表現力豊かなダンサーたちにより、踊りでドラマが綴られる完成度の高いブルメイスティル版『白鳥の湖』、東京バレエ団

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団〈上野の森バレエホリデイ2024〉

『白鳥の湖』ウラジーミル・ブルメイステル:改訂振付

東京バレエ団によるゴールデンウイーク恒例のイベント〈上野の森バレエホリデイ〉が、今年は4月25日から29日まで東京文化会館で開催された。子どもから大人まで幅広い層にバレエに親しんでもらおうと盛り沢山なプログラムが用意されたが、全幕のバレエ公演としては、バレエの代名詞ともいえる『白鳥の湖』が上演された。ほかに、バレエ団のゲストプリンシパルの上野水香と、フィギュアスケート元日本代表の町田樹と、特別団員で町田のバレエの師でもある高岸直樹による"Pas de Trois"《バレエとフィギュアに捧げる舞踊組曲》も注目を集めたが、こちらは別項で取り上げる

東京バレエ団では、2016年にドラマティックな演出で評価の高いブルメイステル版の『白鳥の湖』を導入して以来、再演を繰り返し、看板演目の一つとしてきた。1953年にモスクワ音楽劇場で初演されたブルメイステル版の特色は、王女オデットが悪魔ロットバルトにより白鳥に変えられるプロローグで始まり、王女の姿に戻ってジークフリート王子と結ばれるエピローグを置き、物語に一貫性を持たせたことや、チャイコフスキーがこのバレエを最初に構想した音楽に基づいていることが挙げられる。だが最大の特色は、第3幕の舞踏会で、各国の踊りをロットバルトの手下たちが踊り、オディールと一緒になって王子を欺く演出にし、スリリングな舞台を現前させたことだろう。今回、主役のオデット/オディールとジークフリート王子には、沖香菜子&宮川新大、中島映理子&生方隆之介、榊優美枝&柄本弾のトリプルキャストが組まれていたが、このうち沖&宮川の主演で観た。

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© Koujiro Yoshikawa

第1幕で、気晴らしに酒盛りをしていた王子と友人たちが、偶然やってきた村娘たちを引き留めて一緒に踊りを楽しんでいると、王妃が貴族の女性たちを伴って現れ、村娘たちを去らせ、王子の振る舞いをたしなめた。王妃の登場に村娘たちが慌てて隠れようとしたり、貴族の女性たちが村娘らを無視するように背を向けたりする様が強調されており、当時の身分制度の厳格さが見て取れた。王妃が村娘から贈られる花束を受け取るといったヴァージョンとは異質の描写である。それにしても、生き生きとした明るい村娘たちと、人形のように無表情な貴族の女性たちは対照的で、王子の宮廷での格式ばった窮屈な生活を暗示してもいた。王子役の宮川新大は友人たちと楽し気に杯を交わし、気さくに踊りもしたが、王子としての品格を常に保ち、王妃に対しては慇懃に振る舞っていた。楽器を持っての踊りからは鬱屈した心を抱えている様子が、弓を持っての踊りには晴れやかさが感じられた。踊りではほかに、2組の男女によるパ・ド・カトルが端正で見応えがあった。第1幕は、王子が弓を持って狩りに向かうところで幕が下りる。

第2幕は王子とオデットが出会う夜の湖畔。ここでは伝統的なレフ・イワーノフの振付に拠っており、"三羽の白鳥"ではアレクサンダー・ゴールスキーの振付を用いている。オデットの沖香菜子は、柔らかな腕の動きや、繊細なパ・ド・ブーレが美しかった。突然現れた王子に驚き、怯えながらも、王子の真摯な態度に心を開いていく様を手に取るように伝え、抒情性豊かにアダージオを紡いだ。王子の宮川は、オデットの楚々とした美しさに打たれ、彼女への想いを募らせ、優しく包み込むようにサポートしていく様が印象深かった。白鳥たちの見事なまでに統制のとれた群舞は詩情をたたえ、神秘的で美しかった。" 四羽の白鳥" は4人が一体となって正確な動きで心地よいリズミを刻み、" 三羽の白鳥" はそれぞれがおおらかなジャンプを見せるなど、対比が効いていた。

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© Koujiro Yoshikawa

第3幕は王子が花嫁を選ぶ舞踏会の場。各国の踊りは余興としてではなく、ロットバルトの手下により王子を惑わすために踊られるのが見どころだ。第1幕に続き第3幕でも王子の心に寄り添い、細かな気配りを見せた道化の池本祥真は、4人の仲間の道化を従え、豪快なジャンプや回転技を披露した。王子の宮川はオデットが落とした白い羽根を手に、花嫁候補たちには全く関心を示さない。ロットバルトが手下のダンサーを引き連れ、オデットそっくりの娘オディールとなだれ込むように登場すると、王子は彼女をオデットと思い込んでしまう。ロットバルトはオディールの姿をマントから見え隠れさせながら、スペイン、ナポリ、チャルダッシュ、マズルカと迫力ある民族舞踊を繰り広げて王子に迫り、踊りの最中に女性ソリストとオディールを入れ替えるなど、巧妙に王子の心を揺さぶっていった。オディールに惹きつけられ、彼女とグラン・パ・ド・ドゥを踊る王子だが、ここでは宮川のきれいな脚さばき、しなやかなジャンプが冴えた。強力な後ろ盾に支えられたオディールの沖は、妖しい眼差しで王子をとらえ、悠然と舞い、ロットバルトのマントから現れての、ダブルを入れた力強いフェッテで王子の心を仕留めた。ロットバルトを務めたのは、他の日には王子を踊る柄本弾で、眼光鋭く、舞踏会を支配するように存在感を示し、パワフルなソロも披露した。王子の心を確かめるように、オディールへ愛を誓うよう繰り返し促すところに、ロットバルドのしたたかさを感じさせた。民族舞踊では、スペインのソリストを踊った伝田陽美の大胆な脚さばきや、ナポリのソリストを担った秋山瑛の妖しい眼差しで王子を挑発するような演技が印象に残った。

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© Koujiro Yoshikawa

第4幕は再び湖畔。フォメーションを変えながら踊る白鳥たちの群舞は憂いを帯び、悲しみに沈むオデットと許しを乞う王子が踊るデュエットは痛ましく映った。白鳥たちは倒れた王子を見捨てるように去っていくが、思わず王子に駆け寄るオデットからは王子への変わらぬ愛が感じられた。ロットバルトと王子が激しく戦うといった演出はなく、ロットバルトは王子を湖に沈めようと嵐を起こす。必死に波に抗う王子の元へ、命を賭してオデットが身を投げると同時にロットバルトは滅びる。高揚する音楽に合わせて、愛の勝利をうたい上げるように、王子が王女の姿に戻ったオデットを抱きしめる姿が清々しかった。繰り返し上演している『白鳥の湖』だけに完成度の高い舞台で、踊りでドラマが綴られているように思えた。高度なテクニックだけでなく、表現力も豊かなダンサーを擁しているからできることだろう。ブルメイステル版の素晴らしさと共に、バレエ団の素晴らしさを改めて実感させる公演だった。
(2024年4月28日 東京文化会館)

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© Koujiro Yoshikawa

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