロナの街の人々の「楽天的な賑やかさ」を大いに盛り上げていた。中でも奥村康祐のガマーシュの熱演が際立った。脇に回っても見事にプリンシパルの演技をしていた。キトリの友人の二人も活発に動いて、バルセロナの人々の気分を表すのに効果的だった。
そして3幕の結婚式のシーンのグラン・パ・ド・ドゥは豪華に踊られて素晴らしいものだった。渡邊峻郁のバジルのキレの良いターンとすっきりとした跳躍、木村優里のキトリの悠然自若としたフェッテには喝采が贈られ、カーテンコールのスタンディングオベーションへと至った。
ファジェーチェフ版はプロローグにドゥルシネア姫が姿を見せないし、ジプシーの踊りや3幕の銀月の騎士とドン・キホーテの決闘シーンもカットされており、物語の筋はシンプルで分かり易くなっていた。全体に、スペインの風物の絵巻物を見ているかのようで流れが良かった。また、ふんだんに登場する舞踊シーンもダンサーがそれぞれに力量を発揮して存分に楽しめた。新国立劇場バレエ団では初演以来多くの再演を重ねて伝統が築かれつつあるのだろう。ゆくゆくはボリショイ劇場の『ジゼル』のように、新国立劇場バレエ団でなければ上演することのできない「十八番」の演し物としてもらいたい。
益田裕子、中島瑞生 撮影/鹿摩隆司
花形悠月、山本涼杏 撮影/鹿摩隆司
原田舞子 撮影/鹿摩隆司
中島駿野、宇賀大将 撮影/鹿摩隆司
廣川みくり 撮影/鹿摩隆司
内田美聡 撮影/鹿摩隆司
直塚美穂、中島瑞生 撮影/鹿摩隆司
木村優里、渡邊峻郁 撮影/鹿摩隆司
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