ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2007.10.10]
 今年はなかなか秋がきませんでした。暑さ寒さのお彼岸を越えても仲秋の名月を観てさえ、未だ残暑の中にいるみたいでしたが、さすがに9月の末には、夏の エネルギーをジリジリと燃焼していた蝉の声も消えました。代わって秋の気温を待ちわびていた虫たちの合奏が酣(たけなわ)。そして、いよいよダンスのシー ズンも到来しました。

ボリショイ&マリインスキー饗宴の眼福にあずかる

『三つのグノシエンヌ』
ロバトキナ、コズロフ
  Aプロがボリショイ・バレエ&マリインスキー・バレエで、Bプロがマリインスキー・バレエ&ボリショイ・バレエというような、まさにロシア・バレエの精髄をあますところなく一堂に会した公演に、東京に居ながらにして出会えるとは、思いもよらなかった。
眼福にあずかる、とはこういうことを言うのであろう。  

会場には、ロシア・バレエの粋の競演を観るという期待感が漂って、華やいだ雰囲気が溢れている。  
ボリショイ・バレエが踊るAプロは、エカテリーナ・クリサノワとドミートリー・グダーノフが踊る『エスメラルダ』第2幕パ・ド・ドゥで幕を開けた。若い クリサノワは、踊り始めはさすがに特別な公演ということを意識してか、やや緊張気味に見えたが、プリンシパル・ダンサーでキャリアのあるグダーノフととも に、悲劇を秘めた恋の歓びを軽やかに踊った。この二人は、Bプロでは『白鳥の湖』の黒鳥のパ・ド・ドゥだった。こちらではクリサノワは、蠱惑の視線を駆使 してジークフリードを翻弄する女性の成熟した面を、難なく踊ってみせて、才気を感じさせた。  

ネッリ・コパヒーゼとアルテム・シュピレフスキーが踊った『マグリットマニア』デュエットは、かつてボリショイ・バレエのスターだったユーリ・ポソーホ フがサンフランシスコ・バレエに振付けたダンス。シュルリアリズムの画家として有名なルネ・マグリットから得たイマジネーションをダンスにしたものであ る。長身の美女、コパヒーゼがスリットの入った深紅のロングドレスを着け、クラシックのテクニックを織り成して、マグリットのアヴァンギャルドな感覚を見 事に表していた。Bプロでは、『ライモンダ』第2幕のアダージョを踊ったが、シュピレクスキーとの長身カップルで、豪華な雰囲気の堂々たる舞台で観客を圧 倒した。
『ドン・キホーテ』
アレクサンドロワ、フィーリン
 

ニーナ・カプツォーワと昨年マリインスキー・バレエから移籍してきたアンドレイ・メルクーリエフは『海賊』第1幕の奴隷の踊り。軽く愛嬌たっぷりのカプツォーワとメルクーリエフの優雅で軽快な動きが描く、じつに好感のもてる舞台だった。  

 プリンシパル・ダンサーのスヴェトラーナ・ルンキナとルスラン・スクヴォルツォフは『ジゼル』第2幕のパ・ド・ドゥを踊った。ルンキナの水もし たたるようなジゼルが美しい。ボリショイ・バレエの、コール・ドの動き、照明の色あいを持った独特の雰囲気を醸す『ジゼル』第2幕。このバレエ団でしか創 ることのできないどこか懐かしい感じをルンキナとスクヴォルツォフも継承している。  

マーリヤ・アレクサンドロワとセルゲイ・フィーリンのプリンシパル同士のペアは、『ファラオの娘』第2幕のパ・ド・ドゥ。二人が登場しただけで、金地の 刺繍を施したうす紫の衣裳が、古代エジプトの王朝世界へと観客を誘う。フィーリンの身体の美しさとアレクサンドロワの落ち着いた踊りが、夢幻の恋を儚くし かし豪華に描く。Bプロでは、このペアが『ドン・キホーテ』第3幕のパ・ド・ドゥを踊ってとりだった。  

Aプロ第1部ボリショイ・バレエの最後は、ナターリヤ・オシポワとイワン・ワシーリエフの『パリの炎』第4幕のパ・ド・ドゥ。若々しいカップルのはじけ るようなイキのいい舞台で、ワシーリエフの下半身のバネは、ソロビヨフやニジンスキーを想起させるくらい素晴らしかった。

そして、第1部の余韻が未だ消えぬうちに、第2部のマリインスキー・バレエのステージが始まった。
 ワガノワ・バレエ・アカデミー 出身のイリーナ・ゴールプとマリインスキー・バレエのプリンシパル・ダンサーのイーゴリ・コールプの『ばらの精』がその幕開き。流れるようなメロディに 乗った軽やかな情感に染み込むような、コールプの動きが印象的だった。このペアは、Bプロでは一転して、フォーサイスの『イン・ザ・ミドル・サムホワッ ト・エレヴェイテッド』のスーパーバランスを、楽々と踊ってみせた。  

エフゲーニャ・オブラスツォーワとウラジーミル・シクリャローフは、『サタネラ』パ・ド・ドゥ(ヴェニスの謝肉祭)を踊った。難しい凝った振りをユーモ アを交えて見せる高度なテクニックを必要とする作品だが、楽しくさり気なく踊った。とてもセカンド・ソリスト同士のペアとは思えない充実ぶりだった。
『病めるばら』
ロパトキナ、コズロフ
 

 マリインスキー・バレエを代表するダンサー、ウリヤーナ・ロパトキナはイワン・コズロフをパートナーとして、サティ/ファン・マーネンの『3つ のグノシエンヌ』で登場した。エリック・サティの東洋風の雰囲気の曲を使って、3つのフォーメーションにより、女性ダンサーの美しさ、官能性を際立たせる 素敵なダンスである。クラシック・バレエを極めたロパトキナが、ファン・マーネンのネオ・クラシックのスタイルを踊って、さらにいっそう、振付自体を美し く輝かせた。ロパトキナは、Bプロでは、コズロフとマーラー/プティの『病めるばら』、そして『瀕死の白鳥』という、20世紀最高の舞姫プリセツカヤが大 切にしていたレパートリーを踊った。『病めるばら』では、荘厳なマーラーの響きの乗せて、<美の崩 壊>を壮麗な動きの構成によって現出した。また『瀕死の白鳥』では、生命の威厳を、白鳥の繊細極まる秘かな羽根の動きの中に描いた。ロパトキナの舞台は、 ロシア・バレエのひとつの極致、といっても過言ではないほどの深い印象を観客に胸に印したのである。

次は、エカテリーナ・オスモールキナとミハイル・ロブーヒンの『エスメラルダ』ディアナとアクティオンのパ・ド・ドゥ。ワガノワがドリコの曲を使った振 付けた有名なパ・ド・ドゥだが、のびやかな躍動感のある生命が息づいているようなダンスである。このペアは、Bプロでもドリコ曲で神話を素材とした、高い 跳躍と繊細なテクニックを使った『タリスマン』のパ・ド・ドゥを踊っている。オスモールキナが愛らしい少女のこころを巧みに表現した。
『ジゼル』
シクリャローフ

ファースト・ソリストのヴィクトリア・テリョーシキナとアントン・コールサコフの二人は『グラン・パ・クラシック』で登場した。終始落ち着いた格調のある踊りで、大型カップルの魅力を見せた。

『海賊』
サラファーノフ
  97年にプリンシパル・ダンサーに昇格して以来、マリインスキー・バレエの主力ダンサーとして活躍しているアンドリアン・ファジェーエフは、若々しいセカ ンド・ソリストのアリーナ・ソーモアと『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』を、Bプロでは『眠れる森の美女』第3幕のパ・ド・ドゥを踊った。金髪を靡かせ たペアの繊細にして華麗なクラシック・バレエの美に観客も酔っていたようだった。

さて、Aプロのとりは、キエフ・バレエ団から移籍してプリンシパル・ダンサーとなったレオニード・サラファーノフが、コンテンポラリー・ダンスにも才能 を発揮しているオレシア・ノーヴィコワと『ドン・キホーテ』第3幕のパ・ド・ドゥ。さすがにサラファーノフは、軽々と余裕の踊りで大きな喝采を受けていた が、マリインスキー劇場の舞台で観た彼はもっと凄かった、と私は秘かに思った。
サラファーノフはBプロではテリョーキシナと『海賊』第2幕のパ・ド・ドゥを踊り、第1部のとり。ノーヴィコワはシクリャローフと『ジゼル』第2幕のパ・ド・ドゥを踊り、マリインスキー・バレエ団のクラシック・バレエのグレードの高さを示した。

また、オブラスツォーワとコールサコフはマリインスキー・バレエ団のレパートリーとして良く知られる『アルレキナーダ』を踊って、愛らしいピエロのおもしろさを楽しく見せた。

ボリショイ・バレエでは、カプツォーワとワシーリエフが『ばらの精』をテンポアップして踊り、芸術監督のアレクセイ・ラトマンスキー振付の『ミドル・ デュエット』はオシポワとメルクリーエフがスポットの中で速い動きを見せた。黒い衣裳によるラトマンスキーの独特の文体を感じさせる作品だった。

そして、グリゴローヴィチ振付のボリショイ・バレエ団ならではの出し物『スパルタクス』は、ルンキナとスクヴォルツォフが、愛の歓びをじつに魅力的に詠った。

こうして、二夜に渡ったロシア・バレエのスターたちの饗宴は、宴の後、帰路に着いた観客たちの胸に残像を映して、終演を迎えたのである。しかし、これが10年前の混乱が続いたロシアだとしたら、決して実現しなかっただろうと思うと、まさに隔世の感慨を感じさせられた。
 
(Aプロ8月30日、Bプロ9月1日、新国立劇場 オペラ劇場)