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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2010.06.10]
A GIFT FROM MALAHKOV 2010

マラーホフが大いにサービス精神を発揮した〈贈り物〉

A GIFT FROM MALAHKOV 2010
〈マラーホフの贈り物2010〉 [Aプロ] [Bプロ]

〈マラーホフの贈り物〉も回を重ねて8回目を迎えた。マラーホフを含めた5組の男女のペアが出演する予定だったが、ボリショイ・バレエの話題のペアが参加できなくなり、マラーホフが芸術監督を務めるベルリン国立バレエ団のペアに代わったため、シュツットガルト・バレエ団からの1組以外は、みな座長の傘下のダンサーという偏った構成になった。Aプロ、Bプロの2種のプログラムが用意されたが、ガラ公演の定番のパ・ド・ドゥは少なく、マラーホフの振り付け作品を含め、多彩な現代作品が並んだ。

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[Aプロ] 第1部の幕開きはコミカルな『ザ・グラン・パ・ド・ドゥ』。E・カブレラとM・カニスキンはシュプックの振り付けをなぞっているような感じで、滑稽さは今一つ。続いて、P・セミオノワとマラーホフが、バランシン振付の『ジュエルズ』より“ダイヤモンド”を、格調高く優雅に踊った。シュツットガルト・バレエ団のM・アイシュヴァルトとM・ラドメイカーが取り上げたのは『ボリショイに捧ぐ』。クランコが、ボリショイ・バレエが初めて行ったロンドン公演に刺激されて創作した1956年の作品で、二人はアクロバティックなリフトを流れるようにこなした。最初に登場したカブレラが今度はL・ヤコヴィーナと組み、ザコヴィッチの『アレクサンダー大王』の官能的なパ・ド・ドゥを踊った。絡み合い、突き放しては求め合い、床を転げ、キスをかわしと、感情の嵐を動きに転換してみせたデュオは見応えがあった。強烈な作品の後は、一転して「コッペリア」よりの明るいパ・ド・ドゥ。I・サレンコがアラベスクで長くバランスを保ち、3回転を交ぜたフェッテを披露すれば、D・タマズラカルは爽快なマネージュやピルエットで応えた。
第2部は、マラーホフによる全幕バレエ『仮面舞踏会』から劇中バレエ“四季”を、東京バレエ団のダンサーも交えて上演した。ここの音楽はヴェルディの『シチリア島の夕べの祈り』から採られている。冬は白い衣装の上野水香のソロが、春はニンフの吉岡美佳と牧神の柄本武尊のやりとりが、夏は胸に輝く太陽が描かれた衣装のセミオノワとマラーホフによるデュオが、秋は田中結子と松下裕次によるデュオがメインで、夏以外は小編成の群舞も入る。30分強の作品だが、全体にもう一工夫あればと思う。東京バレエ団のダンサーたちは振りのニュアンスを十分つかみきれていないようで、群舞に乱れもあった。

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第3部は、ビゴンゼッティがカラヴァッジオの絵に創意を得て作舞した『カラヴァッジオ』から第2幕の男同士の衝撃的なパ・ド・ドゥで始まった。逞しいヤコヴィーナの肉体と柔軟なマラーホフの肢体が絡み、睦み合う。マラーホフがヤコヴィーナの首に足をクロスさせて逆さになるなど、象徴的なシーンもあったが、倒錯のイメージは希薄で、不思議な妖しさを漂わせた。次はサレンコとタマズラカルによる華やかな『ゼンツァーノの花祭り』で雰囲気を一転。特に後者の、足先まで神経を行き届かせた跳躍が見事だった。
ノイマイヤーの『椿姫』より第3幕のパ・ド・ドゥを踊ったのはアイシュヴアルトとラドメイカー。哀しみを全身に滲ませ、高く振り上げた脚に燃える想いを込めたアイシュヴァルトと、激情にかられて彼女をリフトし、いたぶるような抱擁に愛をほとばしらせたラドメイカーによる迫真の演技は、狂おしくも切ない気持ちを痛いほど伝え、感銘を与えた。B・クノップとヤコヴィーナがイスから立ち上がって踊り始めるザコヴィッチの『トランスパレンテ』は、ファドの歌声に耳を傾けているうちに終わってしまった。締めはマラーホフの『瀕死の白鳥』。音楽はフォーキン版と同じサン=サーンスだが、こちらはキャンディアの振り付け。膝や肘を曲げ、頭を垂れてパンツ一枚で床にうずくまる姿は、まるで傷ついた白鳥そのもの。翼の付け根にあたる肩を動かし、翼を広げるように肘を伸ばし、そっと膝を伸ばして立ち上がり、様々に鳥の動きを模してみせた。片脚をもう一方の脚にからめ、体を折り、羽ばたこうともするが、静かな諦念の中に息絶えていく。精妙な振付と研ぎ澄まされたマラーホフの演技により鮮烈な印象を残した。
(2010年5月18日、東京文化会館)

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[Bプロ] 第1部のトップはセミオノワとマラーホフで、ビゴンゼッティの『カラヴァッジオ』より第1幕のパ・ド・ドゥ。踊る彫像のようなセミオノワの強靭さと、柔軟なマラーホフの身体性が、力強い動きを滑らかに綴っていった。次の古典の「ディアナとアクティオン」で、サレンコとタマズラカルは難度の高い技を美しくこなしたが、前作との趣の違いが大きく、戸惑いを覚えた。次はまたビゴンゼッティの作品に戻り、マレーヴィチの絵に触発されて創った『カジミールの色』。カブレラとカニスキンはアクセントの強い振りを卒なくこなしていたが、昨年別のペアで観た時に比べると、少々印象が弱い。
アイシュヴァルトとラドメイカーは、ガリリ振付の「モノ・リサ」で、Aプロの『椿姫』のイメージを一掃。スモークの漂う照明を落とした舞台で、無機的な音楽がこだまする中、フォーサイスばりの極限まで身体を駆使した過激な動きの連続を弾力性豊かにこなしていく。何という逞しさだろう。第1部の締めは、クノップによるフォーキンの『瀕死の白鳥』。美しく淡泊な表現にとどまり、死が迫ってこなかった。一度下りた幕が上がるとマラーホフが立っており、『瀕死の白鳥』を踊り始めた。Aプロで踊ったキャンディアの振りを所々に織り交ぜて進めたが、構成は変えてあり、コンセプトも明確でなく、痛々しさの表現も弱かった。恐らくサプライズに即興で踊ったのだろう、思いがけない贈り物だった。

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第2部は『ラ・バヤデール』より“影の王国。”ニキヤの幻影を踊ったセミオノワとソロル役のマラーホフは、ポーズも動きも洗練されていて美しかった。ヴァリエーションは、サレンコ、乾友子、カブレラの3人だったが、乾はゲストに臆せず堂々と踊った。バヤデールの群舞を担ったのは東京バレエ団で、整然とよくそろっていた。
第3部の幕開けは、クランコの『ロミオとジュリエット』より“バルコニーのパ・ド・ドゥ。”アイシュヴァルトとラドメイカーは、再びドラマティックな表現で圧倒した。アイシュヴァルトが軽快なパ・ド・ブレで後ずさりして体を倒すと、ラドメイカーが絶妙なタイミングで抱きとめ、スピーディーなリフトを繰り返すなど、舞い上がる心を高らかに謳いあげた。ラドメイカーのジャンプも素晴らしかった。続いて、クノップとヤコヴィーナが「カラヴァッジオ」の第2幕より抜粋したパ・ド・ドゥを踊った。身体を素材にして組み立てられたようなビゴンゼッティの振りを、二人はひも解くようにこなくこなしてみせた。続いて、ワイシャツにネクタイを締めたタマズラカルが登場し、コーウェンベルグのソロ作品「レ・ブルジョワ」を踊った。シャンソンにのせて、芝居っ気たっぷりに体で語り、爽快にジャンプし、楽しげに踊り回り、古典作品とはまた異なる魅力をのぞかせた。
カブレラとカニスキンによるダグラス・リーの小品『ファンファーレLX』の後、公演を締め括ったのはマラーホフのソロ「ラクリモーサ」。モーツァルトのレクイエムより同名の曲にスターリーが振り付けた小品で、罪ある死者が蘇り、神の裁きの前に恐れおののく様を描いたという。裸に近い姿のマラーホフが、自己の魂と向き合い、何かに突き動かされるように踊るが、救いや安らぎは与えられず、静かに深く沈潜していく。精神のドラマは前より深みを増したように感じた。A、B両プロのフィナーレに、ダンサーが次々に登場し、ジュテやフェッテなど得意の技を競うように披露した。マラーホフの宙に舞うような勢いのあるジュテは、静謐なソロの後だけに爽快だった。
(2010年5月21日、東京文化会館)

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撮影:Kiyonori Hasegawa
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