パク・セウンとポール・マルクが見事なパフォーマンスをみせたヌレエフ版『白鳥の湖』、パリ・オペラ座バレエ公演

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

パリ・オペラ座バレエ団

『白鳥の湖』ルドルフ・ヌレエフ:振付

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Photo Kiyonori Hasegawa(写真は他日公演より)

パリ・オペラ座バレエ団が4年振りに来日した。前回は、新型コロナの感染が拡大している最中で、国内での様々な公演や海外からの来日公演が軒並み中止される中、パリ・オペラ座バレエ団は当時の芸術監督オレリー・デュポンに率いられて来日を果たし、予定していた全公演を遂行した。
コロナ禍を経た今回は、2022年に芸術監督に就任したジョゼ・マルティネスに率いられての来日である。新体制の下、オニール八菜やギヨーム・ディオップらを新たにエトワールに任命するなど、次世代のスターの育成にも力を注いでいる。今回の来日公演ではこうした躍進する若いパワーと、ミリアム・ウルド=ブラームやマチュー・ガニオら円熟期のダンサーによる競演が見どころでもある。演目は、バレエ団の黄金期を築いたルドルフ・ヌレエフの振付による『白鳥の湖』と、ドラマティック・バレエの巨匠ケネス・マクミラン振付の『マノン』である。『白鳥の湖』の上演は日本では18年振りであり、また『マノン』を日本で上演するのは初めてというだけに、どちらも見逃せない。ここでは『白鳥の湖』について記し、『マノン』は別項で取り上げたい。

『白鳥の湖』は、ヌレエフがパリ・オペラ座バレエ団の芸術監督に迎えられて間もない1984年に新制作したもの。今日ではバレエ団のレパートリーの核となっているという。通常は、白鳥に変えられたオデットの悲劇に重心が置かれがちだが、ヌレエフ版の特色は、現実と夢想の間で揺れ動くジークフリート王子の内面を掘り下げて描いていることと、王子を絶望へと突き落とす猛禽ロットバルトを家庭教師ヴォルフガングと同一人物に設定したことで、これによりドラマに奥行を与えている。公演は5回で、オデット/オディールと王子には若手中心に4組のキャストが組まれていた。このうち、二日目のパク・セウンとポール・マルクが主演した回を観た。マルクがエトワールに任命されたのは2020年で、パクはその翌21年にアジア人として初めてエトワールに任命された。今後が期待されるカップルだろう。ドラマの鍵を握るともいえるヴォルフガング/ロットバルトはジャック・ガストフが務めた。

幕が開くと、椅子でまどろむ王子の後方で、ロットバルトが娘のオデットを捕らえて白鳥に変え、爪でつかんで空中に舞い上がるシーンが挿入された。宙に昇る白鳥の長い羽根が印象に残るプロローグだった。場面は一転、王子の誕生日を祝う宴になる。家庭教師ヴォルフガングが王子に招待客を紹介したりするうち、王妃が登場して王子に翌日の舞踏会で結婚相手を決めるよう告げるが、王子は気が進まない様子で憂いに沈むという流れだ。ここで強調されたのは、家庭教師が自ら範を示して王子に行儀作法を教え込むシーンで、王子を厳しく律する家庭教師と、逆らわずに従ってみせる王子とのやりとりは、いわくありげな視線の絡み合いも含めてスリリングだった。王子役のマルクは、エレガントな身のこなしを崩さずに控え目な態度を保っていたが、終盤のソロでは晴れない心の内をしなやかな跳躍で伝えていた。現実から逃避したい王子を狩りに行くよう仕向けるのが家庭教師というのも、王子の運命を操ろうとするようで、ドラマの伏線となっていた。
第1幕の踊りでは、パ・ド・トロワを踊ったアントワーヌ・キルシェールの巧みなジャンプが印象に残った。また、高く聳える壁で区切られた宮殿のセットからは閉塞感が漂い、息苦しさを感じさせて効果的だった。

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オニール八菜、ジェルマン・ルーヴェ
Photo Kiyonori Hasegawa

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トマ・ドキール、オニール八菜、ジェルマン・ルーヴェ
Photo Kiyonori Hasegawa

第2幕は湖の畔。姿を現したオデットのパクは、しなやかに波打たせる腕の動きが美しかった。王子と出会った怯えが、マイムで身の上を語るうちに、王子への信頼や救いを求める気持ちへと高まっていく様を上手く伝えていた。アダージオでも、パクはたおやかな舞いの中に儚げな情感を漂わし、王子のマルクは丁寧にパクをサポートしながら愛する女性を見つけた喜びを素直に表していた。ロットバルトは二人の仲を裂こうと現れもしたが、第2幕では特に変わった演出もなく、白鳥たちの群舞は幻想的に展開された。

第3幕は舞踏会の場。王妃や王子の前で各国の民族舞踊が賑やかに披露され、花嫁候補たちが紹介されたが、王子は誰にも関心を示さない。そこに、ロットバルトに伴われたオデットにそっくりのオディールが登場。オディールをオデットと思い込んだ王子は大喜びで、すぐに王子とオディールのグラン・パ・ド・ドゥが始まるのだが、ヌレエフはこれにロットバルトを参入させ、パ・ド・トロワの形に変更した。オディールのパクは、射貫くように王子を見つめ、誘うとみせて拒んだり、オデットの仕草を真似てみせたりと、王子の心を翻弄していった。ロットバルトのガストフは、王子がオディールをリフトしようとすると、横から彼女を奪うようにして高々とリフトするなど、王子のサポートの邪魔をして、王子のジェラシーを煽った。王子のマルクは、そんなロットバルトの策略にはまり、オデットらしからぬ振る舞いに戸惑いながらも、オディールの魅力に眩惑され、ロットバルトに促されて彼女に愛を誓ってしまう。パ・ド・トロワの形を採ったことにより、それぞれの心の葛藤や思惑が複雑に絡み合い、おのずと劇的効果は高まった。それだけに、騙されたと知った王子の絶望感も深まった。ここではロットバルトのガストフがヴァリエーションで強靭な跳躍を披露し、宮廷を支配するかのような存在感を示した。王子のマルクも優雅で力強いジャンプや鮮やかな回転技をみせ、オディールのパクも端正な脚さばきで、フェッテではダブルを連発するなど、それぞれが質の高いパフォーマンスで見せ場を築いていた。

第4幕は再び湖の畔。絶望の淵に沈むオデットと許しを乞う王子との踊りはいかにも儚げで、悲痛な叫びが聞こえてくるようだった。次々にフォメーションを変える白鳥たちの群舞はオデットの嘆きに共感するように哀調を帯び、どこかうつろに映った。ロットバルトだけが勝ち誇ったように振る舞い、オデットや王子を苛み、ついにはオデットを爪でつかみ、その白い羽根が際立つように見せながら宙に舞い上がっていった。プロローグのシーンが繰り返されたわけで、冒頭で王子が見た悪夢が現実のものになったとも受け取れるような幕切れだった。ヌレエフの独自の解釈が施された『白鳥の湖』は、物語としても、技巧が散りばめられたバレエとしても、重厚で見応えがあった。
(2024年2月9日 東京文化会館)

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Photo Kiyonori Hasegawa

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