ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2014.08.11]
♪バレエ昔も今も♪BALLET OLD AND NEW♪
大原永子がスコティッシュ・バレエ団のプリンシパル・ダンサーとして契約したのは1975年。堀内元がニュ−ヨーク・シティ・バレエ団のプリンパルに昇格したのは1989年のこと。また、吉田都、熊川哲也が英国ロイヤル・バレエ団の世界の舞台で活躍したのは周知の通り。難攻不落と思われたロシア、ボリショイ・バレエ団の重い扉をこじ開けて、岩田守弘がソリストとして踊った。もちろんそのほかに、多くの先達の努力がある。
しかし、つぎにどうしても期待してしまうのが、まだコリフェだがパリ・オペラ座のオニール八菜だ。入団してすぐの昇級試験では、トップの成績でコリフェに昇進。ヴァルナ国際バレエコンクールではゴールド該当者なしで、シルバー・メダルに輝いた。日本とニュージーランドのハーフだが、8歳まで東京で育ち、日本語も自由に話せる。もしかすると、私たちのバレエダンサーの歴史に新たなページを開いてくれるのではないか、と、ついつい思ってしまうのである。

キャピュレット、モンタギューの対立を越えて、時代をも貫いたジュリエット慟哭の踊り

東京シティ・バレエ団
『ロミオとジュリエット』中島伸欣:構成・演出・振付、石井清子:振付

東京シティ・バレエの『ロミオとジュリエット』は、2009年東京シティ・バレエ団と東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団が、江東区と芸術提携を結んだ15周年を記して初演された。今回はその20周年に当たって再演された。

tokyo1408a_B.jpg 撮影:鹿摩隆司

この舞台は、中島伸欣と石井清子が役割分担をして振付けたとのこと。また江頭良年の可動式装置、小栗菜世子デザイン、イタリアSARTORIA FARANI DI ROMA(ゼフィレリ監督の映画『ロミオとジュリエット』の衣装もここで作ったという)製作の衣装などが特徴的だが、全体性、統一感が保持された作品だった、と思う。
おそらく中島が振付けた部分だと思われるが、たとえば、ロミオが懸命に制止ししたのにもかかわらず、マキューシオが後ろから刺されて殺されてしまったことに怒って、ティボルトを激しい剣戟の末に殺してしまう。その時、キャピュレット夫人はおおいに嘆くのだが、さらにそれ以上に、ジュリエットに舞台中央で、その怒りと慟哭を踊らせる。これは長年にわたる両家の無意味な悪しき対立の果ての無意味な殺し合い、それを勇気を持って終わらせることのできないヴェローナの大人たちに対する、青春の身を焼くような激しい抗議を表す。作品全体ひいてはルネッサンスを間もなく迎える時代をも貫く、象徴性の高い優れたダンスだった。ただ、次の第2幕冒頭では、ジュリエットはそのティボルトを殺した本人と初夜を過ごすことになる。一体、彼女の怒りの感情はどのように収まったのか? とも思われるかもしれない。しかし、そうした登場人物の感情の流れを越えたドラマが、ここでは現れているのだ。

tokyo1408a_A.jpg 撮影:鹿摩隆司 tokyo1408a_E.jpg 撮影:鹿摩隆司
tokyo1408a_C.jpg 撮影:鹿摩隆司

また、ジュリエットの友だちとして登場するコール・ドに、死の仮面を持たせて踊らせ、運命の過酷を表す。冒頭から既に髑髏が見え隠れしていたが、運命が仮面という演劇的表現より表されたことには、興味を覚えた。運命あるいは死が、漠然とした存在ではなく、人格的な相貌を見せるのではないか、と期待したからである。ジュリエットがパリスとの結婚を避けるために仮死状態になる秘薬を飲み、やがて蘇るから、と伝える手紙を送る。その伝達人が夜盗に殺され、ジュリエットが自殺したと思い込んだロミオが後を追う。さらにそれに気付いたジュリエットも刃で胸を突く・・・これはほんとうに自然の成り行きなのか、否、運命の意志なのか、というドラマもまた成り立つのではないか、などと空想したからである。

ジュリエットを踊った中森理恵は初めてのジュリエット役、ロミオの石黒善大は全幕物デビューだという。二人ともしっかりと踊り、とてもそうは見えなかった。それはおそらく、カンパニー全体がチームとなって、この『ロミオとジュリエット』を創ろうとした一体感に支えられていたからであろう。
(2014年7月13日 ティアラこうとう大ホール)

tokyo1408a_D.jpg tokyo1408a_F.jpg
撮影:鹿摩隆司(すべて)