日本の美を知るディヴィッド・ビントレーならではの素晴らしいバレエ『雪女』―――「オール・ビントレー」、スターダンサーズ・バレエ団

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

スターダンサーズ・バレエ団

『Flowers of the Forest』『The Dance House』『雪女』デヴィッド・ビントレー:振付

スターダンサーズ・バレエ団が「オール・ビントレー」公演として、『Flowers of the Forest』『The Dance House』『雪女』というデヴィッド・ビントレー振付の3演目を上演した。
周知のようにビントレーは、2010年~14年に新国立劇場バレエ団の芸術監督を務め実績を残した。バーミンガム・ロイヤル・バレエ団と兼任と言う条件であったが、芸術監督就任前の2008年に『アラジン』2011年に『パゴダの王子』を新たに振付け、『カルミナ・ブラーナ』『シルヴィア』『ペンギン・カフェ』『ガラントゥリーズ』『テイク・ファイヴ』『E=mc2』『ファースター』などの自身の振付作品を上演した。さらにバランシンやバレエ・リュスなどの重要な作品を初めて上演した。また、ダンサーの能力向上に務め、集客のために外国人のゲスト・ダンサーを呼ぶことなく、カンパニーのダンサー中心のキャスティングによる公演を成功させた。そして、ビントレーの任期中には東日本大震災が勃発して劇場芸術全般が大きな影響を受けたが、彼は果敢にこの危機を乗り越え、率先してチャリティ活動にも協力をした。2019年には24年間務めたバーミンガム・ロイヤル・バレエ団の芸術監督を退任し、今日はフリーの振付家として活動している。
そして今回、日本を題材として世界初演となるバレエ『雪女』を新たに振付け、『The Dance House』(日本初演)、『Flowers of the Forest』とともに「オール・ビントレー」のトリプルビルとして、スターダンサーズ・バレエ団が上演したのである。『パゴダの王子』で日本文化と美への深い関心を見せたビントレーが、日本から離れて10年の時を経て新たに制作した作品から、どのような日本が見えてくるのか、誠に興味深い公演企画だった。

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『雪女』撮影:Hasegawa Photo Pro.

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『雪女』渡辺恭子・池田武志 撮影:Hasegawa Photo Pro.

『雪女』の原作は小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)。ビントレーは、チャイコフスキーの楽曲に基づいてストラヴィンスキーが作曲した『妖精の口づけ』の音楽を使用して振付けた。この曲はイダ・ルビンシテインの委嘱により、アンデルセンの『氷姫』を原作としたバレエ『妖精の口づけ』(1928年初演、ニジンスカ振付)のためにに作曲され、台本もストラヴィンスキーに託されている。
『雪女』は小泉八雲が日本の各地の昔ばなしを採録した「怪談」の中の一話で、文庫本にするとわずか6ページだ。一方、アンデルセンの『氷姫』は、アンデルセン童話集の中に収められており、文庫本にして90ページくらいの小品。スイスの氷河や高山が連なる美しい風景を背景にした詩的な文章で綴られている。
ストラヴィンスキーの『妖精の口づけ』には、バランシンが2回(2回目はディヴェルティメントに振付)、アシュトン、マクミラン他の多くの著名な振付家が振付けており、ビントレーは新たに振付作品を創る必要性を感じなかった、そうだ。しかし、ビントレーは小泉八雲の『雪女』にインスピレーションを受け、アンデルセンの『氷姫』と通底するものを感じ、自身の日本の体験に基づいて、その文化と美をストラヴィンスキーの音楽により、バレエ芸術として結実させようと試みた。

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『雪女』渡辺恭子・池田武志 撮影:Hasegawa Photo Pro.

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『雪女』渡辺恭子(中央) 撮影:Hasegawa Photo Pro.

装置は極めて簡素で、一面を銀世界となす雪、クールな光を放つ月、咲き誇る梅の花、緩やかに聳える山などの背景があり、高く飾られた祭りの提灯や独特の光を映す障子、雪の積もった竹の柵などがそれぞれのシーンにセットされていた。衣裳は雪女の裾が大きく長く白い幻影的なもの、農民の素朴な労働着、雪国のもっこりとした蓑、ヴェールを下ろした菅笠と長い髪に着物をアレンジしたお雪の衣裳、荘重な雰囲気のシャーマン、ふわふわの粉雪を纏ったような雪たちなどが、劇空間の全体の中で調和していた。(衣裳スーパーバイザーはエレーヌ・ガーリック) ビントレーはバレエチャンネルのインタビューの中で「"エンプティネス"(何もないこと)や簡素さにこそに日本の美学があると思う」と語っているが、まさに余白を存分に使ったディック・バードの美術がその美しさを実現していた。『パゴダの王子』のサブカルチャーによって表された日本とは大いに異なっていたが、あるいは、それを合わせたものが「日本」なのかもしれないが。
物語はほぼ原作に沿ったもので、厳しい大吹雪の中に倒れた茂作(大野大輔)と巳之吉(池田武志)。茂作は迷い、巳之吉の目前に雪女(渡辺恭子)が現れる。雪女はあまりに若い巳之吉は殺さず、「もし。今夜起こったことを誰かに話したら、私はあなたを殺します」と伝えて去る。
時を経て巳之吉は若く美しいお雪(渡辺恭子)と出会い、結婚し、息子の太郎が生まれる。お雪は子をもうけても優しくいつまでも変わることなく若々しく美しい。巳之吉はとても幸せな日々を送っていたが、ある夜、雪あかりの中で糸を紡いでいる美しいお雪に、思わず、「そうやって灯りが映るお前の顔を見ていると、若い頃の不思議な出来事を思い出す・・・」とあの出来事を語ってしまった・・・。
ラストシーンでは、タブーを破った巳之吉のもとをお雪と子供が去って行き、それを追った巳之吉は物語の冒頭のように、吹雪の中に行き倒れる・・・。生と死が、エロスとタナトスが交錯するファンタジックなドラマが描かれたのである。
ビントレーの語り口は、象徴的に見せるものと抽象的な表現と具象的な物語の運びのバランスが実にうまく取れていて、物語は淀みなく音楽とともに流れるように進行していく。雪の群舞の容赦ない厳しさと里の暮らしの長閑さのコントラストが鮮やかだし、お雪と巳之吉のパ・ド・ドゥも雄弁に二人存在感の違いを表していた。特に渡辺恭子は、秘められた神秘的な存在感をよく表して魅力的だったし、池田武志も若い木樵りが雪の神秘によって得た幸せと人知れず感じられてくる孤独から、思わずタブーを破ってしまう人物を的確に表していた。
世界が雪に覆われて変貌し、雪あかり、障子の通した細やかな光りの揺らぎ、冴わたる月光などすべての微妙な光がシンフォニーのように重なり合って染み渡り、神秘的な現象が人間の心に生まれるのだろうか。自然と生命の交錯がリアリティをもって表現された、日本の美を知るビントレーならではの素晴らしいバレエであった。

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『雪女』渡辺恭子 撮影:Hasegawa Photo Pro.

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『The Dance House』
撮影:Hasegawa Photo Pro.

『The Dance House』は、ビントレーが1994年にエイズで亡くなった友人の才能あるダンサーを哀悼して振付けたバレエ。音楽は中世の「死の舞踏」からビントレーが連想を得たショスタコーヴィッチの「ピアノ協奏曲第1番」。1995年にサンフランシスコ・バレエ団に振付けられている。タイトルは「死」を旅の終焉であり、ダンスハウスである、とする中世の詩から名付けられたという。美術をスタジオのダンサーたちを描いたことで知られるロバート・ハインデルが作り、鮮烈な配色と愛らしさを感じさせるユニークなデザインがヴィジュアルを特徴つけている。
バレエスタジオでバーに8人のダンサーがついて、クラスが行われているところから始まる。女性ダンサーの衣裳には中央に赤い太いラインが引かれている。男性ダンサーの衣裳にも鮮やかな赤がデザインされ、バーも赤く塗られていて、生きていることを表す血の流れがイメージされている。
やがて身体に黒いラインを血管のように描いた男性ダンサーが乱入するかのように登場する。彼はウィルスの役(仲田直樹)だが、どこで誰が死にいたる病に罹患するか、それは分からない。一所不在、原則のない存在である。シェスタコーヴィチの「ピアノ協奏曲第1番」は、狂騒的でリズミカル、さまざまな楽曲を引用しパロディにしたりしており、トランペットのパートでウィルスが踊るなど「死の舞踏」と略脈を通じていると感じられたところもあった。2組のパ・ド・ドゥが踊られるが、美しい動きの構成が見事で、印象に残る抽象的な表現によるバレエだった。

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『The Dance House』仲田直樹・秋山和沙
撮影:Hasegawa Photo Pro.

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『The Dance House』仲田直樹
撮影:Hasegawa Photo Pro.

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『The Dance House』冨岡玲美・飛永嘉尉
撮影:Hasegawa Photo Pro.

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『The Dance House』
(左から)冨岡・久野直哉・仲田・秋山・東真帆・飛永
撮影:Hasegawa Photo Pro.

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『The Dance House』秋山和沙・仲田直樹
撮影:Hasegawa Photo Pro.

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『The Dance House』仲田直樹
撮影:Hasegawa Photo Pro.

『Flowers of the Forest』については以前に書かせていただいている。また、公演パンフレットに記されているビントレーの率直な文章が、音楽についてと振付けた当時の想いを含めてこの作品のすべてを語っている。

今回、デヴィッド・ビントレーの3作品を観て感じられたことは、ビントレーは音楽に対して非常にセンシティブに接して振付けているということである。『雪女』では、小泉八雲の「怪談」の一話にインスピレーションを受け、以前から心に留めていたストラヴィンスキーの『妖精の口づけ』の音楽が蘇ってきて振付けている。また、『The Dance House』では、ショスタコーヴィチの「ピアノ協奏曲第1番」を聴いている時に、友人の悲報に接し、この曲から<死の舞踏>のイメージが浮かび上がってきた、という。音楽を全身で受け止めた体験が、あるモチーフに触れてバレエとして創り上げられていく振付家の心の動きが見えてくるようで、とても興味深かった。
(2024年3月16日 新国立劇場

1(左から)石山沙央理・佐野朋太郎・石川聖人・早乙女愛毬.jpg

『Flowers of the Forest』
(左から)石山沙央理・佐野朋太郎・石川聖人・早乙女愛毬
撮影:Hasegawa Photo Pro.

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『Flowers of the Forest』撮影:Hasegawa Photo Pro.

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『Flowers of the Forest』
秋山和沙・石川龍之介
撮影:Hasegawa Photo Pro.

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『Flowers of the Forest』
林田翔平・塩谷綾菜
撮影:Hasegawa Photo Pro.

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