ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2009.05.11]

新しい音楽のスタイルで再構築した プラテルのキリスト受難物語

les ballets C de la B
Alain Platel/Fabrizio Cassol : "pitié"
les ballets C de la B
アラン・プラテル/ファブリツィオ・カソル
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バッハの『マタイ受難曲』を解体し、アフリカン・ミュージック、オペラ、バロック、現代音楽といった要素により再構築したフェブリツィオ・カソルの音楽で描かれたダンス・オペラとでもいうべき舞台だった。
ソプラノのクラロン・マクファデンが聖母マリア、アフリカの黒人カウンターテナーのセルジュ・カクジがキリスト(キリストを描いたTシャツを着ていた)、メゾソプラノのモニカ・ブレッド=クローターがシスター(マグダラのマリアとイエスの魂を持つ)に扮し、アリア、コラール、レチタティーヴォとダンスのアンサンブルが交歓しながら、キリストの受難に関するシーンが展開していく。

舞台には、猟で撃ちとられた動物たちのようにいくつかの毛皮が吊るされていて、キリストの磔と<死>の姿を象徴している。ほかには下手に死刑台のような首つりの台が設えられ、その中腹部でカルソ率いるアカ・ムーンを中心としたコンポが演奏している。時折、ダンサーたちは死を宣告された人々の最後の言葉をささやく。
生あるものは必ず死するから、生を授かるということは、死の宣告を受けたこと、とプラテルは言う。生きるということは死に至る受難の道を歩むこと、という認識もこの作品の中に示されている。

ダンサーたちは思い思いの普段着だが、現実とは無縁のように剥き出しの魂そのものを踊る。ダンスはただひたすら魂の安らぎを求める蠢きのようだ。すぐに洋服を脱いだりまた着たり、死刑台に石つぶてを投げたり、その柱に額を打ち付けて後悔したり、それぞれがもだえ苦しんでいて、みんなそろって排便までする。
イエスの苦しみをマリアが受け止めたり、マグダラのマリア的な動きなどがあり、ダンサーの動きと音楽と歌が終始交錯し、ヒーリング的な雰囲気も高まるが、救いの道筋は見えては来ない。

マジック・マリックの声とフルートがじつにじつに素晴らしかった。キリストの受難物語にアフリカン・ミュジーックが新しい生命の息吹きを与えたのだろうか。バロック音楽とアフリカン・ミュージックが結婚して、新たにジャズという音楽が生まれた現場に立ち会ったような、かつて味わったことのない気持ちに満たされたパフォーマンスだった。
(2009年4月17日 Bunkamura オーチャードホール)

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