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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2008.10.10]

東京バレエ団『ジゼル』/ルグリとマラーホフによるアルブレヒト競演

 燃え上がる恋心を抑えきれないアルブレヒトと、理が勝る冷静なアルブレヒト。東京バレエ団に客演したウラジーミル・マラーホフとマニュエル・ルグリが演じたアルブレヒトは、これが同じ人物かと思わせるほど違っていた。

小出領子&マラーホフ『ジ ゼル』の初日は、マラーホフと小出領子が主演した。こちらでは、まずヒラリオン(後藤晴雄)が現れ、ジゼルの家の前で彼女への一途な思いを素直に表して去 る。それから、アルブレヒトが、ジゼルに会う喜びを伝えるようなわくわくした足取りで登場した。ウィルフリード(野辺誠治=説得力あるマイムだった)のた しなめを駄々っ子のように振り切り、ジゼルを愛撫するように彼女の家の扉に触れ、隠れた所から不意に現れてジゼルを驚かせて喜び、二人で楽しさがはじける ように踊った。ヒラリオンが割って入ると、さすがに貴族としての威厳が顔をのぞかせたが、それ以外は恋に純真なごく普通の若者で、ジゼルへの愛おしみを隠 そうともしない。身分がばれた戸惑いと取り繕いの中には、すまないというジゼルへの気持ちが感じられ、正気を失ったジゼルを追う眼差しは自責の念であふ れ、息を引き取ったジゼルを抱きしめる時は体で号泣していた。

 翌日はルグリと斎藤友佳理のペア。こちらでは、マントをひるがえして現れたアルブレヒトが小屋の中に入った後、ヒラリオン(木村和夫)が登場する という順序。アルブレヒトはマントを脱いで小屋から出てくるが、剣は腰に下げたままで、ウィルフリードに注意されてはずした。剣に象徴される貴族という身 分は、彼の意識からはずし難いものなのだとでも言いたいのか。実際、ジゼルの家の扉を叩く時に彼女と会う期待感を滲ませはするものの、ジゼルとのやりとり は一定の距離を保っているように見えた。単に自分の気持ちをストレートに出せないというのではなく、何かクールなものを感じさせたのである。嬉しさ一杯の ジゼルと一体化せず、自分の意に染むように彼女を包みこもうとするように。身分がばれると、たちまち貴族の顔になり、悲嘆するジゼルに背を向け、狂死して も傍観者的な態度を崩さなかった。そのため、アルブレヒトの冷たさがより際立ったのである。

斎藤友佳理&ルグリ  後半はどうだったか。ジゼルの墓に向かうマラーホフは、ジゼルに頬ずりするように、胸に抱えたユリの花束に頬を寄せ、ジゼルを愛撫するように墓の十字架に 触れるといった具合で、最初から抗しがたい後悔の念、ジゼルを失った悲しみを体現していた。かつてに比べると、この日の技の冴えは今一つだったが、情感の 表出がこれを十二分に補って感動させた。
一方のグルリは、顔こそこわばらせていたものの、花束を抱えた姿はあくまで凛としていた。ジゼルへの真の愛に目覚め、悲しみや後悔の念は徐々にあらわに なったが、マラーホフに比べると、ルグリのアルブレヒトにとって、それは自制できるもののように映ってしまった。当時の貴族と平民の階級差からすれば、ル グリの役作りが正当なのだろうが、それで現代の観客の共感を得られるかどうか。好みが分かれるところだろう。

 小出にとってジゼルは初役なため、一つ一つのパをきちんと踊ることを大事にしていたからだろう、最初は硬い感じを受けた。だがマラーホフにサポー トされ、しなやかな身のこなしで愛する喜びを伝え、裏切られた嘆きや悲しみを内にためてから解き放つように表わし、ウィリーになってからはかすかな憂いを まとって舞い、浄化された魂を感じさせた。斎藤は、アルブレヒトとのやりとりでは無邪気に振る舞い、裏切りを知って我を忘れるところのコントラストを利か せ、ウィリーになってからは超然と軽やかに舞った。ルグリと組むのは初めてというが、踊りこんだ役だけにこなれていた。
他のダンサーも粒ぞろいで、両日とも質の高い舞台となった。秋色で彩られた一幕の装置のセンスの良さ、ジゼルの家の煙突から煙を昇らせたさりげない演 出、草や土を思わせる前半の床とウィリーの白い衣装が映える後半の敷物の使い分けなど、照明を含めた細かい配慮に改めて感心した。
(2008年9月11、12日。ゆうぽうとホール)