アリーナ・コジョカル、永久メイ、ワディム・ムンタギロフほかのスターダンサーたちが華やかに踊った「バレエの美神 2023」

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

Ballet Muses -バレエの美神 2023-

『ロミオとジュリエット』よりパ・ド・ドゥ ほか
レオニード・ラヴロフスキー:振付 ほか

「バレエの美神」は、ヨーロッパやロシアから多くの時代を担う著名なダンサーが集って、さまざまな演目を上演してきたガラ公演。1992年に開催された「オールスター・バレエ・ガラ」から数えて9回目の公演となる。今回はハンブルク・バレエ団ゲスト・ダンサーのアリーナ・コジョカル、ボリショイ・バレエ団プリンシパルのアリョーナ・コワリョーワ、マリインスキー・バレエ団ファースト・ソリスト、永久メイ、同じくフイリップ・スチョーピン、英国ロイヤル・バレエ団プリンシパル、ワディム・ムンタギロフほかのダンサーたちが一堂に会して踊った。東京公演初日のAプログラムを観ることができたので、印象に残った舞台をご紹介しよう。

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「ロミオとジュリエット」永久メイ、フィリップ・スチョーピン
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

第1部開幕早々に登場した永久メイとフィリップ・スチョーピン。レオニード・ラヴロフスキー振付『ロミオとジュリエット』のパ・ド・ドゥを踊った。音楽はセルゲイ・プロコフィエフ。ロミオとジュリエットが初めて2人だけで会って愛を確かめ合うシーンだが、ラヴロフスキー版はキャピュレット家の背後に柱頭のある庭に設定されており、ほかの多くのヴァージョンに見られる一段高いバルコニーはない。セットの高低差を使ったドラマティックな振付はないが、返って愛を確かめ合う心が率直に一致するシーンに立ち会ったように感じられた。
永久メイは2020年3月にマリインスキー劇場でジュリエット・デビューを飾っている。その際、シェイクスピアの原作をしっかりと読み込み、セリフからも振付や動きのインスピレーションを受けた、と語っている。彼女のジュリエットは微風に靡く新緑の柳の如くたおやか。初めて知った愛することの喜びが舞台いっぱいにたゆたった。ロミオとなったフィリップ・スチョーピンも若者らしく凛々しくジュリエットへの愛を歌った。
永久メイとフィリップ・スチョーピンは第2部で『ジゼル』(アダン音楽、プティパ振付)より 2幕のパ・ド・ドゥも踊った。これは息絶えるまで踊り続けなければならないアルブレヒトと彼を助け、夜明けとともに消えてゆくウィリとなったジゼルの情感が溢れ出るようなパ・ド・ドゥ。永久メイの踊りは技巧による表現を超えて、愛する魂の存在となったかに見えた。スチョーピンも悲哀を湛えて耐え、しっかりと踊り、素晴らしいパ・ド・ドゥだった。

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「ロミオとジュリエット」永久メイ、フィリップ・スチョーピン
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

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「ジゼル」永久メイ
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

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「ジゼル」永久メイ、フィリップ・スチョーピン Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

ヒューストン・バレエ団のプリンシパルとして来日し『白鳥の湖』を踊り、Dance at the Gathering 2018では『Ghost Light』を踊った吉山シャール ルイ・アンドレはその後、チューリッヒ・バレエ団に移籍している。今回はチューリッヒ・バレエ団のファースト・ソリストとして来日し、『PIEL』(アルカ、ランバート音楽、ジャック・ウォルフ振付)、第2部で『Ghost Light』(キーティング音楽、ギャレット・スミス振付)を踊った。ウォルフは未だ20代のヒューストン・バレエ団の現役ダンサーだそうだ。スミスはヒューストン・バレエ団出身の振付家。現代的な鮮烈なイメージが吉山シャール ルイによって力強く描かれた。
ミュンヘン・バレエ団のプリンシパル、ヤコブ・フェイフェルリックはヌレエフ版『白鳥の湖』(チャイコフスキー音楽、ヌレエフ振付)第1幕の王子のヴァリエーションを踊った。フェイフェルリックはウィーン出身でウィーン国立バレエ団でプリンシパルとして踊り、さらにミュンヘン・バレエ団に移籍して今年9月からプリンシパルになった。ウィーンでは当時芸術監督だったマニュエル・ルグリに期待をかけられていたそうだ。そしてウィーン国立バレエ団でヌレエフ版『白鳥の湖』のジークフリートを踊ってプリンシパルに昇級している。このヴァリエーションは、未だ真実の愛を知らない王子が王妃から、国を治めるために花嫁を選んで結婚するように命じられ、その目に見えぬ負担と憂鬱を表して踊るもの。男性ダンサーの踊りに発展をもたらしたヌレエフらしい技巧を凝らしたヴァリエーションである。フェイフェルリックはゆったりと間をとって内面からの表現を見せた。また、フェイフェルリックは第2部では『こうもり』(シュトラウス2世 音楽、ローラン・プティ振付)の第1幕のヴァリエーションも踊った。

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「Ghost Light」吉山シャール ルイ・アンドレ
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

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「白鳥の湖」ヤコブ・フェイフェルリック
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

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「PIEL」吉山シャール ルイ・アンドレ
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

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「こうもり」ヤコブ・フェイフェルリック
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

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「瀕死の白鳥」アリョーナ・コワリョーワ
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

『ジュエルズ』より"ダイヤモンド"(チャイコフスキー音楽、バランシン振付)はアリョーナ・コワリョーワとザンダー・パリッシュ(ノルウェー国立バレエ団プリンシパル)が踊った。2017年にニューヨークのリンカーンセンター・フェスティバルで『ジュエルズ』初演からの50周年を記念して、パリ・オペラ座バレエが "エメラルド"、ニューヨーク・シティ・バレエが "ルビー"、ボリショイ・バレエが "ダイヤモンド"を競演した時に、前年に入団したばかりのコワリョーワはプリンシパルを踊っている。これはコワリョーワの輝かしいキャリアの1ページを飾り、彼女の大きな自信となっただろう。パートナーは英国人として初めてマリインスキー・バレエのダンサーとなったザンダー・パリッシュ。第3楽章のパ・ド・ドゥを踊ったが、安定感のある落ち着いた踊りで、見事に華やかな豪華さが現れた。
アリョーナ・コワリョーワは第2部で『瀕死の白鳥』(サン=サーンス音楽、フォーキン振付)も踊った。胸に銃弾の跡を表す大きなルビーのブローチを着け、震えるようなパ・ド・ブーレから命の終焉を鮮やかに表した。
ザンダー・パリッシュは第2部で『バレエ101』(J.P.アーペレ音楽、E.ゴーティエ振付)も踊った。バレエには101のポジションがあるという仮定を掲げ、ダンサーの訓練と身体の関係をアイロニカルに、かつユーモラスに描いた作品。パリッシュのテクニックには観客の惜しみない喝采が贈られた。
第1部の最後はアンジェリーナ・ヴォロンツォーワ(ミハイロフスキー劇場バレエ団プリンシパル)とエルネスト・ラティポフ(ミハイロフスキー劇場バレエ団ファースト・ソリスト)が『Cor Perdut』(M.M.ボネット音楽、N.ドゥアト振付)を踊った。2019年のミハイロフスキー劇場バレエの来日公演では、ドゥアト振付の『眠りの森の美女』全幕が上演され、ヴォロンツォーワはオーロラ姫をラティポフはデジレ王子を踊っている。ドゥアトは『ロミオとジュリエット』全幕も振付けており、濃厚なスペイン文化を表す『ドゥエンデ』などの作品からクラシック・バレエの全幕物まで、豊かな表現力を駆使して舞台を作っている。『Cor Perdut』は、定かではないが、カタルーニャ語で "ロストハート(失われたハート)"を意味する言葉のようだった。

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「ジュエルズ」アリョーナ・コワリョーワ、ザンダー・パリッシュ
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

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「バレエ101」ザンダー・パリッシュ
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

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「Cor Perdut」アンジェリーナ・ヴォロンツォーワ、エルネスト・ラティポフ
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

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「眠りの森の美女」アリーナ・コジョカル
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

そして今回公演の白眉は、やはり、第2部冒頭で踊られたアリーナ・コジョカルとワディム・ムンタギロフによる『眠りの森の美女』(チャイコフスキー音楽、プティパ振付)第3幕より グラン・パ・ド・ドゥだろう。ヴァリエーションが終わって退場の際は、パートナーが登場するまで幕ぎわで控えて待ってから退場していたが、こうした思いやりある舞台姿はゆかしさを感じさせる佇まいである。
コジョカルは、自身の名前を冠した公演も行っており、近年はノイマイヤーのハンブルク・バレエ団のゲストとして踊っているヴェテランだが、悠々と脱力した身体を操って完璧な踊りだった。脚は天にも届くほど見事に上がり、年齢は重ねてもポーズの美しさは格別なものを保っている。ヴァリエーションではほんとうに16歳の少女の魂がコジョカルの姿に重なって影絵のように踊っているとも感じられた。ムンタギロフもまた、身体の細かな動きまでも格調高く、くっきりと表現されて隙がなかった。
そして大トリは、アンジェリーナ・ヴォロンツォーワとエルネスト・ラティポフ『ドン・キホーテ』(ミンクス音楽、プティパ、ゴルスキー振付)第3幕より グラン・パ・ド・ドゥだった。同じミハイロフスキー劇場バレエ団で踊るペアだけに、息も合って落ち着いて踊った。ケレンよりも舞台上の美しいラインの流れを意識しているかのようで、流麗な華やかさが現れてエンディングにふさわしい踊りで、会場は喝采に包まれた。
(2023年11月22日 東京文化会館大ホール)

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「眠りの森の美女」アリーナ・コジョカル、ワディム・ムンタギロフ
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

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「眠りの森の美女」アリーナ・コジョカル、ワディム・ムンタギロフ
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

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「眠りの森の美女」アリーナ・コジョカル、ワディム・ムンタギロフ
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

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「ドン・キホーテ」アンジェリーナ・ヴォロンツォーワ、エルネスト・ラティポフ
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

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