アコスタ版『ドン・キホーテ』は、ダンサーとスタッフ、観客の全員の心臓の鼓動が同期しているような活力あふれる舞台だった
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ワールドレポート/東京
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
英国ロイヤル・オペラハウス シネマシーズン2023/24
『ドン・キホーテ』カルロス・アコスタ:振付
カルロス・アコスタ版『ドン・キホーテ』が英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2023/24のバレエの最初の作品として、1月26日よりTOHO シネマズ 日本橋ほか全国で公開される。2018/19のシーズ人にも高田茜/アレキサンダー・キャンベルの主演で上映されたが、今回はマヤラ・マグリ、マシュー・ボール、ドン・キホーテにはギャリー・エイヴス、というキャストだ。収録日は、チャールズ3世とカミラ王妃のご臨席を賜った公演で、ダンサーたちには自ずと気持ちが入って、スクリーンからは溢れるような熱気が感じられた。また、この公演では国民保健サービスの職員、教師、ウクライナ難民による合唱団などが特別に招待されたと言う。
マヤラ・マグリ ©2019 ROH. Photographed by Andrej Uspenski
カルロス・アコスタ版『ドン・キホーテ』の一幕は、まさに息もつかせぬダンスの洪水だ。
アップテンポな音楽の演奏とともに、キトリのマヤラ・マグリ、バジルのマシュー・ボールが舞台狭しと縦横に踊る圧巻の舞台だった。マヤラ・マグリの舞台上を水平にどこまでも飛んでいくかのような美しい跳躍とブラジリアンらしいエネルギッシュで活気あふれる踊り。マシュー・ボールの長身と甘いマスクを生かして、スケールの大きなラインを描いて見せる柔らかな決めのポーズ。おそらく、現在の英国ロイヤル・バレエでは最高のカップルの踊り、と言えるのではないだろうか。
そしてエスパーダのカルヴィン・リチャードソン、メルセデスのレティシア・ディアスや闘牛士たちはの魅惑的な踊りはもちろんだが、キトリの友だち(ソフィー・アルナット、前田紗江)もウィットのある踊りだったし、サンチョ・パンサ(リアム・ボズウェル)は実に器用に踊り、ガマーシュ(ジェームズ・ヘイ)やロレンツォ(トーマス・ホワイトヘッド)なども大仰な速いパフォーマンスで雄弁な表現を見せた。その中でドン・キホーテ(ギャリー・エイヴィス)だけがゆったりとした動きで際立って演技し、作品全体のリズムを紡いでいた。
アコスタは振付にあたって、ダンサーの声を意識した、と幕間のインタビューで語っているが、スペイン独特の大きな掛け声が舞台上を飛び交い、時にダンサーが叫び、終始、リズムを刻む手拍子は次々と盛り上がり鳴り止まない。登場人物全員が寄せては返す大波のように揺れ動き、可動式のセットが全体と共振するように動いて、まるで登場人物たちとスペインの街が一緒に踊っているようだった。舞台上のダンサーたちだけでなく、舞台制作に関わったスタッフたち、会場の観客全員の心臓の鼓動が同期して脈打ち活力に満ちた「踊りの王国スペイン」が大スクリーンに躍動した。ティム・ハットリーの美術は、アコスタの意図を越えてその効果を表したかのようにさえ思えた。
マシュー・ボール
©2019 ROH. Photographed by Andrej Uspenski
マヤラ・マグリ
©2019 ROH. Photographed by Andrej Uspenski
また、ロマの野営地のシーンでは、一転してキトリとバジルの情感が漂うパ・ド・ドゥが踊られる。ここでは1幕の具象的なデザインとは打って変わって、巨大な花が飾られ樹木が蛇のように天を取り囲む空間、という暗く幻想的でデコラティヴなセットとなる。
他の多くのヴァージョンでは、ドン・キホーテは類型的人物として扱われている場合が多いが、アコスタ版のドン・キホーテは一幕で既に幻想が描かれるように、気持ちの抑揚が見え、とても人間的に描かれている。幻想に惑わされて風車を怪物と勘違いして突入する、その心の奥までを表現しようとしているのである。またドン・キホーテは、キトリとバジルのためにガマーシュと決闘して勝利するが、これも淑女を尊崇する騎士道精神に則ってというよりも正義感からかって出たように感じられる。他のヴァージョンでは、決闘は銀月の騎士と対決して行われ、ドン・キホーテは自分の拍車が絡まって敗れる、という騎士道精神に取り憑かれた滑稽な人物として表現されている。しかしアコスタの演出は、ギャリー・エイヴィスの熱演もあって、ドラマの中の人間的な人物としてドン・キホーテに血脈を注入して描いているのである。
ドン・キホーテをどのように演じたか、について、ギャリー・エイヴィスがインタビューで詳しく語っている。
https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/others/detail034599.html
英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 23/24の冒頭に公開されるカルロス・アコスタ版『ドン・キホーテ』は、ダンサーとスタッフの力が込められた活力に満ちた舞台である。
©2019 ROH. Photographed by Andrej Uspenski
©2019 ROH. Photographed by Andrej Uspenski
©2019 ROH. Photographed by Andrej Uspenski
英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 23/24
【公開】1月26日(金)より TOHO シネマズ 日本橋 ほか全国公開
公式サイト https://tohotowa.co.jp/roh/
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