ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2014.05.12]
♪バレエ昔も今も♪BALLET OLD AND NEW♪
「ロイヤル・エレガンスの夕べ 2014」に出演するリカルド・セルヴェラに話を聞く機会があった。お決まりの質問で最も好きな役は何か、と訪ねた。彼は迷うことなく、『マノン』のレスコー役、と答えた。バレエダンサーはなかなか一番気に入っている役を答えることは少ない。決めつけられることを嫌い、出来るだけ幅広く演じられるダンサーであることをアピールしておきたいからだ。だから率直に一発回答をくれたセルヴェラには好感を持った。さらにレスコー役の見せ場、第2幕冒頭の、酔っぱらいの長いヴァリエーションに話を振ると、この役を踊る際に、当時芸術監督だったモニカ・メイスンから、酔っぱらいは自分が動作をコントロールできるはずなのにできない、という風に演じるのがコツ、と教えられたという。なるほど、巷で見かける酔っぱらいの形態模写をするのでは、真似ていることが感じられて名演技にはならない。さすが! シェイクスピアに代表される英国の舞台芸術の伝統は、こうして脈々と継承されているのだ、と感服した。
しかし、私の中の、酔っぱらいダンスの極め付けは、ミハイル・バリシニコフが主演した『ドン・キホーテ』の踊りにとどめを刺す。それはまさに、次第に酔いが回っていくことを絶妙のステップの運びとボディワークによって感じさせる、身体が奏でる音楽そのものだった。

新しいドラマ表現を創った、Kバレエ カンパニーの熊川哲也版『ラ・バヤデール』

Kバレエ カンパニー
『ラ・バヤデール』熊川哲也:演出・再振付

熊川哲也版『ラ・バヤデール』が、Kバレエ カンパニー創立15周年とBunkamura オーチャードホール25周年を記して、世界初演された。熊川にとっては、古典バレエの全幕プロダクションの10作目となる。この人間の愛と欲望と権力のドラマを、「世界の崩壊の後には必ずや再建が訪れる」という、普遍的なテーマであると同時に、今日のわれわれにとって実に切実な問題意識を持って、壮麗なグランド・バレエに仕上げる、舞踊家、熊川哲也の渾身の試みだった。

tokyo1405a01.jpg Photo:Shunki Ogawa

全体的には、宮殿広場などのディヴェルテスマンをカットし、パ・ダクションを充実させて、ドラマティックな緊迫感で観客に迫った。演出の冴えも垣間見えた。たとえば、毒蛇を潜ませた花束をソロル自身にニキヤに手渡させたこと。ニキヤはソロルの裏切りを実感して絶望し、ハイ・ブラーミンが差し出す解毒剤を拒否して死を選ぶ。この演出により、主体的に愛を裏切る当事者にされたソロルの、神の摂理に抵触する行動の意味が明快に表わされた。この演出が秀逸だったので、その後の展開に重いリアリティを与えた。ソロルは重大な罪の意識をはっきりと認識し、決して取り返しのつかない悔悟のために寺院に籠もる。こうして、ソロルが阿片に精神を任せようとしたことは、逃れようのない自責の念に囚われたためだったという事実に説得力を与えた。熊川哲也版はこの演出により、『ラ・バヤデール』の数あるヴァージョンの中でも、最も説得力をもった完成度の高いドラマ表現を創ることに成功した、と私は思う。
ただ第2幕、息絶えたソロルの身体からニキヤの化身となった白蛇がガムザッティを襲いかかる、という演出は、確かに明解な意のある演出だが、どうだろうか。ニキヤは自ら死を選んだのだから、白蛇となって復讐するだろうか。もし復讐するのであれば、ハイ・ブラーミンに助けてもらってでもガムザッティを襲うという道もあったかも知れない。それともこれはニキヤの冥界からの復讐ではなく、神の成せる幻覚なのだろうか、私にはそんな考えも浮かんできた。
ガムザッティとの結婚により未来が期待されていたソロルは、ニキヤを殺し、阿片に頼ったすえに黄泉の国に連れられる。ソロルの死とともに天変地異が起こり、神殿が崩壊する。そして神が顕現したかのようなブロンズアイドル踊りが、新たな建設の兆しを現した。
どちらかといえばエキゾティズムが強調されてきた『ラ・バヤデール』という古典全幕バレエに、深い解釈と優れたイマジネーションにより、新たなドラマ表現を創った見事なプロダクションだった。早い時期の再演を期待する。
(2014年3月23日 Bunkamura オーチャードホール)