バランシン、カィェターノ・ソト、森優貴という異なったスタイルのダンスによるトリプルビル、スターダンサーズ・バレエ団

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

スターダンサーズ・バレエ団「DANCE SPEAKS 2024」

『ワルプルギスの夜』ジョージ・バランシン:振付、『Malasangre』カィェターノ・ソト:振付、『Traum - 夢の中の夢 - 』森優貴:振付

スターダンサーズ・バレエ団が「DANCE SPEAKS 2024」として、ジョージ・バランシン、カィェターノ・ソト、森優貴の振付によるトリプルビルを上演した。森優貴振付の『Traum - 夢の中の夢 - 』は新作、世界初演である。それぞれにスタイルの異なった舞台を観て、「ダンスは何を語るのか」を考えさせられる公演だった。

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「ワルプルギスの夜」塩谷綾菜、林田翔平
© Hasegawa Photo Pro.

『ワルプルギスの夜』はシャルル・グノー作曲のオペラ『ファウスト』の終幕冒頭のバレエ・シーン。バランシンは何回かオペラのこのシーンを振付けているが、1980年、ニューヨーク・シティ・バレエで独立したバレエ作品として上演した。スター・ダンサーズ・バレエ団では2012年にこの作品を初演している。
オペラ『ファウスト』の設定では、青春を取り戻す代わりに死後の魂を悪魔メフィストフェレスに売り、若返ったファウストはマルガリートと愛を交わすが、別れる。マルガリートは妊っていた。そしてファウストはメフィストフェレスに連れられて、死者たち(クレオパトラなどの亡霊も登場する)が解放されて踊る祭り「ワルプルギスの夜」にやってくる・・・というもの。他の振付では、悪魔や妖精たちが夜の森で踊る様子をそのまま視覚化しているものもある。しかしバランシンのバレエ作品として上演される振付では、素の舞台に長めのドレス風の衣裳の女性ダンサー24人と男性ダンサー1人が踊る。死者たちの踊りであることは、衣裳の紫などの色調や髪の毛の乱れ、やや大仰なステップのみで抽象的に表現されている。
ナラティヴな設定を昇華させる洗練されたシンプルな演出振付だが、あるいはこれはファウストの幻想なのか、とか、さまざまに想像を巡らすこともできる。
プリンシパルは塩谷綾菜、林田翔平、渡辺恭子。活力が漲る女性のヴァリエーションを中心に、コール・ド・バレエもスムーズな流れの踊りで音楽とも調和した。バランシン的なクールな優雅さが感じられた良い舞台だった。

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「ワルプルギスの夜」渡辺恭子
© Hasegawa Photo Pro.

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「ワルプルギスの夜」
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カィェターノ・ソトの『Malasangre』については、前回も書いたが、今回公演では、オマージュを捧げられているキューバの歌手ラ・ルーペの曲を新たに2曲追加したという。また、舞台一面に撒かれていたのは"黒い蝶"で、民間信仰で死を表すもの、とプレトークで総監督の小山久美が話した。(ちなみにプレトークはとても鑑賞の参考になった。公演後もネットに見られるようにして欲しい。)
照明と衣裳もカィェターノ・ソトが担当し、ダンサー全員が着けている黒い長いソックスや腰を極端に曲げお尻を突き出した動きや手指を奇妙に歪める形が、死を暗示しているとも感じられた。動きもスピードもフォーメーションも、このスペイン出身の振付家独特のものだが、基底には中南米のダンス、キューバのダンスを思わせるものがあるのではないかと感じた。そして遠く異郷の踊りのように思い込んでいたが、案外、日本人の体型に合っている動きかもしれないし、リズムにも良く乗っていた。確かにキューバは遥か遠い大西洋に位置するが、アメリカ大陸の最も細い陸地を越えればミクロネシアであり、日本は同じ海洋国家である。おそら<死の国>では繋がっているのであろう。

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「マラサングレ」冨岡玲美
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「マラサングレ」馬場彩、小澤倖造
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「マラサングレ」
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最後に森優貴の新作『Traum-夢の中の夢-』が上演された。タイトルはエドガー・アラン・ポーが厳しい人生を生きて、40歳で亡くなった年に創った"絶唱"とも言われる詩「夢の中の夢(A Dream Within a Dream)」からとられている。「夢」を題材としてダンスを創ろうとしていて、このポーの詩にインスパイアされて具体化したそうだ。
まず、白いドレスの女性の死体が横たわったっており、嘆き悲しむ男性がいた。舞台は中央に開閉式の扉が設えられていて、背景には鋭角の幾何学模様が光り、照明が明滅する。机や椅子が置かれ、花瓶に生けられた白い花、旅行鞄などが小道具であり、オブジェともなって幻想的空間がさまざまに変幻する。
白いドレスの女性(榎本文)を失った男性(友杉洋之)が喪失感を象徴する白い花を手に踊る。女性は生きているシーンや幻影としてたびたび登場する。とりどりの色の長方形のいくつかのフレームがダンサーとともに現れて、不思議な造型を描く。女性のコール・ドと男性のコール・ドは影として現れ、さまざまなシーンを描いた。照明を落として点けると幻想空間がガラッと変わる。それがテンポよく展開された。音楽はフリップ・グラスを中心にモーツァルトまでさまざまな曲が使われている。
やがて、男性は降りかかる幻影を逃れるかのように、トランクを持って帽子を被り旅に出る。しかし、帰ってきてトランクを開けると、白い花が現れる・・・。
夢と現実、夢と夢、夢の中の夢と現実が混交されて、さまざまに組み立てられた幻想が繰り広げられた。夢は見るのではなく体験することであるから、ヴィジュアルはさまざまに混淆する、と認識されているのだろうか。また、振付家は「飛び出す絵本が動き出す」とも喩えていたが、次々と絵本が捲られて、異なったシチュエーションのシーンが現れる。そしてそれが、あるテンポで重ねられて全体が動く絵巻物のように表現されていた。ムーヴメントが展開し発展して表現を創るダンスとは、また異なった静止的な表現であることが興味深く感じられた。
(2024年9月23日 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール)

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「Traum-夢の中の夢-」友杉洋之
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「Traum-夢の中の夢-」榎本文
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「Traum-夢の中の夢-」髙橋麗、本田千晃、岩本悠里、馬場彩、冨岡玲美
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