ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2011.08.10]

高い精神性を表した中村恩恵の『無心と体得のうた』

中村恩恵 演出・振付『無心と体得のうた Songs of Innocence and of Experience』
Dance Sanga
tokyo1108g01.jpg写真/塚田洋一

中村恩恵が主宰するDance Sanga は2007年の設立以来、キリアンの作品を通して舞踊を学ぶ教育プログラムを行ってきた。今年、イリ・キリアンを正式にアドヴァイザーに迎えて本格的に公演活動を展開していくことになった。その最初の公演が、ウイリアム・ブレイクの詩集『無心と体得のうた』にインスピレーションを受けた新作ダンス。
ウィリアム・ブレイクは18世紀から19世紀の初頭にかけて英国で活動した詩人、版画家、神秘思想家。ブレイクの詩集『無心と体得のうた』は、2部に別れていて「無心のうた」では子羊や春、花などに託して汚れなき無垢の心に現れる命の歓喜を詠う。「体得のうた」では現実の社会の圧力に絶望し悲しみ苦悩し、恐れや嫉妬、涙などが支配する姿が詠われている。
誕生することは死を約束されることになる、命とはそういった矛盾をはらんでいる。生きることからは死は見えないし、死から生きることを見ることはできない。この相反するものを融合することはできないか、それが中村恩恵のダンスのひとつの試みだ。中村は、ブレイクの『無心と体得のうた』はそうした対照的な二つのパートに別れている、と捉える。そして様々なテーマが詠われている詩の中から、「ティルザへ」(体得のうた)という子が母を詠った詩と「ゆりかごのうた」(無心のうた)という母が子を詠った詩を、自身が母であるという想いも込めてフォーカスする。

舞台は中央を白い幕で仕切られていた。客席は中央の白い幕を挟んで両側に設けられているから、幕の向こう側の客席はもちろん、仕切られた舞台半分とそこで踊っているダンサーの姿も見えない。
ダンサーは東京バレエ団でプリンシパルとしてベジャール作品他を踊った大嶋正樹、神戸女学院舞踊専攻コースで島崎徹に学んだ石原悠子、NDT-キリアンフェスティバルで中村の指導を受け、Dance Sangaで活動してきた苫野美亜、そして中村恩恵自身。
やがて中央の幕が上がって客席の視線が舞台のすべてを見つめ、男と女の葛藤が踊られ、母としての中村の登場もあった。中村恩恵らしい高い精神性と深い慈愛を訴える美しい動きが、複雑に連なって展開された。
振付家と同時にダンサーも観客も今ここに在ることについての対話を促されるダンスだった。
(2011年7月23日 スパイラルホール)