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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2006.04.10]

フランス国立リヨン・オペラ座バレエ団が3作品を上演

  リヨン・オペラ座バレエ団といえば、フランソワーズ・アドレーが芸術監督だった1985年、古典作品の再創造として『シンデレラ(サンドリヨン)』の振付 をマギー・マランに委嘱した。マランはプロコフィエフの音楽を「甘ったるい」といってヴァリアシオンなどを削除し、赤ん坊の声などを挿入して再構成。ダン サーにはすべて着ぐるみを着せ仮面をかぶらせるという『シンデレラ』を振付けた。するとこの破天荒のアイディアが大受けして、世界的な大ヒット作となった のである。
マランの『シンデレラ』の大成功により、リヨン・オペラ座バレエ団の名前は一躍世界に知られたが、カンパニーの方針も定まった。以後、古典作品の再創造と新たなコンテンポラリー・ダンスの創作やレパートリー化に積極的に取り組むようになったのである。
 現在は、アドレーの下でバレエ・マスターを務めていたヨルゴス・ルーコスが芸術監督となり、ポストモダン・ダンスなどにも取り上げている。

  今回はレパートリーの中からアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル振付『大フーガ』(音楽・ベートーヴェン1992年初演)、マギー・マラン振付『グロス ランド』(音楽・バッハ1989年初演)、サッシャ・ヴァルツ振付『ファンタジー』(音楽・シューベルト2006年初演)が上演された。これは時代性を念 頭に置いたプログラムではない。レパートリーの中からフランス、ベルギー、ドイツの代表的と思われるコンテンポラリー・ダンスをプログラムしたものであ る。
実際、コンテンポラリー・ダンスがそんなに都合良く10年ごとに新しい傾向を見せてくれるわけはない。90年代の作品でも今日的な輝きを放っているいる ダンスもあれば、今日初演されても古臭い舞台はいくらでもある。あるいは、来日するカンパニーだけを漠然と眺めているとそのような区分けになるのだろう か。

  ケースマイケルの『大フーガ』は楽曲を分析してダンスの動きと組み合せて、彼女の振付らしい展開のある舞台だった。マランの『グロスランド』は、男性がシ ルクハットにサスペンダーの半ズボン、女性がワンピースという衣裳で丸々と太った着ぐるみを着けたダンサーたちが踊る。マランが妊娠した時の体験を生かし て太った人の身体の感覚を、明るく可愛らしく、そしてグロテスクな美をみせたダンスだった。
最も新しい作品はヴァルツの『ファンタジー』。まずは照明を落とした暗い舞台の中央に二人のダンサーが間近に向き合い、一人が手を上げて拳を相手の口に 突っ込むようにする。拳を突き付けられたダンサーは、めいっぱい仰け反る。そのほか様々な身体のシニックで滑稽な動きがあり、ルーズな動きやルーズな フォーメーションが繰り返される。身体の動きをインプロビゼーションを交えて追究し、一種のファルスが姿を見せたダンスだった。
(3月5日、神奈川県民ホール)

ザ・フォーサイス・カンパニーも来日公演を行った。Bプログラムを観たが、『Clouds after Cranach』は音楽なしで、闘争的な動きのインプロビゼーションの合間にストップモーションを折り込んだもので、ワークショップをそのまま舞台に上げ たような作品。『7 to 10 Passages』は7人のダンサーが舞台の奥に間隔を開けて並び、奇妙に歪んだポーズをとりながらゆっくりと前進したり後退したりする。舞台脇に座った 男女がそれぞれ存在に関するフレーズを叫ぶ、といったもの。ダンスというより、表現のレベルを極度に強化したパフォーマンスである。最後の『One Flat Thing, reproduced』は、舞台奥から20個くらいの長い机を、ダンサーたちが一気に舞台に押し出してきて始まった。鋭く素早い動きが、狭い机と机の間を 巡って展開していく。結局、全部がコンセプチュアルな舞台であり、ダンスと対峙しようと思った観客には肩透かしだったのではないだろうか。
(3月4日、さいたま芸術劇場大ホール)