日本人ダンサーが中心となってコンテンポラリーとクラシックの美を紡いだ、NHKバレエの饗宴 2024

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

NHKバレエの饗宴

東京シティ・バレエ団『L'heure bleue』振付:イブ・ブベニチェク、永久メイ&フィリップ・スチョーピン『眠りの森の美女』からグラン・パ・ド・ドゥ 振付:コンスタンチン・セルゲイエフ(プティパ版に基づく)、金子扶生&ワディム・ムンタギロフ『くるみ割り人形』からグラン・パ・ド・ドゥ 振付:ピーター・ライト(イワノフ版に基づく)、中村祥子&小㞍健太『幻灯』(改訂版)振付・演出:小㞍健太、新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』第3幕 マリウス・プティパ、アレクサンドル・ゴルスキー:振付、アレクセイ・ファジェーチェフ:改訂振付

今年のNHKバレエの饗宴では、昨年、日本の舞台で踊って人気を博した金子扶生とワディム・ムンタギロフ、永久メイとフィリップ・スチョーピンのペアが呼び物のグラン・パ・ド・ドゥを踊った。日本人のダンサーが人気の面でも技術的な面でも身体的にも外国人ダンサーとまったく引けを取らず、むしろ、日本人ダンサーを目当てに観客が集まってきている、と感じさせた公演だった。私のように古くからバレエの舞台を見続けている者にとっては、本当に隔世の感がある。

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金子扶生、ワディム・ムンタギロフ 撮影:根本浩太郎(スタッフテス)

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米沢唯、速水渉悟 撮影:根本浩太郎(スタッフテス)

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「L'heure bleue」東京シティ・バレエ団 撮影:根本浩太郎(スタッフテス)

まず、ハンブルク・バレエ団時代には双子のダンサーが二人ともに活躍して話題となったイリ・ブベニチェク(兄、オットーは作曲家でもある)振付の『L'heure bleue(ルール・ブルー)』。ブベニチェクは、その後ドレスデン国立歌劇場バレエ団でも踊ったが、振付作品も多く、しばしば日本でも披露している。この作品は2016年に東京シティ・バレエ団が日本初演し、レパートリーにしている。
舞台は、フレームに入れらたのか入ってしまったのか、はたまたフレームとともに生きているのか、分からない2人の男性ダンサーの幻想が織りなす、奇妙でおかしい物語というか出来事を描いている。
二人のフレームの男は、フレームから出て彼らのシャドーたちと踊る。二人は再びフレームにおさまるが、フレームの中から別のフレームの中へハンケチを渡したり、フレームの外からものを渡したり、フレームに囚われない動きを見せたりする。イメージの中の二人の女性に傅かれた女が華やかに踊りだす。小型のフレームを持った踊りもあって、意識はフレームから逃れようとしているのか戯れているのか、あるいはフレームの外の世界との交流をを楽しんでいるのか.........。そしてフェーズが変わり、ふたりの男性とそのシャドーたちの幻想の女へ赤い薔薇の花を捧げる求愛合戦となる。ひとつよりも赤い薔薇を二つ捧げる、さらに大きな赤い薔薇捧げる......となり、愛によってフレームからは解放されたかに見えた。
われわれは社会的存在だから、常にフレーム的なものが意識下にあるだろう。それを大きな額縁のようなものとして可視化し、ダンサーにバロック調の衣裳を纏わせ、バッハ、モーツァルト、ボッケリーニなどのバロック音楽に合わせておかしくちょっと奇妙に動かしたダンスである。ヨーロッパ流のユーモアもあり、東京シティ・バレエ団のダンサーも再演を重ねていることもあってそつなく踊っていた。なかなか楽しくはあったが、どこかにもっと深くうったえるものが欲しいとも感じた。

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「L'heure bleue」東京シティ・バレエ団 撮影:根本浩太郎(スタッフテス)

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「L'heure bleue」東京シティ・バレエ団 撮影:根本浩太郎(スタッフテス)

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永久メイ、フリップ・スチョーピン 撮影:根本浩太郎(スタッフテス)

永久メイとフリップ・スチョーピンはマリインスキー劇場バレエのセルゲイエフ版『眠りの森の美女』からグラン・パ・ド・ドゥを踊った。永久メイはいつ見ても素敵で見惚れてしまう。立ち姿がすでに妖精であるかのように見えて驚かされるのだ。ただ緊張からか、ちょっとだけ表情が固く感じられた。少し茶目っ気を感じさせるくらいの方がよりいっそう魅力的なのではないだろうか。スチョービンのジャンプはまるで猫足のように無音で着地する。おそらく初めて踊る劇場だと思われるが、ポジションのとり方も完璧に見えた。
金子扶生は身体を生かした見事な踊りで格調高く豊穣感があった。何よりも表情が幸せそうに輝いていて素敵だった。不安なく、気持ちをポジティブに表して踊っているところが素晴らしい。グラン・フェッテにはトリプルを入れて豪華に踊り、喝采を受けていた。さすがのロイヤル・バレエのプリンシパルだ。ワディム・ムンタギロフもまた言う事はなし。人柄の良さが滲み出ているかのような素晴らしい踊りだった。彼もまた、静かな着地で金子の踊りに応えた。

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永久メイ、フリップ・スチョーピン 撮影:根本浩太郎(スタッフテス)

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金子扶生、ワディム・ムンタギロフ 撮影:根本浩太郎(スタッフテス)

4曲目は中村祥子と小㞍健太がマックス・リヒターがリコンポーズした「四季」によって踊ったデュエット『幻灯』(改訂版)だった。これは2013年に、<近代から現代へ―新しいバレエの息吹>という趣旨のもとに、バレエ・ダンサーとコンテンポラリー・ダンサーの共演作品として4名の20代のダンサーを中心に振付けられたものを改訂振付している。音楽は当時発売されたばかりだったリヒターの「四季」が、バレエとコンテンポラリー・ダンサーの対話というコンセプトに合うと感じたそうだ。対話と言っても技術面だけでなく身体感覚から得る表現の可能性を見出していく試みである。多くのダンサーは40代で引退を迎えるが、「40代となった私たちが今できる表現を紡いでいきたい」と小㞍健太は語っている。
舞台が鏡面になっていてシンメトリーのように写る中村祥子の踊りから始まり、シルバーのメタリックな背景幕に控えめな光りを散らし、シルエットで登場した小㞍健太は、暗い背景から出て中村祥子をサポートしているようだった。さらに中村祥子が表したポワントと裸足の踊りが、次第に小㞍健太の動きと同化して、一際、美しく輝いて見えた。そして舞台空間をさまざまに光とスモークにより変幻させ、フロアや大きく広げた布の質感を輝かせ、300年前に作られた旋律を斬新なミニマル曲として巧みに再構築したリヒターの音楽と共鳴させ、あの世と現世を渾然とさせたような見事なイメージが現出した。バレエの美とコンテンポラリーの美を超越したかのような、なかなか得難い舞台経験をさせてもらった。観客の喝采はしばし鳴り止まなかった。

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中村祥子 撮影:根本浩太郎(スタッフテス)

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中村祥子、小㞍健太 撮影:根本浩太郎(スタッフテス)

最後の曲は新国立劇場バレエ団による『ドン・キホーテ』第3幕。キトリを米沢唯、バジルは速水渉悟、ドン・キホーテは趙載範、サンチョ・パンサは福田圭吾、ボレロを川口藍と中島瑞生が踊った。グラン・パ・ド・ドゥは、余裕を感じさせる米沢唯とエネルギーを放出して踊る速水渉悟が見事な舞台を見せた。ファジェーチェフ版の『ドン・キホーテ』第3幕は、華麗な衣装の侯爵夫人(渡辺与布)などの貴婦人や堂々とした公爵(中島駿野)や儀典長、廷臣たちなど出演者が多く豪華でボリュームがたっぷりあり、「饗宴」の舞台を締めくくりには、まさにピッタリであった。
(2024年1月27日 NHK Hall)

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「ドン・キホーテ」第3幕 新国立劇場バレエ団 撮影:根本浩太郎(スタッフテス)

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