ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2007.02.10]

アクラム・カーン+シディ・ラルビ・シェルカウイの『ゼロ度』

  今、コンテンポラリー・ダンスの中で最も注目を集めているバングラデシュ系の英国人アクラム・カーンとモロッコ系ベルギー人シディ・ラルビ・シェルカウイ のデュエット。現代彫刻家アントニー・ゴームリー、作曲家ニティン・ソーニーという才能が参加した4人のコラボレーションである。


舞台には二つの白いプラスチックス製のような人体像が無造作に置かれている。上手と下手からカーンとシェルカウイが登場し、中央で出会う。そのまま並ん で正面の舞台前面まで進んでくる。そして、すごい早口でインドとの国境で、バングラデシュのパスポートをとり上げられた時の様子を、ふたり同時に同じ台詞 を喋りながら、シンメトリーの動きを繰り返す。
二人が、同じ動きをして同じ調子で喋ると、その動きや表情という身体性の違いが明らかになる。同じ動き、同じ台詞を話すことによって、かえって違いが浮 かび上がるのである。カーンの鋭い武術的な東洋を感じさせる動きとシュルカウィのおおらかな身体全体を使った動き。二人の身体性は、ともに東洋とヨーロッ パの二重の文化から生れたものである。
4人の演奏家によるインド風の音楽のライヴが、二人の動きの一体感と相違点をいっそう感じさせる。

 二人はそれぞれ、白い人体像とともに動いてみたり、弄んだり、問いかけたりする。社会的存在ではない「ゼロ度」の身体が二人に提示されているのである。
こうした二重性が様々に交錯する世界で、二重性を背負って生きる現代の人々のアイディンティティの追究が作品のテーマとなっている。別に、足し算がかけ 算になって化学反応を起こしているわけではないし、奇跡の輝きなどといった美辞麗句を呈する作品ではない。むしろ敢えて言えば、カフカ的な世界に直面して いるダンスである。
そしてパスポートをとり上げられた自分とは、一体何ものなのか、という疑問がわき、故なき怒りや恐怖がこみ上げてくる。すると不条理の極北ともいうべき 死が目前に現れる。列車の中の死体と自分の関わりが赤裸々となる。しかしやがて人生にも意味があり得るのだ、というイデーが浮かび上がり、東洋的な悲しみ と救いといった情操が描かれる。こうしたエンディングの背景には、歌も踊りも音楽も一体であるというインドの伝統舞踊カタックの宇宙観があると思われる。

かつて岡倉天心は、「東洋はひとつ」といったが、「いったい世界はいくつなんだ」と問いたくなるような現実を露にしたダンスであった。(1月12日、彩の国さいたま芸術劇場大ホール)