「The Artistsーバレエの輝きー」は英国とアメリカを代表するダンサーと日本のホープが一堂に会し、多彩な舞台を作った

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

8月11日から13日まで「The Artistsーバレエの輝きー」公演が文京シビックホールで開催された。この公演は、小林ひかるが芸術監督を務め、主催のフジテレビとともに企画制作したオリジナルの舞台である。
英国ロイヤル・バレエ、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)というカンパニーの枠を超え、女性ダンサー6名、男性ダンサー6名、ミュージシャン、カメラマンなどが結集して、1)The Classics(『ドン・キホーテ』『コッペリア』『海賊』『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』「ダイアナとアクティオン」グラン・パ・クラシック)、2)The Masters(『7つのソナタ』『カルーセル』『薔薇の精』『Who Cares ?』『葉は色あせて』『シンデレラ』「ローズ・アダジオ」)、3)THe Routine(クラスレッスン)、4)The Future(新作2作品『Harmony in Motion』『Joie de Vivre』)という4つの演目のブロックを構成してプログラムを組み、1)と4)、3)と1)、2)と4)、3)と2)と、2つのブロックを組み合わせた4公演を行った。2回来場すると全公演を見ることができる、という仕組みだ。上演演目は「ローズ・アダジオ」と新作を除くと全てパ・ド・ドゥ。つまり、2種類のパ・ド・ドゥ集とクラスレッスン、この公演ために振付けられた新作2本の組み合わせを観客は選択することになる。選択するために、自身がバレエの指向性を考え直す機会を持つことになる。また、前回公演https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/tokyo/detail016257.htmlと同様に、それぞれの演目の幕開き前に、リハーサルなどで語ったダンサー自身のコメントを映像で紹介している。
バレエの舞台を別の角度からあるいはもう1歩踏み込んで観ると、さらに異なった楽しさに触れることができるのではないか。「The Artistsーバレエの輝きー」公演のプログラムは、そんな提案を観客に語りかけているようにも感じられた。

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「7つのソナタ」© The Artists 2023 © Hidemi Seto

The Masters
最初の演目『7つのソナタ』より(ラトマンスキー/スカルラッティ)は、山田ことみ(ABT)と五十嵐大地(英国ロイヤル・バレエ)が踊った。ラトマンスキーの振付は、男女3組がソロ、デュエット、トリオ、アンサンブルとさまざまな組み合わせが構成されているが、ここではソロとデュエットが抜粋されて踊られた。とにかく、二人とも実に気持ち良く身体がのびのびと動く。全身で音楽を感じ、自然に身体が動いて振付を表していた。初めてパートナーを組んだとは思えなかったが、舞台開幕の喜びを二人の若さが競うように表した。
『カルーセル』よりパ・ド・ドゥ(マクミラン/ロジャース)はマヤラ・マグリとマシュー・ボールの英国ロイヤル・バレエのプリンシパル組。ミュージカル『カルーセル(回転木馬)』のリヴァイバル上演の際にマクミランが振付けたパ・ド・ドゥだ。真っ赤なチーフを首に巻き、上半身はボレロを纏っただけのマシュー・ボールと淡いピンクのフレッシュな衣裳のマヤラ・マグリがバレエシューズで踊った。移動式遊園地の界隈の人々の姿と心を描くのにはポワントよりも適切なのかもしれない。無垢な女性が恋の不思議、男性の不思議、人生の不思議を次々と経験していくような踊りだった。ちょっと強引な振りがあり、お行儀がいいわけではないが、そんな印象とは裏腹の彼なりの真心がふと浮かび上がる。振付の巧みが作った良質のファンタジィを感じた舞台だった。
『薔薇の精』より(フォーキン/ウェーバー)はウィリアム・ブレイスウエル(英国ロイヤル・バレエ、プリンシパル)と山田ことみ。この名作バレエのタイトルを聞いただけで誰しもが、ウェーバーの曲のリズムとメロディを思い浮かべるだろう。ブレイスウエルは少女の微睡の中に浮かんだ薔薇の精の姿をそのまま表すかのように細やかに、音楽とともに身体を奏でた。

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「カルーセル」© The Artists 2023 © Hidemi Seto

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「薔薇の精」© The Artists 2023 © Hidemi Seto

『Who Cares ?』より(バランシン/ガーシュイン)、タイラー・ペックとローマン・メヒアのNYCBのプリンシパルのペアが踊った。まず、タイラー・ペックの特別のスピード感のある踊りが縦横に披露されると、たちまち劇場にジワが来た。ローマン・メヒアも隙のないノリの良い踊りで、身体の強靭さを見せて応える。スクール・オブ・アメリカン・バレエ(SAB)時代から、バランシン・バレエを踊るために鍛え抜かれたNYCBのバリバリの現役プリンシパル・ダンサーたちが踊る「純正」の舞台が、日本で上演されるのは久しぶりではないか。観客もスリリングなスピード感に心地良いショックを受けていたように感じられた。
『葉は色あせて』より(チューダー/ドヴォルザーク)はキャサリン・ハーリンとアラン・ベルのABTプリンシパル組が踊った。『葉は色あせて』はチューダーがABTに復帰して間も無く、NYCBから移籍してきたゲルシー・カークランドのために、1975年に振付けた。夏が過ぎ去ろうとしている時、かつては幸せを感じていた場所に佇む女性の胸に数々の思い出が去来する。自然の情景の中に感情の起伏が揺らめき、勢いよく茂っていた青葉がいつしか色褪せていく中で、夢想を懐かしく慈しむような、芳醇だが少し寂しくもある心。しばしうつろう女性の心象をデュエットを中心に、女性9名と男性6名の踊りで構成し、ドヴォルザークの弦楽4重奏と共振する踊りである。ちなみにカークランドは「彼(チューダー)は、自分の考えや感情を首の後ろや肩で、人に伝えるようなところがあった。ちょっと姿勢を変えることで、彼は自分の心の内を語ることができた」(「ダンシング・オン・マイ・グレイヴ」)と書いている。ここではパ・ド・ドゥ部分が踊られたが、キャサリン・ハーリンが細身の身体の高度な柔軟性により、細やかな情感の流れを全身に漂わせ、主人公の内的情景を実に雄弁に表していて、大いに感心させられた。
『シンデレラ』よりパ・ド・ドゥ(アシュトン/プロコフィエフ)は金子扶生とワディム・ムンタギロフの英国ロイヤル・バレエのプリンシパル組。アシュトン版『シンデレラ』はイギリス人が製作した最初の全幕バレエであり、英国の舞台芸術の伝統も織り込まれており、英国ロイヤル・バレエではつとに尊重されてきた作品だ。今年は初演から75周年を迎え、舞台美術、衣裳を一新し、新プロダクションとして上演され、コヴェントガーデンでは、金子扶生はこのヴァージョンのシンデレラとリラの精、ワディム・ムンタギロフは王子役を踊っている。第2幕の宮殿の場のシンデレラと王子の愛のパ・ド・ドゥが踊られたが、プロコフィエフの音楽の特徴とアシュトンの独特のステップが共鳴して忘れられない音楽空間が出現。金子扶生のシンデレラの喜びとムンタギロフの王子の優しさ浮かび上がった。
『眠れる森の美女』より「ローズ・アダジオ」(プティパ/チャイコフスキー)はマリアネラ・ヌニェスのオーロラ姫とウィリアム・ブレイスウェル、マシュー・ボール、アラン・ベル、ローマン・メヒアの豪華4人の王子たちが踊った。純白のトップと黒いパンツのお揃いの衣裳で登場したイギリスとアメリカを代表する男性ダンサー4人は、さすがの存在感。4つの光源からオーラを放つので英国ロイヤル・バレエのトップバレリーナ、マリアネラ・ヌニェスも心なしか、圧され気味にも感じられたが、落ち着いて見事なスーパーバランスをみせ、大きな喝采を浴びた。

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「葉は色あせて」© The Artists 2023 © Hidemi Seto

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「シンデレラ」© The Artists 2023 © Hidemi Seto

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「Who Cares?」 Choreography by George Balanchine © The George Balanchine Trust © The Artists 2023 © Hidemi Seto

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「ローズ・アダジオ」© The Artists 2023 © Hidemi Seto

The Classics
『ドン・キホーテ』よりグラン・パ・ド・ドゥ(プティパ/ミンクス)は、キャサリン・ハーリンとアラン・ベル。衣裳は床屋と宿屋の娘、というよりも豪華で手が混んだ結婚式のもの。アラン・ベルは、大ヒット映画の影響もあってか少年らしさも少し残すが、逞しく、身体にエネルギーが満ちており、自ずと強靭さが現れる。キャサリン・ハーリンは柔軟な上半身と脱力感というか浮揚感が美しい。二人が舞台に描いたラインはちょっと儀式性も感じられて、なかなか興味深かった。
『コッペリア』よりグラン・パ・ド・ドゥ(マーラー/ドリーブ)は金子扶生とワディム・ムンタギロフ。金子扶生というダンサーが思い描く少女スワニルダと、ワディム・ムンタギロフが心に浮かべている少年フランツが、とても良く息が合っていると感じた。ドリーブの音楽が惹かれ合う二人の身体と心を共鳴させ、幸せな情感に溢れた舞台であった。
『海賊』よりグラン・パ・ド・ドゥ(プティパ/ドリゴ)は山田ことみと五十嵐大地。カンパニーは異なっているが、日本人同士のペアとしてやはり踊りやすそうに見える。一段とアクセルが踏まれ、身体のエネルギーが放たれた舞台だった。山田ことみの衣裳は髪飾りとチュチュの柄、アームスとチュチュのグラデーションが同調している素敵なものだった。
『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』(バランシン/チャイコフスキー)はタイラー・ペックとローマン・メヒア。全体のスピード感の中で、リフトやジャンプ、回転を軽やかなフットワークで流れるように繰り出し、チャイコフスキーの曲と共鳴する。パ・ド・ドゥ全体を通しての完成度があり、タイラー・ペックとローマン・メヒアは、音楽と共にある一体感を踊った。眼福に深謝である。
「ダイアナとアクティオン」のグラン・パ・ド・ドゥ(ワガノワ/プーニ)はマヤラ・マグリとマシュー・ボール。この曲は神話に基づいたバレエらしく、天空で踊っているかのような大きな動きが中心となっている。マシュー・ボールの舞台を飛び出さんばかりのスケールの大きなジャンプ、身体全体を巧みに操る真紅の衣裳のマヤラ・マグリの表現が舞台に悠然としたラインを描いた。
『グラン・パ・クラシック』(グゾフスキー/オーベール)はマリアネラ・ヌニェスとウィリアム・ブレイスウェル。ヌニェスも作品紹介の映像の中で語っていたが、シルヴィ・ギエムが踊って豪華で揺るぎない舞台を見せた記憶はいまだに新しい。ヌニェスはあまり格式ばらず、むしろ柔らかい表現により、ブレイスウエルと調和を持って踊り、好もしい舞台を創ってくれた。

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「ドン・キホーテ」© The Artists 2023 © Hidemi Seto

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「ダイアナとアクティオン」© The Artists 2023 © Hidemi Seto

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「コッペリア」© The Artists 2023 © Hidemi Seto

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「海賊」© The Artists 2023 © Hidemi Seto

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「Tschaikovsky Pas de Deux」Choreography by George Balanchine © The George Balanchine Trust © The Artists 2023© Hidemi Seto

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「グラン・パ・クラシック」© The Artists 2023 © Hidemi Seto

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The Routine © The Artists 2023 © Hidemi Seto

The Routine
The Routineでは、出演のダンサー12名全員が参加するクラスのバーレッスンとセンターが公開された。振付、指示は、今回公演のために新作『Joie de Vivre』を振付けた英国ロイヤル・バレエのベンジャミン・エラ。ピアノ演奏は蛭崎あゆみ、映像はアンドレ・ウスペンスキー。
本番では入念にメイクし、華やかな衣裳をつけて踊るダンサーたちが、思い思いの個性を写す練習着でバーを持ってストレッチする。その姿を見ただけで、舞台では超絶技巧を繰り出し絶妙の演技を見せ、近寄り難いと思われるダンサーたちにも自然に親しみが湧いてくる。そしてその彼らの動き一部が、アンドレ・ウスペンスキー(英国ロイヤル・バレエ専属)の手持ちカメラによって切り取られ、背後の大スクリーンに映し出される。一部分を見ても全身を見ても、ダンサーの身体は隙なく美しく作られている。
センターになると、バーから離れたダンサーたちは好みのポジションに立ったり、しきりに動き回って身体を確認したり、それぞれの空間に対する個性がまた現れてくる。中には技を競い合うように連続して繰り出したり、客席に向かってアピールしたりするダンサーもいれば、黙々と修行僧のように自身の身体と対話しているダンサーも見られた。
観客は、舞台のフレームから出たダンサーを見たり、登場人物の呪縛から解き放されて日常に戻ったダンサーと接すると、逆にバレエって何なのだろうか、と考え触発されることがあるのかもしれない。

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The Routine © The Artists 2023 © Hidemi Seto

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The Routine © The Artists 2023 © Hidemi Seto

The Future
"Harmony in Motion"(タイラー・ペック/フィリップ・グラス、チック・コリア)ピアノ演奏/滑川真希。
キャサリン・ハーリンとアラン・ベル、タイラー・ペックと五十嵐大地、山田ことみとローマン・メヒアの3組のペアが踊る。舞台上のピアノにダンサーたちが寄り添い微笑みかけるシーンがあり、音楽へのリスペクト、親和する心が表される。スピーディーなタイラー・ペックがリードして始まる。デュエット、ソロ、トロア、と目まぐるしく組み合わせが変化し、素速く軽やかなステップが滑川真希の力強いピアノともに踊られ、動きと音楽がハーモニーを醸し出した。
五十嵐大地がニューヨークに行って、3組それぞれのペアごとに振付けてリハーサルを重ね、作品全体を完成したという。タイラー・ペック自身の動きも素晴らしいが、3つのカンパニーのダンサーを同じスピード感で作品としてまとめ上げる能力もまた見事。

"Joie de Vivre"(ベンジャミン・エラ/ジャン・シベリウス)ヴァイオリン演奏/山田薫、ピアノ/松尾久美。金子扶生、マラヤ・マグリ、マリアネラヌ・ニェス、マシュー・ボール、ウィリアム・ブレイスウエル、ワディム・ムンタギロフ。
ジャン・シベリウスの「ヴァイオリンとピアノための小品」から8曲を選んで、3組のペアに振付けている。ロマンティクな詩情ある曲調で、淡い3色の女性ダンサーたちの衣裳が舞台上でクロスして、それぞれのペアの「生きる喜び」が現れる。抑制の効いた古典的な振付で心和ませるものがあったが、振付家の心根が自然と現れたのだろう。
(2023年8月11日ソワレ13日マチネ 文京シビックホール 大ホール)

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Harmony in Motion © The Artists 2023 © Hidemi Seto

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Joie de Vivre © The Artists 2023 © Hidemi Seto

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