ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2014.12.10]
♪バレエ昔も今も♪BALLET OLD AND NEW♪
元パリ・オペラ座のエトワール、ジョゼ・マルティネスが、自身が芸術監督を務めるスペイン国立ダンス・カンパニーとともに来日した。Dance Cubeでは、日本公演前にインタビュー、異なったプログラムで2015年1月に行われるパリ、シャンゼリゼ歌劇場公演についてのジャーナリストとの懇談会の模様も詳報した。
マルティネスは2011年7月にオペラ座を退いたが、その時にはすでにスペイン国立ダンス・カンパニーの芸術監督就任は決まっており、同年9月にはマドリッドに腰を据えて活動を開始している。このカンパニーは、ウラテ、レイ・バーラ、プリセツカヤ、ナチョ・ドゥアトなどが芸術監督を務め、たびたびその名称を変えてきた。その変遷にスペイン舞踊という大きな伝統とクラシック・バレエ、コンテンポラリー・ダンスが混在する、スペイン独特のダンス事情を見てとることもできる。
マルティネスは、芸術監督就任にあたってスペインのダンスの現状を詳しく調べ、綿密に計画を練った。そして前任監督の培ったコンテンポラリー・ダンスの養土を活かし、スペインのクラシック・バレエ観客をも満足させる、というパースペクティヴを描いた。ダンス観客の実情とカンパニーの現実を冷静に把握して、プランを練ったのだ。ことはそれほど単純ではないけれど、概ねそのような考え方から今回のツアーのプログラムを組み、ダンサーの育成にもあたっている。
近い将来、マルティネスが世界の最高峰といわれるパリ・オペラ座で育んだ舞台芸術の真価が、存分に発揮されることを願っている。

プティパを尊重し、新たな振付も加えた『眠れる森の美女』新ヴァージョンが上演された

新国立劇場バレエ団
『眠れる森の美女』ウエイン・イーグリング:振付(マリウス・プティパ原振付による)

新国立劇場バレエ団は、大原永子舞踊芸術監督就任第1作目となる『眠れる森の美女』ウエイン・イーグリング振付を上演した。イーグリングは、ダンサーとして英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルだった時代に、ピーター・ライト、マクミラン、ニネット・ド・ヴァロワなどこの作品のヴァージョンを多数踊っているが、振付を行うのは初めて。プティパの原振付を尊重して振付けたという。それは古典名作バレエの代表的作品である『眠れる森の美女』のカンパニーのオリジナル・ヴァージョンを、国立バレエ団が持たないのはおかしい、と考える大原舞踊芸術監督の意図に沿ったものだった。

tokyo1412a_0266.jpg ローズ・アダージオ米沢唯 撮影/鹿摩隆司

舞台は全体に丁寧に大掛かりに創られていた。ちょっと特徴のあるブルーを基調として色彩が整えられていた。衣装は装飾がやや多めで華やかなのだが、もうひとつ重厚さは現れてはいない。衣裳で少し気になったのは、王子の衣裳の胸の大きく空いていたことだ。外国人だと胸毛が露出して気にかかるかも知れない。幸いワディム・ムンタギロフにはその心配はなかったが。
オーロラ姫は米澤唯だった。初日に続いて二回目の演舞だった。以前は少しアームスが固いと感じることもあったが、ここでは緩やかになめらかで美しかった。身長が高いだけにアームスが優雅さを湛えるようになれば、バレリーナのたとえてしては適切とはいえないが、鬼に金棒だ。表情も16歳として登場するあたりでは、少し緊張が感じられたが、3幕のグラン・パ・ド・ドゥでは晴れ晴れとしていた。
デジレ王子を踊ったのは、2014・2015シーズンのゲスト・プリンシパル、ムンタギロフ。イーグリングがイングリッシュ・ナショナル・バレエ団の芸術監督だった時から、厚い信頼関係がある。ムンタギロフは横顔などはギリシャ彫刻を思わせる美しさで、顔も小さく引き締まっていてスタイルもいいし、王子役として非の打ち所がない。ただ演技中はほとんど笑顔をみせない。嫌みにならないくらいの微笑みは見せてほしいものだとも思った。

tokyo1412a_0563.jpg 米沢唯、ムンタギロフ 撮影/鹿摩隆司 tokyo1412a_0801.jpg グラン・パ・ド・ドゥ 撮影/鹿摩隆司
tokyo1412a_0812.jpg 3幕 グラン・パ・ド・ドゥ 撮影/鹿摩隆司

イーグリングが新たに振付けた部分は、第1幕の花のワルツ、2幕の王子のソロ、オーロラ姫と王子の目覚めのパ・ド・ドゥ、第3幕の宝石の精のヴァリエーションそしてカラボスにポワントを履かせて踊らせたことなど。
カラボスは本島美和が踊った。リラの精との対決を際立たせるためにポワントにした訳だが、もうひとつ効果が感じられなかった。この役はやはり、やや大袈裟なマイムによって際立たせてアピールするもので、踊らせるのは少し難しいのではないかと思った。かつて英国ロイヤル・バレエ団の来日公演で観た、アンソニー・ダウエルの演技が強烈な印象を残しているからかもしれない。また。第1幕冒頭では、例の編み棒のエピソードが描かれるが、通常は幕前で行われ、婚約者選びをする宮殿の中では描かれることはないのではないかと、少々気になった。次のワルツへの繋がりとしてもあまり良くないと思った。

tokyo1412a_1875.jpg 野絢子、福岡雄大 撮影/鹿摩隆司

小野絢子、福岡雄大のカップルも見ることができた。
小野絢子のオーロラ姫はほぼ完璧。ローズアダージオでは、王と王妃夫妻と5人の王子に気を使いながら、お婆さんに化けたカラボスに対応しなければならないから、表情を作るだけでも結構忙しい。その中で踊り、振りに合わせた全身の表情もつくる。なおかつ全体が表現となっていなければならない。想像するだけでもかなりの作業量だ。小野はどれもないがしろにすることなく、丁寧に踊った。かつ、このダンサー独特の柔らかさ、優雅さで舞台全体を包み込んだから、たいしたものである。ディヴェルティスマンの親指トムを踊った八幡顕光が見事な踊りを見せた。青い鳥の長田佳世、奥村康祐も良かった。
オーロラ姫とデジレ王子の目覚めのパ・ド・ドゥも福岡が落着いて踊り、綺麗にまとまった振付だった。
なんでもプティパの振付通りに再現すればいいものが出来るというわけではない。時代が違えば、観客の意識、ダンサーの意識も違う。もちろん、バレエという芸術の社会的地位も異なる。それを総合的にアレンジするのは至難の技、むしろオリジナル作品を創った方が手っ取り早いかも知れない。また、バレエの伝統のある文化を受容する国や地域のエリアの文化的な気質や伝統によっても現れてくるものは異なる。音楽についても同じように様々なことがいわれる。少なくとも音楽と振りについては、この作品はこの振付のために作曲されている。したがって振付と音楽は、分かちがたく結びついているものもあるに違いない。つまり、プティパに帰る、ということは、作者のオリジナル作品の趣旨に立ち返って、その趣旨を理解して再振付けせよ、ということだろうと思った。
(2014年11月11日、16日 新国立劇場 オペラパレス)

tokyo1412a_1290.jpg ローズ・アダージオ 小野絢子 撮影/鹿摩隆司 tokyo1412a_1582.jpg 目覚めのパ・ド・ドゥ 撮影/鹿摩隆司
tokyo1412a_1823.jpg 小野絢子、福岡雄大 撮影/鹿摩隆司 tokyo1412a_1830.jpg 小野絢子、福岡雄大 撮影/鹿摩隆司