フランス革命を背景にヴァルジャン、ジャヴェール、コゼット、エポニーヌ、ファンティーヌなどの鮮烈な人生を描いた『レ・ミゼラブル』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

谷桃子バレエ団

『レ・ミゼラブル』望月則彦:振付、髙部尚子:再演出

谷桃子バレエ団の『レ・ミゼラブル』は2003年に望月則彦の振付により初演されている。望月は京都を中心に活動していたこともあり、私が彼の振付けたバレエを初めて観たのは、新国立劇場が2000年に上演した J バレエの1作の『舞姫』(森鴎外/原作)。しっかりしたドラマティック・バレエで印象深い舞台だった。もう一度観たいと再演を願っている。その後、2013年に谷桃子バレエ団の『くるみ割り人形』を観て、イワノフ版を尊重し、原作小説のE.T.A.ホフマンの『くるみ割り人形とねずみの王様』の設定を的確に踏まえたストリーにより振付けられていたので、とても感心した。そしてそれが望月の仕事だと知った。しかし、その年に望月則彦は帰らぬ人となってしまったのである。
そのささやかな望月バレエの体験のまま、2022年の『レ・ミゼラブル』再再演(2010年谷桃子バレエ団60周年記念公演の再演は観ていない)を観た。そしてまた今回の舞台を観て、その野心的とも言える強い創作意欲に感慨を新たにした。

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今井智也(ジャン・ヴァルジャン)、三木雄馬
© TETSUYS HANEDA

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昂師吏功(マリユス)
© TETSUYS HANEDA

元々、ストーリー・テリングに卓越していた望月は、文庫本にして2500ページにも及ぶ大長編小説のストーリーを、ジャン・ヴァルジャンとミリエル司教、ヴァルジャンとジャヴェール警部、ヴァルジャンとファンティーヌ、ヴァルジャンとコゼット、ヴァルジャンとマリユスという関係に絞ってバレエに構成し、巧みにストーリーを展開している。
ドラマの背景には、フランス革命を生んだヒューマンなエネルギーとアンシャン・レジーム(フランス革命以前の旧制度)との激越なせめぎ合いがあり、登場人物たちの運命は、巨大な波に巻き込まれた小舟のように翻弄される。アンシャン・レジームの下で、ヴァルジャンは激しく抵抗するが、押し潰されていくファンティーヌ、その法を守ることが正義であると信じるジャヴェール警部、それを利用して逞しく生きるテナルディエ夫妻などの生き方が交錯する。そして革命が進行していく時代からコゼット、マリユス、エポニーヌ、アンジョルラスといった、新しく生きる人々が台頭してくる。

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昂師吏功、永倉凛 © TETSUYS HANEDA

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永倉凛(エポニーヌ)© TETSUYS HANEDA

第一幕の19年の刑から仮釈放されたジャン・ヴァルジャン(今井智也)を待っていた過酷極まりない現実と、大いなる優しさを持ってもてなすミリエル司教(小林貫太)とのやりとりは、なかなか緊迫感があった。怯えて死の恐怖に慄き、最大の好意を裏切って銀食器を盗んだヴァルジャンに、「銀の燭台をお忘れですよ」と神の寛大さで赦す衝撃的なシーンが、やはり感動的。神の赦しに触れて、初めて人間の魂を取り戻したヴァルジャンは、心を入れ換えて事業に成功し市長にまでなった。しかしジャヴェール警部(三木雄馬)はヴァルジャンを執拗に追う。ファンティーヌ(永橋あゆみ)を救うことができなかったヴァルジャンは、吝嗇なテナルディエ夫婦(吉田邑那、種井祥子)に預けられて、過酷に扱われていた彼女の遺児コゼットを引き取って修道院で育てる。

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大塚アリス、昂師吏功 © TETSUYS HANEDA

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大塚アリス(コゼット)© TETSUYS HANEDA

第二幕に入ると、薄暗がりにモノトーンで展開してきた舞台は、やや明るくなりカラフルな色彩を見せる。パリの街頭では「自由・平等・博愛」を標榜して立ち上がった民衆が、バリケードを築いて激しい市街戦を戦っている。トリコロールの旗を掲げた革命軍を背景に、美しく成長したコゼット(大塚アリス)が登場し、哀しみと希望を全身で表した素晴らしいヴァリエーションを踊る。コゼットは、やはりビクトル・ユーゴーの小説『ノートルダム・ド・パリ』の主人公、エスメラルダように、成長の過程に宿命的な不幸を背負っている。コゼットは母のファンティーヌが、コートはもちろん前歯と髪の毛までを売り払って、彼女を守り抜いたことは知らない。しかし、記憶にはない母の悲哀が彼女の指先に込められているかのように、舞台に哀しいラインを描いて、その美しさが際立ち一段と輝くのである。コゼットは、ヴァルジャンの深い愛情に育まれて素晴らしい女性に成長しており、やがて彼女は、革命軍の闊達な兵士マリユス(昂師吏功)との運命的な愛に陥る。

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大塚アリス © TETSUYS HANEDA

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永倉凛 © TETSUYS HANEDA

一方ジャヴェール警部は、革命軍に紛れ込んで嗅ぎ回っていたが見破られ、処刑が決定。するとヴァルジャンは長年追い回されてきたジャヴェール警部の処刑役を買ってでる。処刑場に着いたヴァルジャンは、驚くべきことに、天に向かって銃を撃ち処刑したと思わせ、ジャヴェールの縛を解いて解放したのである。
ここで踊られるジャヴェールの苦悩と死もまた、このバレエの見せ場のひとつ。アンシャン・レジームの法を遵守することを信念として生きてきたジャヴェールは、革命によってヴァルジャンに撃たれて死ぬはずだった。ところが解放されてしまうという青天の霹靂の事態に、生きていく指針を失ってしまった、ジャヴェールのコンパスは時代の激流の中で壊れてしまったのである。
喪失感を激しく踊るジャヴェールの背後では、アンジョルラス(森脇崇行)、ガヴローシュ(松尾力滝)、そしてテナルディエ夫婦の娘でコゼットと幼い頃を過ごしたエポニーヌ(永倉凛)もまた銃弾に倒れる。彼女はマリユスを愛していたが、コゼットを愛したマリユスのために手引きし、革命の渦中で愛する人のために死んでいく。純粋で健気で魅力的な女性である。さらに革命軍の兵士たちが、「法」の下、銃殺刑に処されていく。
結局、惑乱の中、セーヌ川に身を投げたのだが――、ジャヴェールの完結することができなかった人生と、革命軍に身と投じた人たちの明快な生き方と美しい死。その鮮やかなコントラストがバレエならではの表現によって、くっきりと描かれている。
そして、激しい市街戦で瀕死の重傷を負ったマリユスを助けたヴァルジャンは、愛する人の身を案じるコゼットのもとに、気づかれぬようにそっと届ける。その頃には、過酷な人生を闘い生き抜いてきた、さしも頑丈なヴァルジャンの身体にも死の影が宿り始めていた・・・。
やがてヴァルジャンは、コゼットとマリユスの元から姿を消し、舞台には燈りの灯った銀の燭台だけが残されている、という秀逸なエンディングを望月則彦は創った。

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三木雄馬 © TETSUYS HANEDA

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今井智也、三木雄馬 © TETSUYS HANEDA

2010年の再演の際には、おそらく、望月の薫陶を受けているであろう今井智也のジャン・ヴァルジャンは、今回もまた見事だった。決して安易なヒロイズムに陥ることない誠意のこもった演技、揺るぎない安定感のある表現力により、長丁場を堂々と演じきった。ジャン・ヴァルジャン不在のラストシーンには、彼の姿が消えたことによって、返ってその存在感が大きく鮮烈に浮かび上がってきた。それはやはり、今井智也の表現力の賜物であろう。
時折、原作小説の物語をなぞっているように感じられるシーンもないではなかったが、全体としては見事に望月則彦の<ジャン・ヴァルジャンの物語>を創り、観客に圧倒的な感動を与えていた。今後も谷桃子バレエ団の主要なレパートリーとして上演していってもらいたい。
(2024年8月28日 きゅりあん 品川区立総合区民会館)

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三木雄馬(ジャヴェール警部)© TETSUYS HANEDA

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今井智也、三木雄馬 © TETSUYS HANEDA

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