大人も子どもも楽しめるメルヘンの世界、ウクライナ国立バレエによるオリジナルの意欲作『雪の女王』

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

ウクライナ国立バレエ『雪の女王』

アニコ・レフヴィアシヴィリ:振付

ウクライナ国立バレエは、昨年夏の日本公演「スペシャル・セレクション 2023」や「Thanks Gala 2023」に続いて、冬にも来日公演を行った。上演された三演目は日本初演となるバレエ団オリジナル作品の『雪の女王』と、日本の支援者からの義援金で振付改訂と舞台装置を一新した『ジゼル』の世界初演、そして2022年冬の来日公演で好評だった『ドン・キホーテ』。12月30日、『雪の女王』の千秋楽公演を観ることができた。

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イローナ・クラフチェンコ、ニキータ・スハルコフ
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

『雪の女王』は、デンマークの児童文学作家アンデルセンの同名の童話を基に、ウクライナ国立バレエの芸術監督として在任中だったアニコ・レフヴィアシヴィリが2016年に創作したバレエ。舞台は冬の街で賑わう人々の様子から始まる。散策する人々に混じってスケートに興じる若者達の姿もある。カイ(ニキータ・スハルコフ)とゲルダ(イローナ・クラフチェンコ)の主役のカップルも登場し、楽しげに戯れる。スハルコフとクラフチェンコははつらつとした踊りで、どこにでもいる若者たちの姿を演じていた。
群衆の中には邪悪な妖精トロールたちも紛れ込んでいた。夜になると彼らは魔法の鏡をせっせと作っている。そこに雪の女王が現れ、魔法の力で鏡を砕く。すると割れた破片はトロールたちによって方々へ運ばれていった。白い衣装に身を包んだ雪の女王に扮したのはアナスタシア・シェフチェンコ。トロールの男性ダンサーたちよりも背が高いくらいの長身で、空中に掲げた腕や高く上げた足がひときわ長い。凍りついたような冷たい表情はまさに雪の女王役にふさわしい。この役は彼女を念頭に置いて作られた、というエピソードに納得がいく。彼女が腕を力強く振り下ろして魔法をかけるしぐさには、雪の女王の威厳が備わる。背景に丸い紗幕が張られ、トロールたちが幕の背後と全面で同じ動きをすることで鏡面を表していた。

世界中に拡散された魔法の鏡の破片は、ゲルダの家で開かれているクリスマスパーティに参加しているカイの目と心臓に刺さってしまう。それを機に、温和だった彼は別人のように冷たい表情になり、ゲルダや仲間の元を立ち去り、雪の女王の魔法に絡み取られ、女王が乗るソリを追いかけて街を去っていってしまう。表情や友人たちを拒絶する乱暴な所作などで、スハルコフがカイの人格変化を上手く表現していた。

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アナスタシア・シェフチェンコ、ニキータ・スハルコフ

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イローナ・クラフチェンコ、ニキータ・スハルコフ

ゲルダはカイを探し求めて旅に出る。最初にたどり着いたのは魔法の花園で、カラフルなピンクのドレスをまとった女主人に迎えられる。花園には、カラーの花を模した銃を抱え、黄緑と紫のタイツ姿の兵隊たち(演じたのは女性ダンサーたち)や花の精たちに迎えられる。兵隊たちの動きは手足をまっすぐ上げ下ろししたりと、人形のような直線的な動きが特徴となっていた。いつしか眠りについたゲルダは夢の中でカイと再会し、しっとりとしたパ・ド・ドゥを踊る。スハルコフの的確なサポート、そこに身を委ねるクラフチェンコの息の合ったパートナーシップが見られ、見ている私たちもほっと一息つく癒やしのひとときだった。

夢から覚めたゲルダは黒い衣装に身を包んだカラスの夫婦クロウ(アレクサンドラ・パンチェンコ)とレイヴン(オレクサンドル・ガベルコ)と出会い、二人の手引きでゲルダは王宮に到着する。パンチェンコは2000年生まれの新世代のソリストだが、落ち着きのある優雅な身のこなしで王宮の廷臣でもあるという設定に説得力をもたせた。王宮では王女(カテリーナ・ミクルーハ)と王子(ダニール・パスチューク)からの歓待を受けたゲルダだったが、カイを探す旅を続けることにする。ミクルーハとパスチュークはバレエ団の中でも最も若い世代で、パ・ド・ドゥでは初々しさが際立つ。互いの信頼がもっと感じられるようになると、デュエットの安定感がさらに増して見えてくるのではないか。ミクルーハが見せるアームスの優雅さからは、バレエが宮廷ダンスから発達してきたという歴史を感じさせる。また、パスチュークの跳躍は軽やかだった。ウクライナ国立バレエの未来を背負って立つ二人がどのように成長していくのか、これからも注目していきたい。

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左よりニキータ・スハルコフ、スヴェトラーナ・コフトゥン、イローナ・クラフチェンコ

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中央奥左より、オレシア・ヴォロトニク、イローナ・クラフチェンコ

旅を続けるゲルダは、山賊たちに襲われそうになる。威勢のいい山賊の男女(カリーナ・テルヴァル、ニキータ・カイゴロドフ)のリードにより、仲間たちもアクロバティックで勇壮な山賊のダンスに興じる。コサックダンス調の動きもあり、演者たちもこの踊りを心から楽しんでいるのが分かる。雄々しくダイナミックな踊りが満載のこのシーンは、メルヘン調の展開が続くなか、小気味よいスパイスとなった。

山賊と別れたゲルダは、ようやく雪の王国に足を踏み入れる。青白い照明の中、アレグロの曲に乗せて群舞が舞台を駆け回り、様々な幾何学的フォーメーションを形成していく様は、雪の結晶を思わせた。雪の女王もシェネやグラン・フェッテなどの回転技で、凍てついた吹雪の世界の冷たさを表現する。感情を失ったカイは雪の女王によって冠を授けられ、雪の国の王子となりつつあった。柔らかい動きが排除され、直線的で硬質な印象を与えるカイのアダージオは、人間らしい感情をなくし、女王に操られている人形のように見えた。主演のスハルコフとシェフチェンコ、そして群舞のダンサーたちが一丸となって氷と雪の冷たい世界を創り上げた。
ゲルダは雪の女王からカイを取り戻そうと戦いを挑むが、女王の力は強大で太刀打ちできない。しかし、ゲルダがカイを優しく抱きしめると、魔法の鏡の破片がカイの目と心臓から抜け落ちた。正気を取り戻したカイはゲルダを強く抱きしめ、二人の愛の力で雪の女王の魔力が弱まる。雪の精たちは消えてしまい、女王もその場を去り、雪の王国は溶けてなくなる。花が咲く季節が戻り、試練を乗り越え成長したカイとゲルダは故郷に戻り、幸せに満ちたパ・ド・ドゥが披露される。音楽のクライマックスのときにいくつかの高いリフトをぴたりと決めるなど、クラフチェンコとスハルコフが終盤の見せ場を作った。

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左より、イローナ・クラフチェンコ、ダニール・パスチューク、カテリーナ・ミクルーハ

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右より、イローナ・クラフチェンコ、カリーナ・テルヴァル

『雪の女王』の音楽は、創作された当初、19世紀の著名な複数の作曲家の作品で構成されていた。しかし、2022年6月にウクライナ最高会議(議会)で可決された、ロシアの一部の音楽をメディアや公共の場で流すことを禁止する法案を受け、ウクライナ国立バレエは『雪の女王』の音楽についても大幅な改訂を行い、それまで使用されてきたP. チャイコフスキーなどロシアの作曲家の音楽の代わりに、J. シュトラウス、J. マスネ、H. ベルリオーズ、J. オッフェンバックなど一般によく知られる楽曲が使用されることになった。筆者の記憶では、E. ワイトトイフェル「スケートをする人々」(スケーターズ・ワルツ)、P. マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲、E. グリーグ「ペール・ギュント」より「山の魔王の宮殿にて」などが使用されていた。これらの新しく編成された音楽に対して、このバレエ団でダンサーとして活躍後、現在バレエマスターを務めるヴィクトル・イシュークが原振付を損なわないように改訂振付を施した。
この作品はそれまで長らく親しまれてきたチャイコフスキーの名作『くるみ割り人形』に代わって、冬の時期、ウクライナ国立バレエで上演されている。『雪の女王』の出演者の踊りは好演だった。この作品はアンデルセンの童話の世界を基にしていて、大人にも子どもにも受け入れやすく、バレエ団の意欲作である。観客に愛される演目として今後末永く定着していくために、例えば『くるみ割り人形』が世界中のあまねくバレエ団で改訂を重ねてきたように、今後もブラッシュアップされていくのを期待したい。
(2023年12月30日 ウェスタ川越 大ホール)

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中央、アナスタシア・シェフチェンコ

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ニキータ・スハルコフ、イローナ・クラフチェンコ、左より、カテリーナ・ミクルーハ、ダニール・パスチューク、オレシア・ヴォロトニク、アレクサンドラ・パンチェンコ、オレクサンドル・ガベルコ、ニキータ・カイゴロドフ、カリーナ・テルヴァル、スヴェトラーナ・コフトゥン
Photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

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