古典バレエの香しさを見事に表したダンサーの層の厚さと技量の充実、カンパニーの底力を感じさせた東京バレエ団『眠れる森の美女』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団

『眠れる森の美女』斎藤友佳理:新演出・振付

東京バレエ団が、来年迎える創立60周年の記念シリーズの一環として、斎藤友佳理・芸術監督がプティパの原振付に基づき新制作した『眠れる森の美女』を初演した。2015年に芸術監督に就任した斎藤は、2016年にブルメイステル版『白鳥の湖』を導入、2019年にはイワノフ&ワイノーネン版に基づき自ら改訂演出・振付をした『くるみ割り人形』を発表。今回の『眠れる森の美女』で、チャイコフスキーの三大バレエすべての新制作が完了したことになる。斎藤は、三大バレエの中で最も絢爛豪華で典雅な『眠れる森の美女』を手掛けるにあたり、作品のコアな部分は変えず、古典バレエとしての薫りを保ちつつ、振付や演出は現代のバレエ芸術に合うよう刷新したという。披露された『眠れる森の美女』の舞台は、壮麗さの中に気品を漂わせていただけでなく、主役や群舞のダンサーたちによるレベルの高い踊りは古典バレエの様式美を伝えてもいた。

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© Shoko Matsuhashi(2023年11月11日公演より)

『眠れる森の美女』はプロローグ付き全3幕と大作だけに、冗長な部分をカットして上演時間を短くするケースはよくみられるが、斎藤版ではあまりカットは行わず、終幕の結婚式の場で踊る演目を追加してもおり、2回の休憩を入れて3時間強とやや長めにまとめていた。善の精リラを、オーロラ姫とデジレ王子の両方の「洗礼の母」に設定してその役割を強調しており、デジレ王子をオーロラ姫に引き合わせる森の場面には丁寧かつ幻想的な演出が施されていた。また、もともと男性ダンサーの踊る場面が少ない作品なので、それを補うように男性が踊る場を増やす工夫もしている。主要な役は妖精や宝石の精たちも含めてトリプルキャストが組まれていた。オーロラ姫とデジレ王子は沖香菜子&秋元康臣、秋山瑛&宮川新大、金子仁美&柄本弾の3組で、リラの精は政本絵美、榊優美枝、中島映理子が務めた。注目されたのは、悪の精カラボスは、王子も演じる柄本とダイヤモンドの精も踊る伝田陽美という、男女のダブルキャストにしたこと。興味を引かれて両方のカラボスを観た。初日(11日)は柄本のカラボスで、オーロラとデジレは沖と秋元、リラの精は政本が演じた。伝田がカラボスで出演したのは18日で、この日のオーロラとデジレは金子と柄本で、リラの精は榊が務めた。

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柄本弾 © Shoko Matsuhashi

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伝田陽美 © Shoko Matsuhashi

プロローグの幕が開くと、フロレスタン14世のお城。舞台装置は曙をイメージしたのか、温かみのある淡い色調で統一され、典雅な雰囲気を醸していた(舞台美術:エレーナ・キンクルスカヤ)。オーロラの誕生を祝う宴に特に変わった演出はなく、リラの精や妖精たちの踊りが華やかに繰り広げられた。「優しさ」や「勇気」などオーロラに美徳を贈る5人の妖精たちは、両日ともそれぞれの踊りの特色を上手く表現して遜色がなかった。リラの精を踊った政本と榊は、伸びやかに脚を振り上げ、しなやかで表情豊かな腕の動きを見せた。突如、乗り込んできたカラボスは無視されたことに激怒し、式典長たちに当たり散らし、あげく「オーロラは糸紡ぎの針を指に刺して、若くして死ぬ」という呪いをかける。カラボスが長寿を象徴するカラスの形をした乗り物で登場するのは暗示的である。柄本のカラボスは、杖をついて歩き回る姿も荒々しく、力で威嚇した。伝田のカラボスは、怨念をたぎらせたような凄みのある演技で印象づけた。どちらのカラボスもリラの精の前ではパワーが失せてしまうようで、あっさり退散。リラの精はカラボスの呪いを弱め、「オーロラは長い眠りにつくだけで、やがて現れる王子の口づけで目覚める」という贈り物をする。国王が糸紡ぎを禁じる宣言をして、プロローグは終わる。

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© Shoko Matsuhashi(2023年11月18日公演より)

第1幕はオーロラの成人を祝う宴。糸紡ぎをしているのを見つかって処刑を宣告された村の娘たちが、王妃のとりなしで助命されるという冒頭のエピソードは省かれることが多いが、斎藤版ではこの代わりに、紗幕の前の下手でカラボスが手下らと楽し気に糸紡ぎをする様が、上手では式典長の従僕が村の娘から糸紡ぎの針を取り上げる様子が挿入された。幕が上がると祝宴は始まっており、村人たちによる花のワルツが賑やかに繰り広げられた。花を編み込んだロープを手に踊る娘たちや、アーチ型の花輪を持って踊る男性たちが、様々にフォメーションを変えながら整然と踊り繋いでいった。4人の王子たちに続いてオーロラが登場すると、舞台がパット明るくなった。沖のオーロラは一挙手一投足が美しく、「ローズ・アダージオ」でバランスを保つところも安定していて、常にエレガントな雰囲気を漂わせていた。金子も同様に端正に踊りこなし、王子たちへの恥じらいを滲ませるところなど細やかな演技が目に付いた。不審者がオーロラにバラの花を捧げようと下手と上手から現れたの続き、奥のほうにも現れたので、皆がそちらを向いている隙に、オーロラはカラボスが差し出した花束を受け取るという演出だった。オーロラは皆の制止を振り切るように楽し気に踊りだしたが、隠された針で指を刺し、大丈夫と元気に振る舞ううちに力尽きて倒れた。勝ち誇ったように姿を現したカラボスだが、リラの精が登場すると劣勢になり、煙とともに消え失せた。リラの精はオーロラは長い眠りについただけと語り、城をリラの花で美しく覆い尽くした。

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沖香菜子 © Shoko Matsuhashi

第2幕は百年後の森の中。狩りに来たデジレ王子がリラの精の導きでオーロラと出会うシーンがポイントになる。デジレ王子は友人や貴婦人たちに囲まれて礼儀正しく振る舞うもの、気の晴れない様子がうかがえる。颯爽と登場したデジレの秋元と柄本は品の良い王子そのもので、王子の繊細な心境を慇懃な仕草の中に滲ませていた。王子が一人残るとリラの精が現れ、オーロラの幻を見せる。ドリアードたちにまぎれて踊り、リラの精のステップをなぞるように踊るオーロラを、デジレは必死に追い求めるが、オーロラに触れることはできない。ファンタジックに展開するこのシーンで、デジレがオーロラの幻と共に踊る形を避けたのは、「あの世とこの世にいる者たちの出会い」とする演出意図を鮮明に打ち出したいからで、デジレがオーロラへの想いを募らせる効果もあった。そして、デジレがリラの精の導きでゴンドラに乗ってオーロラの眠る城へと向かう「パノラマ」になる。ゴンドラは舞台後方でゆっくりと上手から下手に進み、木立が描かれた背景画は下手から上手へと動き、前面の床は照明の効果で水面のように見えた。チャイコフスキーの音楽が流れる中、時間と空間の隔たりを、登場人物と一緒に観客も旅するような趣があった。オーロラの目覚めのシーンでも、こだわりの演出が用意されていた。オーロラはデジレの口づけですぐには目覚めないのだ。目覚めて立ち上がっても茫然とした状態で、デジレが夢の中で出会った王子だと認めて初めて抱き合い、国王たち皆を目覚めさせる形にしていた。確かに説得力がある演出だった。カラボスはオーロラが目覚めるのを何としても妨げようとしていたが、リラの精により驚くほどあえなく一蹴されてしまった。善と悪の対立の構図にはそれほど重きを置いていないのだろう。また、第2幕前半での狩りのシーンでは、貴族たちが踊り戯れるところを削り、代わりに、村人たち(男性5人と女性1人)による素朴な味わいの踊りを挿入することで変化をつけていた。

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沖香菜子、秋元康臣 © Shoko Matsuhashi

第3幕はオーロラとデジレの結婚式。これを祝して仮面舞踏会が催され、宮廷の舞踊手が童話の登場人物に扮して次々と踊りを披露した。最初に踊ったのは宝石の精たち。ダイヤモンド、サファイヤ、金、銀それぞれの精は女性が務めたが、さらにプラチナの精として男性4人が加わり、女性とペアを組みもすれば、男性だけで踊りもした。11日と18日のキャストはすべて異なっていたが、皆、古典バレエとしての端正な美しさを伝えていた。ただ、カラボス役も務めた伝田が、11日の公演ではプロローグの勇気の精に加え、ダイヤモンドの精として均整のとれた見事な踊りをみせたことは記しておきたい。童話の主人公たちの踊りも、それぞれの持ち味をうまく表現していた。中でも傑出していたのは、「青い鳥とフロリナ王女」を踊った生方隆之介&中島映理子と、池本祥真&足立真里亜のカップルだった。特に生方と池本は、難度の高いテクニックを流麗にこなして見応えがあった。最後を飾ったのはオーロラとデジレによるグラン・パ・ド・ドゥ。オーロラの沖と金子は、共にしなやかな身のこなしや優雅な脚さばきで魅了した。沖はさらに気品が備わったように映り、金子は初々しい感性が際立った。デジレの秋元と柄本は、凛とした王子の風格を漂わせて振る舞い、ヴァリエーションでの鋭い回転技やダイナミックな跳躍が冴えていた。柄本のオーロラへの丁寧なサポートも目に付いた。二人の結婚で大団円を迎えて幕は閉じられたが、全体に充足感を与える舞台だった。細かい演出の工夫はみられるものの、特異なことはせず、『眠れる森の美女』という古典バレエの香しさを前面に打ち出すことに成功していた。これは、ダンサーたちのレベルが高いからこそ実現できたといえよう。主だった役はトリプルキャストが組めるほど層が厚く、加えて、同じ演目で異なるキャラクターを演じ分けるだけの技量と柔軟性を備えていることもみてとれた。さらに驚かされたのは、金森穣の『かぐや姫』の公演終了後、3週間足らずのうちに『眠れる森の美女』が開幕するというスケジュールの中で、コンテンポラリー系も含むダンスからロシアの正統派のバレエへと、ダンサーたちが鮮やかに転換できたこと。それだけに、踊り込めばさらに磨きかがかるだろうと期待もふくらむ。ともあれ、バレエ団の底力を感じさせた『眠れる森の美女』だった。
(2023年11月11日、18日 東京文化会館)

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金子仁美、柄本弾 © Shoko Matsuhashi


お詫び
18日のリラの精キャストの表記に誤りがあり修正させていただきました。ご覧いただいた皆様、関係者の皆様には大変ご迷惑をお掛けいたしました。

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