ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2011.03.10]
ゲルギエフ率いるマリインスキー・オペラを観た。オペラの創る音楽と歌と演出が構成する美に陶然となり、存在自体が舞台と同化していく感覚にしびれた。やはりこれは音の魔力なのだろうか。オペラは身体が発する歌と器楽が奏でる音楽という二重の音が共鳴して、観客の存在のコアを揺さぶる。 バレエでいえば、古い話になって恐縮だが、バリシニコフが来日公演で踊った『シナトラ組曲』は、私には決して忘れることの出来ない至上の記憶として胸の中で輝いている。バリシニコフの典雅な動きとシナトラの甘い歌声が絶妙にシンクロして、天国にいるような妙なる官能に包まれた。ここでも音の魔力が劇的に作用していたのだと思う。今後、またあのような鮮烈な舞台と巡り会うことはあるのだろうか・・・。

ニキヤとソロルは天空へと向かった・・・谷桃子バレエ団『ラ・バヤデール』

望月則彦:再演出・再振付『ラ・バヤデール』
谷桃子バレエ団
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『ラ・バヤデール』は、神の存在と階級に律せられる社会に生きる人間の愛のドラマを描いている。
物語の舞台は最も階級制度の厳しいインド。ここで、寺院の舞姫(バヤデール)のニキヤと戦士ソロルと領主の娘ガムザッティの愛のトライアングルに大僧正バラモンの横恋慕が絡んで、生きることを賭けたドラマが神の目前である寺院や宮殿で繰り広げられる。
ソロルはニキヤを心から愛しているが、ガムザッテイの美貌と領主の権力につい魅せられてしまう。虎を狩る勇者だが、人間らしい心の弱さも持っている。

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谷桃子バレエ団の『ラ・バヤデール』は、ボリショイ・バレエのプリマだったスラミフ・メッセレルがゴルスキー版の流れを受けて振付けたヴァージョンに基づいて、芸術監督の望月則彦が再演出・再振付けしたもの。全3幕構成だが、2006年、2008年と再演するたびに改訂を行っている。
1877年にサンクトペテルブルクで初演されたプティパの原典は5幕構成だったと言われるが、今日では多くの場合、4幕物と3幕物のヴァージョンが上演されている。
大筋として3幕構成の場合は、ニキヤを裏切った罪の意識の苛まれるソロルが、アヘンに溺れ、幻影の中でニキヤと踊って終幕を迎える。一方、4幕構成は最後の幕でソロルとガムザッテイの結婚式となり、そこにもニキヤの亡霊が現れるが婚儀が整う。すると神の怒りが現れ神殿が大崩壊する、という結末である。
全3幕は、ニキヤとソロルの愛のドラマが完結して幕を下ろすが、4幕構成の場合は、3人の愛とそれに加わった大僧正や領主、僧マグダヴェヤなどの、人間の(階級によって支えられている)社会が神の怒りによって崩壊する、という表現になる、といえるだろう。どちらの構成が良いかではなく、作者が神の怒りをどこに顕現するか、という表現の問題だと思われる。

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谷桃子バレエ団の全3幕の『ラ・バヤデール』は、神は、怒りを具体的に地上に表す訳ではないが、ヒマラヤの天空から人間たちの心の動きをじっと見守っている。ソロルは神の視線に晒されて大いに悔い、死者の列に加わってニキヤとの愛を天空の神の御前で成就する、と観ることができた。
望月の演出・振付は、ディヴェルテスマンとグラン・パ・ド・ドゥという舞踊構成にとらわれず、ドラマとダンスと音楽を一体として共鳴させた表現を目指している。
第2幕に登場することの多いブロンズアイドルは、第1幕の3場の愛するソロルが裏切って領主の娘ガムザッティと結婚すると知って、うちひしがれたニキヤの幻想の中で踊る。戦士の行動に対して観客に神の視線を見せる演出である。
その他のよく知られるディヴェルテスマンも再構成されている。太鼓の踊りやオウムの踊りなど、原典のアフリカとインドを取り違えたかのような印象のものはカットされ、軍人たち、みつばち、扇の踊りとなって物語に組み込まれている。ちなみに日本初演のメッセレル版では、つぼの踊り、仏陀の踊り(高田止戈)、太鼓の踊り、軍人たちとクレジットされていた。
第3幕は、ヒマラヤから降りてくる32人のコール・ド・バレエと幻想の中のニキヤと、ソロルの愛のパ・ド・ドゥが見事な一体感を持って踊った。そしてラストは幻想の中で成就した二人の愛が昇華していくアポテオーズだった。
再演の制作にあたって谷桃子から、ラストシーンは空が抜けるような舞台美術が欲しい、という要望があったと言われる。ニキヤとソロルがゆっくりと天に歩んでいく、その背後は一点の濁りもない澄みわたった天空がひらけており、はるかみはるかすヒマラヤ連峰の頂が神々しく輝き、神が宿っていることが感じられる。観客の心を宇宙の無限へと解放する鮮やかな印象を残したラストシーンだった。

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ニキヤは緒方麻衣、ソロルは三木雄馬、ガムザッティは林麻衣子という配役。緒方は主役を踊るバレリーナとしての成長ぶりを見せた。以前には体力的な不安をのぞかせることもあったが、もはや杞憂に過ぎない。第2幕の婚約式では、愛するソロルへの絶望を表し、想いを振り切るような花籠を持った速い踊り、突如、毒蛇に咬まれて死に直面するが、バラモンの求愛を退けて死を選ぶまで、踊りと演技の変化に富んだ多様な表現力を要求される長いソロを見事に踊りきった。
ソロルの三木雄馬は、鋭いテクニックと軽快な身のこなしで、勇者と讃えられながら心の弱さを併せ持って苦悩する人間的魅力に富んだ人物像を闊達に踊った。苦悩する三木=ソロルにシンパシィを感じた観客は多かったのではないだろうか。リズムや呼吸が合っていたのだろうか、二人の踊りによって表現されるものが強く感じられてパートナーシップも良かった。今後に大いに期待したい。
(2011年2月5日昼 東京文化会館大ホール)

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撮影:スタッフ・テス 谷岡秀昌/飯田耕治
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