新国立劇場バレエ団の人気作、デヴィッド・ビントレー振付『アラジン』が華やかに9公演開催された
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関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
新国立劇場バレエ団
『アラジン』デヴィッド・ビントレー:振付
新国立劇場バレエ団がデヴィッド・ビントレー振付の『アラジン』全3幕の再演を行った。初演は2008年で、当時、ビントレーは新国立劇場の芸術参与だったが、翌シーズンにはサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団と兼任で、新国立劇場バレエ団の芸術監督に就任した。
デヴィッド・ビントレー(1957~)は、フレデリック・アシュトン(1904~1988)ピーター・ライト(1926~)ジョン・クランコ(1927~1973)ケネス・マクミラン(1929~1992)といった英国で活動した著名な振付家から少し遅れて創作活動を行なっている。ビントレーの名前が知られるようになったのは、アシュトン作品の『リーズの結婚』シモーヌ役や『シンデレラ』の背の低い義理の姉役を踊って、キャラクターダンサーとして人気を呼び、英国の観客の喝采を浴びるようになってからだろう。さらに振付活動も開始して、1985年にはロイヤル・バレエ団の常任振付家になっている。
かつてビントレーはインタビューの中で
「私自身を振り返ってみると、本当に恵まれていたと思うのは、ディアギレフの時代、そしてポスト・ディアギレフの時代に接することができたということです。私の周りにはアシュトンやクランコ、ド・ヴァロワがいて、アメリカの方にはチューダー、バランシンから、ロビンズがいました。綺羅星のような振付家たちの作品を次々と観てきました。そういった振付家たちは、『白鳥の湖』などの19世紀の作品のみならず、その時代に生まれてきた音楽にも積極的に振付けていました。私はそのあり様を目の当たりにできました。それがあったからこそ、『カルミナ・ブラーナ』も『ペンギン・カフェ』も可能だったのです」と語っている。
実際、ビントレーは同時代、イギリスの音楽家の音楽に振付けた作品も多い。
『アラジン』もまたイギリスを拠点とする音楽家カール・ディヴィスの音楽を提案されたことにより、ビントレーの中に眠っていた「アラジンと魔法のランプ」をバレエにする構想が生まれた。ただ、アラジンは原典では中国人に設定されているが、日本ではアラビアだと思われているので、移民という設定にした、とも語ってる。
『アラジン』は新国立劇場のために振付けられた作品として、人気も高く、今回が初演から5回目となる再演である。キャストはアラジンとプリンセスに、福岡雄大/小野絢子、速水渉悟/柴山紗帆、奥村康祐/米沢 唯、福田圭吾/池田理沙子という4組が組まれ、全9公演が開催された。
私は6月15日のソワレで奥村康祐/米沢 唯を観たのだが、米沢唯が体調を崩し、3幕は福岡雄大/小野絢子が代わって踊った。期せずして2組のペアを観ることができたのだが、米沢の体調も心配だ。全ての踊りの機会にチャレンジしているかのようにも見える。余計なことかもしれないが、少し踊り過ぎではないだろうか。やはり自身の身体の声を聞いてこそ、発展もあるのではないだろうか。
奥村康祐 撮影:鹿摩隆司
奥村康祐 撮影:鹿摩隆司
奥村康祐は少年らしさを全開し、さらにギアを入れたかのように活き活きとアラジンを踊った。財宝の洞窟に閉じ込められても、奥村アラジンならなんとか脱出できそう、と思わせるほど様々な空想を活発に巡らせて格闘している気持ちが伝わってきた。既に多くの人が指摘しているが、オニキスとパール、ゴールドとシルバー、サファイア、エメラルド、ルビー、ダイヤモンドなどのダンスが次々と踊られ、アラジンが宝石を得るところなどのアクトがリズム良く組み込まれ、幻想的洞窟内で鮮やかに踊っては幻のように消えていくが、色彩に富んだ高度で豊穣なシンフォニックなヴァリエーションが素晴らしかった。
財宝の洞窟、という幻想空間を舞台に現出させたディック・バードの美術も見事。螺旋状の恐竜の骨のような大階段が地上に伸び、何本ものトーチが空中に浮かぶ。その曲線と直線が描き出す抽象的な雰囲気が、閉じ込められても好奇心に溢れたアラジンの心の動きを映し出しているかのよう。こんな魅惑的な幻想空間を私は観たことがなかった。(ここで使われたトーチの形状は建物や家具の柱など他のシーンでも使われていて、このバレエのヴィジュアルの基本形だった)
直塚美穂、渡邊峻郁(ルビー)撮影:鹿摩隆司
奥田花純(ダイヤモンド)撮影:鹿摩隆司
1幕から2幕に至る、プリンセスとアラジンの出会いも面白かった。「満月の中の満月」と称されるプリンセス(皇帝の娘)はその姿を見ることも固く禁じられていたが、アラジンがこっそり垣間見ると、魔術師マグリブ人(中家正博)に幻視させられた美女がプリンセスだと知り、たちまちのその美の虜となってしまう。ここではリンゴを使った初々しい出会いのシーンがあり、ピュアな心が通い合う二人の踊りが印象に残った。そしてアラジンはプリンセスの浴場に忍び込む! という大胆不敵極まりない挙に出る。そしておそらく、新国立劇場バレエ団始まって以来初の入浴シーンとなる。さすがに、米沢 唯のプリンセスは楚々としてとても美しく、出会いのパ・ド・ドゥも初めて現実世界を知った喜びが現れていてとても良かった。しかし、アラジンはあえなく捕まり引っ立てられる。
アラジンは皇帝(中島駿野)の前で裁かれ、死刑を宣告されるが、母(中田実里)が登場して懸命に命乞いし、同時にこっそりと魔法のランプをアラジンに手渡す。アラジンは、ランプの精ジーン(井澤 駿)を呼び出し、大量の宝石を献上し皇帝を狂喜させる。そして、ジーンの側近たちのエネルギッシュな群舞が展開し、いつの間にか、貧しい環境で育ったアラジンがまさに王子にふさわしい人物に変貌していた。この強烈なカオスから生まれる変貌シーンは "魔術的リアリズム"という言葉を想起させた。皇帝に許された二人はめでたく結婚し、華やかに喜びのパ・ド・ドゥが踊られる。
井澤 駿 撮影:鹿摩隆司
小野絢子、福岡雄大 撮影:鹿摩隆司
3幕では、福岡雄大と小野絢子が代わって踊った。マグリブ人に魔法のランプを奪われ、ハーレムに幽閉されたプリンセスを奪還し、ランプも奪い返した二人は、ジーンの用意した魔法の絨毯に乗って家族のもとに帰る。ここでアラジンはプリンセスとともに魔法の必要がない生活に戻る決意をし、ランプの精ジーンを解放する。ジーンは大喜びだった。このエピソードなかなか心憎い。やはり、魔法に頼ることのない生活こそが幸せなのかもしれない。福岡雄大のアラジンは安定感と力強さがあって素晴らしかった。小野絢子のプリンセスはとてもチャーミング。2組の素晴らしいダンサーの素敵な踊りを一夜のうちに観て、帰路、スキップを踏もうとする脚を懸命に抑えながら帰った。
(2024年6月15日ソワレ 新国立劇場 オペラパレス)
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