「古典の薫りを残し時代とともにアップデート」東京バレエ団斎藤友佳理芸術監督がチャイコフスキーの大作『眠れる森の美女』の新演出・振付を行う

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団が、『白鳥の湖』『くるみ割り人形』に続き手掛けている新制作の『眠れる森の美女』の初演に先立ち、10月31日、バレエ関係者に向けた第1幕の通し稽古の見学会が開かれ、併せて新演出・振付を担った斎藤友佳理・芸術監督の囲み取材が行われた。第1幕は成長したオーロラ姫の16歳の誕生日を祝う宴。この日のオーロラ姫は沖香菜子、悪の精・カラボスは柄本弾、リラの精は政本絵美、4人の王子はブラウリオ・アルバレスと鳥海創、安村圭太、後藤健太朗がそれぞれ踊った。

通し稽古では、式典長が慌ただしく準備に動き回り、王と王妃や貴族たち、4人の王子たちが次々に登場。村人たちによるアーチ型の花輪を掲げての「花のワルツ」が踊られ、オーロラ姫が登場し、王子たちと「ローズ・アダージオ」、そしてヴァリエーションへと進んだ。オーロラは黒いマントを羽織った老婆に差し出された花束を受け取って踊りだすが、隠されていた紡ぎ針に指を刺され倒れてしまう。カラボスが正体を現し高笑いするものの、リラの精が登場すると退散。リラの精はオーロラは眠っているだけと伝え、その場にいる皆を眠りにつかせた。斎藤監督の「OOさん、そこにいてはダメ」「もっとこっち」などと叫ぶ声が響いたが、中断することなく続けられた。「花のワルツ」では娘たちが微笑みながら踊っていたし、王子たちは個性を出そうとしており、オーロラ姫の沖はよく踊り込んでいるようで安定した演技をみせた。カラボスの柄本はドスの効いた演技をみせていた。通し稽古が終わると、4人の王子を集めて注意点を指摘したり、オーロラの友人たちの踊りを確認したりと、細かい指導が長く続いた。8月は子どものためのバレエ『ドン・キホーテの夢』の全国公演、9月はオーストラリア公演、10月は金森穣の『かぐや姫』」の世界初演とスケジュールが立て込み、『眠れる森の美女』のための時間を取るのが難しかったからだろう、初演が目前に迫っているだけに、リハーサルには熱がこもっていた。

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photo/Shoko Matsuhashi

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囲み取材に臨んだ斎藤友佳理・芸術監督は、『眠れる森の美女』を新制作するにあたって、古典作品の触れてはいけないコアの部分と、時代とともに革新すべき部分とのバランスを取ることの難しさを痛感したという。
「手を加えてはいけない領域というのが、私の中に確固たるものとしてあります。それはストーリーの根本。これは変えてはいけません。それから古典バレエとしての薫りは残さなければいけません。でも、技術的なことは時代とともにアップテートされていかなくてはなりません」と語り、テクニックやダンサーの体型は時代とともに変わっていると指摘した。

斎藤版『眠れる森の美女』では、リラの精が大きな軸になっているという。「主役と同じくらいのポジションで考えています。リラの精はオーロラの"洗礼の母"であり、デジレの"洗礼の母"というポジションにおきました。5人の妖精はオーロラの揺りかごに向かってからヴァリエーションを踊りますが、リラの精は先にヴァリエーションを踊り、オーロラに何か授けようとした時にカラボスがやってきて、オーロラは死ぬと呪いをかけます。そこでリラの精は、オーロラは永遠に眠るのではなく、デジレ王子がやってきて、口づけした時に目が覚めるようにすることを自分の贈り物にします。それから長い間、リラの精はオーロラにふさわしい王子を探し、百年後にやっとデジレを見つけ、彼の"洗礼の母"ともなり、オーロラに出会わせます。それが私の解釈なのです」

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第2幕の幻想の場で、リラの精がデジレ王子にオーロラの幻影を見せるシーンもこだわった部分だという。
「ここの音楽ほど聴いていて魂が鷲づかみされたよう感じるものはないくらいです。かつて東京バレエ団で私がオーロラを踊っていた時は、この部分がないヴァージョンだったので、あの音楽で踊るというのが憧れだったのかもしれません。すごく大切な部分で、今回の新演出で一番手を加えているのは、もしかしてこの部分と思います。次元の異なる夢の世界にいるオーロラと、現世で肉体を持って生きているデジレが、リラの精を通して会うという捉え方なので、二人は触れ合いません。絶対に触れ合わせたくありませんでした。この2幕を深めることで、単純なおとぎ話ではなく、深いものになっていくのではないかと思います」
なお、舞台装置で最も苦労したのが、リラの精がデジレをオーロラの元に導くパノラマのシーンだともいう。「次元の違う人と会うためには、水を渡らなければなりません。それは絶対の法則というか。表現悪いのですけれど、死ぬ前に三途の川を渡るとか言いますよね。"川"を渡らないと、リラの精はデジレをオーロラに会わせられないから、そこは絶対に譲れませんでした」ときっぱり。リスクが高いと反対されたそうだが、リスクは承知で作ったそうなので、実際の舞台が楽しみだ。

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カラボス役は柄本弾と伝田陽美のダブルキャストにしたことなど、キャスティングについての質問も出た。
「ダンサーのその時を見ていて、今これに挑戦させたいとか、これを踊らせたら幅が広くなるのではとか、常にそのダンサーのその時の成長を考えて行っています。弾君はものすごく成長してきています。今回はデジレも踊るんです。カラボスを踊った人が、その数日後にデジレを踊るなど、どこをみても見たことないです。今の彼には可能性を感じます。だからやらせたい。伝田さんはカラボスのほかにダイヤモンドの精も踊ります。これもみたことがありません。私がいつも願っているのは、ダンサーとしてカメレオンのようになって欲しいということ。何を踊っても同じではなく、どれが本当のあなたなの、と思わせるくらいの役者にならなければいけません。チャンスを与えればもっと成長すると思うので、そういうことを考えながらキャスティングしました。弾君のカラボスと伝田さんのカラボス、全く違います。見ていてすごく面白いし、やっていて楽しいです」

他のヴァージョンに比べて男性ダンサーの起用が多いことについても触れた。
「『眠れる森の美女』で踊りを見せることができる(男性の)役は、これだけの大作でありながら、デジレとブルーバードぐらいなんです。『かぐや姫』で、たくさん男性に踊らせていただいて、皆すごく勢いにのっている時なのに、古典バレエをすることで男性の出番が少なくなってしまい、足踏みさせるようなことはさせたくない。そう考えて、第2幕の村人たちの踊りは男性5人と女性1人にして、第3幕の宝石の踊りはオリジナルは女性4人ですが、男性を加えてパ・ド・ユイットの形にしました」

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オーロラ姫は、11公演もあるので、沖香菜子、秋山瑛、金子仁美のトリプルキャストにした。
「沖さんは、私が東京バレエ団で『ラ・シルフィード』に指導者としてかかわった時に主役を踊りました。今は出産を経て、女性としてまたダンサーとして成長して、魅力的になる良い時だから、何とかサポートしてあげたいという気持ちです。秋山さんは、私が芸術監督になってからのオーディションで入ってきました。金子さんは東京バレエ学校から入団した方で、コールドから始めました。それぞれ色々な役を踊って成長してきました。この3人の成長と一緒に『眠れる森の美女』を創りたいと思いました。完璧なオーロラ像とは、華があって、容姿が美しく、バレリーナとして完璧なアン・ドゥオールに開いた脚で、甲がきれいで、膝が伸びきっていて、顔が小さくて、手も腕も長くて、プラス感情表現が豊かで、中からでてくるものが温かくて......。でも、完璧な人っていないと思います。容姿が美しくても冷たいとか、美しいけれど頭を使えないとか。オーロラにふさわしくないマイナスの要素があるかも知れないけれど、それを補ってプラスの部分をいかに活かせるかのほうにエネルギーを注いだら、マイナスの部分も見えなくなると思います。完璧でない部分を補うのが私の仕事ですし、3人とも可能性は持っています」と期待を寄せていた。

斎藤は、『白鳥の湖』『くるみ割り人形』そして『眠れる森の美女』という順序でチャイコフスキーの三大バレエの新制作に取り組んできたが、この『眠れる森の美女』で一区切りつく。東京バレエ団の古典のレパートリーとして少しでも長く残るよう、作品のコンクリートな中核は変えないという方針で臨んできた最後の3作目である。
「これで肩の荷が下りるという感じですが、完成させるまでは、どんなことがあっても頑張っていきたいと思います。これだけの大作を、短い期間で皆と力を合わせ一丸となって創ったことは、皆の自信に繋がると思うし、私の自信にも繋がると信じています」と、さわやかに締めくくった。

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