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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2012.02.10]

ボルチェンコ、シェミウノフによる感動的なラスト『白鳥の湖』

The Leningrard State Ballet レニングラード国立バレエ団
Petipa, Ivanov, Gorsky, Messerer "Swan Lake"
M.プティパ、L.イワノフ、A.ゴルスキー、A.メッセレル振付、M.メッセレル再演出『白鳥の湖』

良く知られるようにプティパ、イワノフ版の『白鳥の湖』が帝室マリインスキー劇場で初演されたのは1895年。そのプティパに師事していたアレクサンドル・ゴルスキーが1901年にボリショイ劇場で新演出を行った。さらに何回か改訂を加え、1920年にはワシリー・エフィーモフの才能をフューチャーするために道化役を創った、と言われる。そしてこのおよそ100年前の改訂は、作品の芸術性云々を別としても、『白鳥の湖』の演出にさまざまな可能性を付与したことは異論のないところだろう。ほとんどの解説書がゴルスキー版が数多くの演出の元になっていると記しているが、100年間どのように継承されてきたいか、についてはあまり触れられていない。
しかしここからレニングラード国立バレエ団の『白鳥の湖』への言及が始まる。ゴルスキーの下でジークフリード役を踊ったアサフ・メッセレルは、このカンパニーのミハイルの叔父にあたる。そのアサフが1956年にゴルスキー版を復活上演し、ミハイルはその舞台でパ・ド・トロワを踊った。そしてミハイルが中心となって2009年にレニングラード国立バレエ団で、A.ゴルスキー/A.メッセレル版として復活上演され、今回の舞台が日本初演となる。(その間の事情を記したミハイル・メッセレルの非常に興味深いインタビューが現地のプログラムに掲載され、日本公演のプログラムにも翻訳されている)

tokyo1202b01.jpg 撮影/瀬戸秀美 写真提供/光藍社

今回のレニングラード国立バレエ団の『白鳥の湖』は、ワガノワ舞踊アカデミー出身のエカテリーナ・ボルチェンコと、やはりワガノワ出身のマラト・シェミウノフが踊った。ボルチェンコはしっとりとした憂いを湛えた表情の持ち主でなかなかの名眸。ポワントもきれいだった。第3幕ではその憂いに奥に妖しい光りを秘めて、ややおでこを強調したメイクアップによりオディールに変身して登場、客席を魅了した。32回のグラン・フェッテを楽々と婉然とした表情を湛えて踊った。
ジークフリート王子役のシェミウノフは195センチの長身でハンサム。じつに絵になる姿体だが、動きでは長い手足を若干持て余しているように見えてしまうところが残念だった。ゴルスキー版に基づいているので、ディヴェルティスマンも絢爛豪華な踊りだった。また第3幕のアントレなどには古風なバレエの趣きを残していてゆかしさも感じられた。
せっかくお膳立てした花嫁候補を全員キャンセルした王子への怒りを王妃が小刻みなファンで表したところなどは、ユーモラスで親しみやすいものを感じた。
そしてこの作品の永遠の論争点ともいえる第4幕は、ハッピーエンドだった。だが凡百の楽観的なエンディングとは異なって、人間は運命にはいかにしても打ち克つことはできないが、真実の愛だけがそこに奇跡をもたらすことができる、という作者信念は、くっきりと観客の胸に伝わってきた。オデットの冬のロシアの湖のように凍りついた悲しみの表情が、最後の最後で微かにほころんだのだ。
(2012年1月8日 東京国際フォーラム ホールA)

tokyo1202b02.jpg 撮影/瀬戸秀美 写真提供/光藍社 tokyo1202b03.jpg 撮影/瀬戸秀美 写真提供/光藍社