ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2010.08.10]
夏になって、海外で踊っているバレエ・ダンサーたちが一挙に帰国し、彼らを中心とした公演があちらこちらで開催されている。海外のカンパニーに移って大いに活躍して階級を上げた人、良いパートナーあるいは優れた振付家や芸術監督に出会った人、ダンサー人生の中でも重要な作品を踊ることができた人、はたまたふっくらした人ほっそりした人・・・帰ってきたダンサーたちの様々な元気あふれる舞台の姿を見ることができて、私たち観客も大いなる刺激を受け、がんばらなくては! と束の間の決意を誓ったのでした・・・。

ロシア人と日本人ダンサーの華々しい饗宴「バレエの神髄2010」

バレエの神髄2010
ルジマトフ、吉田都、岩田守弘、フィリピエワ、キエフ・バレエ団
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「バレエの神髄」の公演プログラムには、特にプロデューサー側からのメッセージが掲載されていないので、その趣旨とするところは分からないが、主要ダンサーの構成のバランスが良い興味深い公演だった。
まず岩田守弘は、周知のように日本人として初めてボリショイ・バレエの檜舞台で活躍している。岩田は今回の「バレエの神髄」公演では、ミハイル・ラブロフスキーが振付けたソロ・ダンス『侍』(音楽は鼓童)を踊り、「ディアナとアクティオン」(『エスメラルダ』パ・ド・ドゥ)をキエフ・バレエ団のナタリヤ・ドムラチョワと踊った。さらにファルフ・ルジマトフが岩田振付の『阿修羅』を踊ったから、この公演にとってたいへん大きな存在だった。
『侍』は小品だが、抑制の効いた動きから「終焉」という非連続性に潜在する気高さを詩趣を漂わせて舞台に顕現した。振付の目指したもの以上に、鼓童のリズムに全身を委ねつつ踊った岩田の張りつめた精神性が、優れた説得力を発揮した。
そして『阿修羅』は、公演の舞台を一度しか見る機会に恵まれなかった岩田が新たに立ち会った舞台ということたが、一段と引き締まり、劇空間がほとんど極限にまで冴えわたった。ルジマトフの笛や鼓のリズムに完璧に呼応した動きは、日本人がひとつの理想として空想している身体性を観客に提示して驚かせた。岩田とルジマトフは、まるでわれわれの祖先の魂が、シルクロードの天空をあまかけているかのような幻想を抱かせたのである。
 

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一方、ルジマトフのような際立った身体性を強調しているわけではいないが、吉田都は、キエフ・バレエ団のセルギイ・シドルスキーと踊ったの『ライモンダ』で、正確無比な動きと完璧に心理を把握した演技による踊りを披露した。彼女ならではのクラシック・バレエのゆるぎない表現を創り、堂々とした主役のオーラを放って舞台をリードし、他を圧倒していた。
もうひとつ印象深かった舞台は、エレーナ・フィリピエワとルジマトフが踊った『シェへラザード』だった。リムスキー=コルサコフの音楽に、ミハイル・フォーキンが振付け、バレエ・リュスの一大センセーション巻き起こしたこの傑作は、ハーレムの皆殺しを描いたバレエであり、バクストが構成した舞台美術の鮮烈な色彩感覚こそが主役ともいえる。
シャリアール王の寵姫ゾベイダを踊ったフィリピエワは、長い黒髪に真紅の髪飾りをあしらい、ローウエストの真っ赤なハーレムパンツを着けて、宦官がうろつく退廃的なハーレムを官能で満たした。フィリピエワが扮したゾベイダは、観客の心をはるかな『アラビアン・ナイト』の世界へと拉致したのである。ロシアとはいえキエフ南方のザポロージェ出身のフィリピエワには、恐らく、黒海の向こうに開けたアラブの血も色濃く流れているのかもしれない。
「バレエの神髄」は、ルジマトフ、岩田守弘、吉田都、フィリピエワという主要ダンサーが、その魅力をそれぞれ鮮やかに花開かせたなかなか味わい深い公演だった。
(2010年7月8日 文京シビックホール 大ホール)