上野水香、町田樹、高岸直樹という傑出したキャリアを持つ三人による、バレエとフィギアを掛け合わせる素晴らしいパフォーマンス

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団〈上野の森バレエホリデイ2024〉

" Pas de Trois"《バレエとフィギュアに捧げる舞踊組曲》

〈上野の森バレエホリデイ2024〉で特別な注目を集めたのは、" Pas de Trois "《バレエとフィギュアに捧げる舞踊組曲》と題された特別公演だった。東京バレエ団ゲストプリンシパルの上野水香と、フィギュアスケート元日本代表の町田樹と、バレエ団特別団員の高岸直樹という、傑出したキャリアを持つ三人による公演で、バレエとフィギュアを掛け合わせる試みも話題だった。公演のきっかけになったのは、コロナ禍の2020年に、配信で実施された〈上野の森バレエホリデイ〉の一環として行われた上野と町田によるクロストーク。異色の対談は大きな反響を呼び、その後も続けられたが、今回は、町田のバレエの師であり、上野ともかつてパートナーを組んでいた高岸の参加を得て、トークからパフォーマンスへと発展させたもの。町田がバレエを踊るとは意外に思われるかもしれないが、選手を引退後、2015年から高岸にバレエを師事している。現在、國學院大學で准教授として教壇に立つ傍ら、スポーツ関連番組の制作や、フィギュアスケートの解説や振付を行うなど、多方面で活躍している。バレエの舞台に立つのは、もちろん今回が初めてである。

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© Shoko Matsuhashi

" Pas de Trois "のテーマは「敬愛と献呈」。作曲家や演奏家への敬愛とそれに捧げる舞踊という。町田と高岸が交互に振付けを行い、三人がソロやデュエット、トリオと、形を変えて踊り、バレエとフィギュアの交錯も試みるという。音楽は主にロマン派のピアノ曲だが、シューベルトやショパン、シューマンなど、採り上げた作曲家同士にも敬愛の間柄が読み取れるよう選曲したそうで、どの演奏家の録音を用いるかも精選したという。町田の音楽への強いこだわりと、音楽の分析力の凄さが感じられる。

第 I 部「生きる歓び」は、「流れ、はじけ、開放される春に相応しい舞踊」を意図したという。幕開けのショパンの《エオリアンハープ》(振付:高岸)では、三人が次々に現れ、スケートの動きを模した振りを入れて、伸びやかに楽し気に踊った。シューベルトの《楽興の時》(振付:町田)では、バレエシューズに履き替えた上野が、歯切れ良いリズムに反応するように、きびきびと踊った。ドビュッシー《プレリュード≫は、高岸の振付による町田とのデュオ作品。高岸が町田をひらりと肩にのせ、二人が力を込めて音を立てて握手するなど、快活なやり取りを通じて、師弟の強い絆、信頼感が感じられた。この後、特別追加作品として《チャーリーに捧ぐ》が上演された。プッチーニの歌劇『ジャンニ・スキッキ』より「私のお父さん」を用いた町田の自作自演のソロ。スクリーンに映し出される氷上を滑る映像に重なるように、町田が床を滑るように登場し、スピードに乗って踊った。歌唱の代わりに口笛で奏でられる旋律が心地よく響き、夢幻の境地に誘われた。

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© Shoko Matsuhashi

第 II 部のショパンの曲による「フレデリク」は、「悔悟や哀しみが絶望に終わらず、諦念と矜持にいたる内面のドラマ」を表現するもの。最初の《別れの曲》は、町田の自作自演の映像作品(2020年)の上映。広いリンクを美しいフォームで縦横に滑り、回転やジャンプもきれいに決めていた。高岸が町田に振付けた《ノクターン》(Op.72No.1)では、哀愁を帯びた音楽にのせて町田が揺れ動く心の内を振幅大きく表現。町田が高岸に振付けた《ノクターン≫(Op.9No.2)では、高岸が大きく腕を操り、足で床を打つなどして、心の内の鬱屈した思いを放出させた。

第 III 部「献呈」は、「受け渡し受け継ぐ心のありかと、舞踊へ捧げる決意と愛」を伝えるもの。シューベルトの「4つの即興曲」のOp.90No.3を用いた《継ぐ者》では、2015年に収録された町田の未公開の映像が上映された。プロ転向後の最初の自作自演とあって、風を切る滑りや鮮やかなジャンプにフィギュアへの溢れる思いが感じられた。最後を締めたのは、町田が上野に振付けた《献呈》。リストがピアノ用に編曲したシューベルトの歌曲集『ミルテの花』より1曲目を用いている。上野はたおやかに身体をなびかせ、美しい脚のラインを際だたせて踊り、舞踊に捧げてきた輝かしい軌跡とともに、これからの希望の光を感じさせて終わった。以上、あっというまの70分だった。会場が東京文化会館の小ホールとあって、ダイナミックな踊りが展開できるほど広くはないが、客席との距離が近いため、振り上げられる脚は驚くほど高く迫力があり、細かな表現も見て取れるなど、利点もある。上野と高岸は熟達の域に達しているし、町田のバレエ歴は長くはないが、それを補うフィギュアの経験は豊か。そんな個性豊かな三人だからこそ、通常のバレエ公演とは趣を異にした、味わい深いパフォーマンスが実現できたのだろう。

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© Shoko Matsuhashi

アンコールでは、高岸と町田が舞台から下り、踊りながら客席通路を歩いたりした。最後に三人で舞台に立ち、トークを行った。今回の公演について、町田は、「上野さんとのトークセッションは4回も続けたら、もう話すことがなくなってしまった。次は踊るしかないね、ということになって」と笑いながら経緯を説明した。また、師の高岸がこのほど58歳の誕生日を迎えたことも明かした。高岸は、「僕をいくつだと思っているんですか」とやわらかく受けながら、「僕にとって舞踊とは空気のようなもの。踊っていないと、死んでしまいます。365日、毎日トレーニングしています」と語った。上野は、バレエと共に歩んできた人生を振り返り、「子供の頃、私が踊ることが皆の喜びになるならと、導かれるように踊ってきました。それが(私の)使命なのかなと思います」と、感慨深げだった。大学では講義や論文など言葉と向き合うことの多い町田は、「舞踊とは言葉ではなく、身体で表現する掛けがえのない経験」ともいう。6年前にプロスケーターを引退した町田だが、6年振りになる今回の表舞台に手応えを感じていることは確か。三人とも、今回のチャレンジングな公演に触発されることが多かったようで、できれば次に繋ぎたいと訴えて終わった。(2024年4月28日 東京文化会館 小ホール)

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© Shoko Matsuhashi

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