ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Tokyo <東京>: 最新の記事

From Tokyo <東京>: 月別アーカイブ

関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2007.03.10]
東京は梅が満開です。今年は、暖冬そして寒暖の差が激しいのですが、さすがに3月の声が聞こえてくるようになると、気温が下がってもそれほど厳しくは感じられません。きっと今年は早いでしょうね、桜花の爛漫。

様々の『ジゼル』が楽しかった、三つの公演から

  1月の末から2月までに三つの『ジゼル』が上演された。

 まず、昨年末から来日公演を行っていたレニングラード国立バレエ団に、ファルフ・ルジマトフがゲスト出演した舞台。演奏は、同じ劇場のセルゲイ・ホリコフ指揮によるレニングラード国立歌劇場管弦楽団である。
さすがにダンスと演奏は息が合っていて、1幕終盤のジゼルが狂乱するといったドラマティックなシーンではテンポを速め、効果的に登場人物の心理を浮き彫りにした。ダンサーの動きに密着した演奏で、特に2幕では全体とうまくマッチしていた。
ジゼルを踊ったオクサーナ・シェスタコワは、1幕では少々動きが硬かったが、2幕ではしなやかでたおやかな踊り。ルジマトフは、さすがと思わせる見事な 動きで、終幕には神々しささえ感じられた。ペザントのパ・ド・ドゥを踊ったエレーナ・エフセーエワが丁寧な踊りで、若さの中にあじわい深さを滲ませてい た。
(1月31日、東京文化会館)
※写真は今回の公演のものではありません

レニングラード国立バレエ団
シェスタコワ、ルジマトフ


日本バレエ協会
島添、法村
 都民芸術フェスティバル参加の日本バレエ協会公演は、篠原聖一再改訂振付・演出による『ジゼル』で、トリプルキャストが組まれていた。私は最終日の島添亮子のジゼル、法村圭緒のアルブレヒトで観ることができた。
1幕のジゼルが狂乱するシーンでは、自責にかられたアルブレヒトは剣で自分自身を突こうとする。また、2幕の冒頭では、ジゼルの墓を詣でていたヒラリオ ンがウィリたちに捕まり、踊り続けさせられる姿を具体的に踊りによって見せるなど、種々の工夫をほどこした演出であった。
島添のジゼルは、相変わらず美しいアームスの動きで、ロマンティックな雰囲気の溢れる天使の舞いをみせて観客を魅了した。しかし1幕では、死に到るジゼ ルを意識してかやや抑え目の演技に終始していた。そのためか、アルブレヒトへの秘めた深い愛が少々弱かったような気もした。もしかすると、あるいはそれが 悲劇性にほんの少し影響を与えたかもしれない、とも思った。
法村のアルブレヒトはじつに安定した踊りだが、登場人物の気持ちにさらにもう一歩だけ踏み込んでほしいという気もした。例えば、2幕の登場するシーンで は、ステップそのものに万感の想いを込めていることをはっきりと表現してほしいといったことなのだが。大森結城のミルタはしっかりと気を配って舞台全体を 支えていた。
(2月24日、東京文化会館)
 
スターダンサーズ・バレエ団は、レパートリーとしているピーター・ライト(追加振付・演出)版『ジゼル』を、福島昌美と福原大介という新鋭ダンサーのペアで上演した。
幕が開くとピーター・ファーマーの装置と衣裳の美しさに目を奪われる。じつに見事な色彩のバランスを具体的な風景の中に見せ、ひとつの宇宙観を感じさせる。現実の秋よりも秋らしい、まるで絵本の中に入り込んでしまったような錯覚を覚える。
ピーター・ライトがストーリー・テリングの才を遺憾なく発揮した演出は、ほとんど隙がなく、特にジゼル狂乱の場面は、オーケストラ(田中良和指揮、東京 ニューシティ管弦楽団)と登場したダンサーが一体となって盛り上げ、たいへん感動的だった。振付指導のデニス・ボナーの力も寄与しているのであろう。ただ 一ヶ所だけだが、1幕冒頭でアルブレヒトが村人に変装して登場する際、剣を外し忘れて出てくるのは些か過剰な演出で、細やかさが裏目にでていると思われ た。
福島と福原の若いペアは、最初は緊張気味だったが、次第に調子を出して踊りに逞しさすら感じさせた。しかし、1幕のたわいのない日常の戯れの中に、愛し 合う恋人たちの無上の幸福がある、という表現にはあるいは経験がおよばないのか、ついていけない面も感じられないではなかった。
ヒラリオンの新村純一が、アルブレヒトとは対照的にちょっと粗暴な森番らしさをうまく表現していた。
(2月18日、神奈川県民ホール)


スターダンサーズ・バレエ団 
福島、福原

 

スターダンサーズ・バレエ団