『緑のテーブル』『マラサングレ』『セレナーデ』が踊られたDance Speaks 2022、スターダンサーズ・バレエ団

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

スターダンサーズ・バレエ団「Dance Speaks 2022」

『セレナーデ』ジョージ・バランシン:振付、『マラサングレ』カィェターノ・ソト:振付、『緑のテーブル』クルト・ヨース:台本・振付

「Dance Speaks」ダンスは何を語るのか、という命題を掲げたスターダンサーズ・バレエ団の今回の公演はトリプルビルだった。3作品はバランシン振付の『セレナーデ』(1983年にバレエ団初演)、カィェターノ・ソト振付『マラサングレ』(貞松・浜田バレエ団との共同制作による日本初演)、クルト・ヨース台本・振付『緑のテーブル』(1977年にバレエ団初演)となっている。

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「マラサングレ」野口熙子、小澤倖造
 © Kiyonori Hasegawa

『マラサングレ』はラ・ルーペと呼ばれ、"Queen of Latin Soul" と称されたキューバの歌手、グアダルーペ・ビクトリア・ヨリ・レイモンドへのオマージュである。ラ・ルーペのステージは熱狂的でラテン音楽とともにトランス状態に陥っているかのよう。ヘミングウェイやサルトルなども彼女の歌を愛したという。『マラサングレ』とはスペイン語で<悪い血>を意味する。振付はスペイン出身のカィェターノ・ソトで、ネザーランド・ダンス・シアターやシュツットガルト・バレエ団、チューリッヒ・バレエ団ほか多くのカンパニーに振付作品を提供しており、近年、注目を集めている振付家である。音楽はラ・ルーペの歌。
黒い枯れ葉のようなものを舞台前面に敷き詰め、舞台に上からの照明を落としている。9名のダンサーたちは主として舞台前で、観客と直接向き合っているかのように踊る。男性は巻きスカート状の衣装に上半身裸、女性はショートパンツでトップはシースルー、両者とも長い黒いソックスを履いている。ラ・ルーぺが盛んに活動していた60年代を想わせる衣裳に見えた。
動きは、目に見えない大きな何かの圧迫を押し返そうとするかのような印象を与え、関節の可動域をいっぱいに使った強度なもの。次々とソロが踊られ、デュオ、トリオ、9人全員と繰り広げられていく。シンクロしたりしなかったりするが、ラテンのリズムがダンサーの身体を貫通しているので、否応なく舞台に惹き込まれる。既にある不条理を乗り越えようとする身体の動きが、ラテンの歌声と魂の奥底で共振し、今までには感じたことのないような感興が湧いてきて胸を打たれた。

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「マラサングレ」© Kiyonori Hasegawa

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「マラサングレ」© Kiyonori Hasegawa

『緑のテーブル』は、中世のヨーロッパに広がった「死」に扮したダンサーが人間たちを踊らせて破滅させていく、という「死の舞踏」に着想を得て振付けられている。音楽はフリッツ.A.コーヘン。
大きなテーブルをとり囲んだ国際交渉団の面々は、醜く変形したコミカルな顔面を被り、黒服を着た紳士を装う男たち。大袈裟なゼスチャーでアピールしたり脅したりしているが、いつの間にか同じサイクルの動きが繰り返されている。すると突如、ピストルの銃声が響く・・・。そして、黒服の紳士たち、死の踊り、戦闘、避難民、パルチザン、売春宿、余波、黒服の紳士たち、という8つのシーンが描かれ、戦争の諸相が「死」のダンスとともに、2台のピアノによる力強いリズムにのせて踊られる。そこでは戦争利得者も姿を見せ、出征する兵士たちや戦場で旗を振りかざす勇ましい旗手が登場する。しかしその影ではいつも死の踊りが踊られている。やがては純白だった旗は鮮血で染められる。女たちと出征する兵士たち、避難する人たち、パルチザンの出現、荒廃した売春などの情景が踊られる。そして再び黒服の男たちが交渉のテーブルに現れる。
戦争という現実を音楽と身体が表すダンスという表現によって分解してみせ、厳しい現実と安全を表す「緑」のテーブルを中央に置き、仮面を被った黒服を纏った男たちがセレモニーとして交渉を行なっているという皮肉、それが戦争という現実だろう。そして今日、日々、報道されている残酷な現実の背景にこのダンスを置いてみるとリアルな感覚が感じられ、ヨースの分析力に感心するとともに空恐ろしくなってくる。

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「緑のテーブル」© Kiyonori Hasegawa

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「緑のテーブル」© Kiyonori Hasegawa

バランシンがチャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」に振付けた『セレナーデ』についてはすでに何回か書いた。ただ一言だけ加えると、日本人ダンサーが踊るバランシン作品は、ニューヨーク・シティ・バレエ団が踊る舞台とはまた異なったエレガンスが現れると感じられた。日本人ダンサーたちのレベルは確実に上がっているのである。
(2022年3月26日 東京芸術劇場プレイハウス)

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「セレナーデ」渡辺恭子
© Kiyonori Hasegawa

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「セレナーデ」杉山桃子、渡辺恭子、塩谷綾菜(左から)
© Kiyonori Hasegawa

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