ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2005.12.10]

●新国立劇場の「コラボレートする身体」、森山開次、能美健志

 新国立劇場の「ダンスプラネット」N0.19「コラボレートする身体」として、森山開次と宮崎秀人の花、能美健志と高田みどりのパーカッションがコラボレーションを行った。
森山は、苔がむした土を舞台上に島のように置き、霧雨を降らせて踊り始める。生命の息吹きと破壊を描き、最後に宮崎が島に花を咲かせて霧雨が降る、と いったダンス。能美は、大きな鉄製のボールやサボテンのような形のオブジェの楽器と踊る。高田が剣を持って登場、オブジェを鳴らす。池に浮かぶ蓮のような 鉄皿に、巨大な巻貝で水を注ぐ、といったちょっとSF的印象の舞台だった。ここでは地球内部のエネルギーと人間のエネルギーを対比しつつ、「法悦」を踊る という舞台。共に「才能の化学反応」を目指した熱演であった。

偶然だが、私は過日、ブリュッセルで「2 SOLO'S」というダンス公演を観る機会があった。こちらはまったくの素の舞台で、プラテルの「C ド・ラ・B」とヴァンディケイビスの「ウルティマ・ヴェス」出身のダンサーが踊った。一人は小道具も一切無しだが、しきりに言葉を発しながら踊る。自分と 社会の接点のズレみたいなことをつぶやきながら踊っていた、ということだった。もう一人は『ノア』と題したダンスだったが、羊飼いの持つ杖と一抱えの石だ けを持って、いささか暴力的に杖を振って大立ち回りのような踊りすらあった。

「いぶき」
森山開次&宮崎秀人


「法悦」能美健志&高田みどり
 無論、新国立劇場はコラボレーションを見せる、という企画だから種々の道具立てが必要であることは言うまでもない。
とは言ってもブリュッセルの「2 SOLO'S」の二人のダンサーは、最小の装備で動き、その動き自体がなんなのか、追求しているかのようだった。しかし、動き自体を解析したり、新しいス タイルの動きを創ろう、と試みているのでもない。動きが何を意味しているのか伝えているのか、振付家としてでもダンサーとしてでもなく、ただ観客の前で踊 る人間として、動きということがわからないんだ、とでも言っているような気配である。ほとんど「動き恐怖症」といいたいくらい。

一方、新国立劇場では、ダンサーがなにかとともにあることによって、あるいは演出のアイディアによって自分のダンスを確かめようとしている、かのように 見えた。こちらは動きを超えた何か、動き以外のものによって創作の地平を切り開きたい、と願っているのだろうか。いずれ彼我の違いということで、追求して いるものは同じなのだろうか、些かの興味を抱いた。(11月25日、新国立劇場小劇場)