ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2009.10.13]

西島千博を中心にプリンシパルが踊ったNEO BALLET × NIJINSKY

日本のバレエ団の多くのプリンシパルが一堂に会して、100年前の神話的存在のダンサー、ニジンスキー縁の演目を踊る、という公演「NEO BALLET × NIJINSUKY」が行われた。夢のプリンシパル・ガラと謳い、西島千博がダンサーに呼びかけて実現した。
ダンサーは「いつも受身で待っているだけではなくて、もうそろそろ自分たちでやりたいことをクリエイトしていこう」という問題意識をもって「創るバレエ公演」を企画した、と西島は語っている。実際、25名ものプリンシパルが日本のバレエ団から集まって同じ舞台に立ったことは、かつてなかったのではないか。あるいは「気がついたら何もしてなくてもう引退の時期」というダンサーたちにつきまとう不安定な気持ちが、彼らを駆り立てたのかも知れない。

A・Bのプログラムが組まれていたが、Bプログラムを観ることができた。
開幕は西島が振付け、自身で踊った『牧神の午後』。今回のNEO BALLETの作品には、ニジンスキーが現代に生きていたとしたらどんな作品を創ったか、という意味が込められている。西島版の『牧神の午後』は、ニュ−ヨークのダンサーがドビュッシーの音楽にインスパイアされて踊った。外と内、光の効果などにより現代の若者の心理を描き、暗転により自己を解放していくダンスだった。
フォーキン振付『レ・シルフィード』のパ・ド・ドゥを金田あゆ子、秋元康臣が踊り、『ペトルーシュカ』から西島が振付けた「バレリーナの幻想」を伊藤範子、染谷野委が踊った。やはり西島振付による「青い鳥のパ・ド・ドゥ」を鈴木美波、長澤風海、プティパの『眠れる森の美女』のグラン・パ・ド・ドゥを上山千奈、邵智羽。西島による『遊戯』を中島周、北川優佑、竹田純、西島の改訂振付『瀕死の白鳥』を柴田有紀、プティパの『くるみ割り人形』グラン・パ・ド・ドゥを渡辺美咲、福岡雄大が踊ってブレイクとなった。
渡辺、福岡組の『くるみ割り人形』が丁寧な踊りで音楽とよく調和していて印象に残った。ともに踊る機会は多くはないと思われるが、パートナーシップのバランスも良かったと思う。
 

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休憩後の最初の演目は『薔薇の精』。ニジンスキーのオリジナルの舞台の評価と、それに関して振付者のフォーキンが書き残したことなどを総合して、薄井憲二が監修したという。
薔薇の精役の中村誠が音楽に流れに沿ってよく踊った。この役の特徴となる独特の手指の動きが、妖精であることを巧まずして想起させる滑らかな動き。少女役は吉本真由美。血の通った生きた踊りだったと思う。

西島の改訂振付による『ライモンダ』のグラン・パ・ド・ドゥは西田佑子と横関雄一郎が踊った。まず、西田佑子の清楚で豪華さを失わない魅力が素晴らしかった。見事な集中力で登場人物の存在を明快に捉えているから、観客の視線を一身に集める。西田のスター性の証明する舞台だった。横関がクラシック・バレエを踊るのは久しぶりに観たが、無駄な力の入らない力強さ、といったらいいのだろうか。西田との息も合っていたし、西島のカップルを中心として改訂振付もよく整えられていたと思う。
熊川哲也版『白鳥の湖』の黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥを松岡梨絵と橋本直樹が踊った。松岡の明解な踊りとエネルギーが溢れる橋本、さすがに同じカンパニーのペアらしく、息がぴたりと合って熊川版の特徴を際立たせた。
酒井はなと西島が踊った『シェヘラザード』のグラン・アダージオは、西島の振付に期待した。金の奴隷のポーズも決まって、酒井の活き活きとした動きが、素の空間にハーレムの雰囲気を感じさせることに成功したと思われる。ただ短いのでどうしても物足りなさを感じてしまう。
松崎えりと青木尚哉が共同で振付けてともに踊った『ナルシス』は、スモークと照明を使って舞台空間を大胆に構成。青木のシャドウを松崎が踊るなどして、動きそのものの中にナルシシズムを捉えて、同時にその儚さをも表現して興味深かった。
 

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かつてニジンスキーとカルサヴィナが踊った『ジゼル』のパ・ド・ドゥを田中ルリと佐々木大が踊り、「ニジンスキーへのオマージュ」と銘打たれた『春の祭典』が始まる。
振付は、西島、青木、松崎、遠藤康行が各パートを担当したが、無論、決められたストーリーがあったわけではない。
全体を10シーンに分けて、人、由来、導入、軌跡、神曲、心音、流動、開示、魂、輪廻、生といったテーマが掲げたフラグメンツである。ただ音楽とシーン構成がどのようになっていたかは分からなかった。
ブラウンとベージュを基調とした衣裳と仄暗い照明とスモークが幻想的ないい雰囲気を醸していたが、観客からはそれぞれの振付家が自身の『春の祭典』を主張しているように感じられ、全体のストリームを掴むのが少々難しかったかも知れない。われわれでさえ、音楽を聴いただけで興奮するのだから、振付家がこの曲と対面して力が自ずと入ってしまうのは無理からぬところだろう。

残念ながら私は『パラード』や『火の鳥』を観ることができなかったが、この舞台を創ったダンサーたちと、それを体験した観客の中には様々の「バレエ・リュス100年」が記憶されたことだろう。
(2009年9月21日 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール/photo:Toshi Hirakawa(D-CORD))