ジルベールとガニオ、パリ・オペラ座のダンサー&フォーゲルが華やかに踊った「ル・グラン・ガラ」

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

ル・グラン・ガラ 2023

パリ・オペラ座バレエ団は、近年コロナ禍の劇場閉鎖、断続して起こる年金スト、さらには芸術監督の任期中の辞任といった大きな問題に対処しつつ運営されてきた。しかし、そうした問題を抱えながらも、ピエール・ラコット振付の新作全幕バレエ『赤と黒』の上演を成功させたのを始め、ケネス・マクミランの大作『うたかたの恋〜マイヤリング』、ウェイン・マクレガーの『ダンテ・プロジェクト』などの大作やホフェッシュ・シェクター、クリスタル・パイト、アレクサンダー・エクマンなどのコンテンポラリー作品を上演し、舞踊の発展に寄与してきた。それはもちろん、一流のダンサーたちの優れた活動があったからこそ可能だったことは言うまでもない。
7月30日から8月5日まで名古屋、東京、大阪で7公演開催された「ル・グラン・ガラ 2023」は、そうしたパリ・オペラ座バレエ団の今日の姿を映し見せた公演だった。座長はドロテ・ジルベールとマチュー・ガニオ、元エトワールのエルヴェ・モローがアーティステイック・コーディネーターとステージ・マネージャーを務めた。東京ではA・Bプログラムが合わせて5公演行われたが、興味を惹かれたいくつかの舞台をご紹介させていただく。

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「ソナタ」レオノール・ボラック、マチュー・ガニオ 撮影/瀬戸秀美

Aプログラム
開幕は『海賊』のパ・ド・ドゥ(プティパ/アダン)。ビアンカ・スクダモアとトマ・ドキールが踊った。スクダモアの素朴で伸びやかな身体とドキールの新鮮な感覚が、『海賊』というロマン主義を謳うバレエによく似合っていた。丁寧な踊りを見せたトマ・ドキールはスジェだが、21年にアルポー賞を受賞、昨年のコンクールには怪我で参加できずにプルミエール・ダンスール昇級の機会を逸した。『ソナタ』(ショルツ/ラフマニノフ)は、ピアノ(久山亮子)とチェロ(水野優也)の演奏にのせて優しく細やかな愛の表現が描かれていた。レオノール・ボラックとマチュー・ガニオが踊ったが、ボラックのフェミニンな細やかさが良かった。音楽をヴィジュアルに描くことに長けたウヴェ・ショルツだが、『春の祭典』のような激越な内面を描く作品もある。
https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/tokyo/detail004062.html
この作品では、愛の感情の流れへの省察も適切で染み入るような表現を作った。

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「ル・パルク」ドロテ・ジルベール、ユーゴ・マルシャン 撮影/瀬戸秀美

『オネーギン』より鏡のパ・ド・ドゥ(クランコ/チャイコフスキー)では、タチヤーナ(アマンディーヌ・アルビッソン)は、深い内面の表現から生まれたオネーギン(フリーデマン・フォーゲル)の幻影と踊る。身を捩るような喜びと悲しみが見事に表れた。『カルメン』(プティ/ビゼー)は、リュドミラ・パリエロとオードリック・べザール。カルメンに扮したパリエロのやや小型だが、感情の塊でできているようなヴィヴィッドな身体がこの舞台の魅力を語っている。磁石のように惹きつけられた男と女は、やがて片方のS極とN極が入れ替わることを知らない・・・。プティの愛する二人を表す振付は、独特の身体言語を巧みに使って濃密に、そして雄弁に語られていた。『ル・パルク』(プレルジョカージュ/モーツァルト)の心臓の鼓動とともに踊られるこのパ・ド・ドウは、ドロテ・ジルベールとユーゴ・マルシャン。生きることと愛することをこんなにも密着して表すことができるのは、ダンスの特権、と言えるのではないかと改めて感じた。

『ドン・キホーテ』グラン・パ・ド・ドゥを踊ったのは、クララ・ムーセーニュとニコラ・ディ・ヴィコ。ムーセーニュの落ち着いたゆうゆうとした演舞は、安定感のあるテクニックがもたらすものだろう。契約ダンサーから外部入団コンクールを経て2021年入団、22年にコリフェに昇級したニコラは、ガラ公演にちょっと緊張したか、やや控えめに踊っているようにも見えた。
『3つのグノシェンヌ』(ファン・マーネン/サティ)は、バレエ・リュスの『パラード』の音楽でも知られるエリック・サティが24歳のときに作曲したピアノ曲『グノシエンヌ』(第1番〜3番)に、ハンス・ファン・マーネンが振付けたデュエットだ。サティは、ギリシャの舞踊に惹かれ、ジャワの舞踏にも影響を受けたと言われるが、ファン・マーネンはサティ独特の詩的空間を動きに表して構成し造形している。レオノール・ボラックとフリーデマン・フォーゲルが久山亮子のピアノ演奏とともに踊り、知的なリズムで作られた音楽と面白い動きが不思議な雰囲気を醸した。

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「オネーギン」アマンディーヌ・アルビッソン、マチュー・ガニオ 撮影/瀬戸秀美

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「ドン・キホーテ」クララ・ムーセーニュ、ニコラ・ディ・ヴィコ 撮影/瀬戸秀美

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「3つのグノシエンヌ」レオノール・ボラック、フリーデマン・フォーゲル 撮影/瀬戸秀美

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「ダイヤモンド」リュドミラ・パリエロ、マチュー・ガニオ 撮影/瀬戸秀美

ビアンカ・スクダモアとトマ・ドキールが踊った『サタネラ』(プティパ/プーニ)は興味深かった。黒い羽根を頭に飾り、満面の笑みを湛えて人間の恋人と踊る若く美しい悪魔。なるほど、悪魔が人間の若い男に恋したらこんな感じか、と思わせ、プティパの洒脱でウィットに富んだバレエに魅了された。スクダモアはチャーミングで明るく恋する喜びを全身で表し、ドキールも魔法の音楽が鳴るなかで楽しく、ユーモラスに踊った。
『ジュエルズ』より「ダイヤモンド」(バランシン/チャイコフスキー)は、リュドミラ・パリエロとマチュー・ガニオ。パリエロは『カルメン』とは全く異なった高貴な女性の美しさを表現して、やはり堂々と見事なガニオとともにゆるりと踊った。フランス・スタイルで踊られる「ダイヤモンド」はとりわけ美しいと思う。
Aプロの最後は『赤と黒』より寝室のパ・ド・ドゥが「ピエール・ラコットへのオマージュ」として踊られた。第1幕のレナール夫人とジュリアン・ソレルの寝室のパ・ド・ドゥをドロテ・ジルベールとユーゴ・マルシャンが踊ったのである。この二人はガルニエ宮で行われた初演でも圧巻の演舞を見せたと伝えられる。しかし何よりもまず、89歳にしてこの情熱的なパ・ド・ドゥを振付けたピエール・ラコットにはただただ敬服する。おそらくは最後の舞台として渾身を込めたであろう。91歳で逝去した。
https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/paris/detail031149.html

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「サタネラ」ビアンカ・スクダモア、トマ・ドキール 撮影/瀬戸秀美

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「赤と黒」ドロテ・ジルベール、ユーゴ・マルシャン 撮影/瀬戸秀美

Bプログラム
Bプログラムでは、『マノン』(マクミラン/マスネ)より出会いのパ・ド・ドゥと寝室のパ・ド・ドゥが続けて踊られた。パリのガルニエ宮でもオペラ座バレエ団が『マノン(L'Histoire de Manon)』全幕を6月20日から7月15日まで上演していた。ドロテ・ジルベールとユーゴ・マルシャンも、もちろんマノン・レスコーとデ・グリュー役をファースト・キャストとして踊った。そしてまた、初々しい恋の初まりを鮮やかに舞台に浮かび上がらせた。次の寝室のパ・ド・ドゥはリュドミラ・パリエロとフリーデマン・フォーゲル。マノンが戯れ、デ・グリューが受け止め、しだいに気持ちが一致していく見事な恋の表現だった。原作は18世紀フランスの著作家、アヴェ・プレヴォーの「シュヴァリエ・デ・グリューとマノン・レスコーの物語」である。
ドラマティック・バレエのもう一つの傑作『オネーギン』(クランコ/チャイコフスキー)は、アマンディーヌ・アルビッソン(タチヤーナ)とマチュー・ガニオ(オネーギン)が踊った。Aプロで踊られた鏡のパ・ド・ドゥではオネーギへの手紙が無情に破られたが、Bプロでは、すでに結婚していたタチヤーナがオネーギンの手紙を破り捨てる。始まりとは打って変わった立場に立った二人のドラマチックな恋の終わり。しかし愛していたのだ・・・。不幸な愛の悲劇をアルビッソンが強く訴え、深い印象を残した。
休憩の後は、クララ・ムーセーニュとニコラ・ディ・ヴィコによる『パリの炎』(ワイノーネン/アサフィエフ)。若いペアらしく、まるで生き物ように細やかに脚が動く。ムーセーニュのポワントワークもスムーズで楽しい。ヴィコも大きく舞台を使って踊り、拍手を浴びた。三色旗と同じ色使いのベルトを巻いた白い衣裳が溌剌と小気味良く動きラインを彩った。
『ヴィヴァルディ パ・ド・ドゥ』(イゾアール/ヴィヴァルディ)はリュドミラ・パリエロとマチュー・ガニオ。ポーランド人の素晴らしいカウンターテナー、ヤクープ・ジョゼ・オルリンスキの歌にのせて流麗でクラシカルな動きが美しく展開した。要所要所のリフトも見事に決まり、ケレン味のないゆうゆうとしたフランス・スタイルの美しさがしばらく舞台に残像した。

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「パリの炎」クララ・ムーセーニュ、ニコラ・ディ・ヴィコ 撮影/瀬戸秀美

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「悪夢」レオノール・ボラック、フリーデマン・フォーゲル 撮影/瀬戸秀美

『悪夢』(ゲッケ/ジャレット、レディ・ガガ)を踊ったのは、レオノール・ボラックとフリーデマン・フォーゲル。ダークカラーのパンツに腰に奇妙な飾りを着けた衣裳。極端に身体を曲げるなどゲッケ特有の痙攣舞踊とはまた異なった動きで構成されていた。ほの暗い照明の中で、フォーゲルがマッチを擦って点ける。自然の光が夢の中の存在感を感じさせた。
『椿姫』(ノイマイヤー/ショパン)はアマンディーヌ・アルビッソンとオードリック・べザール。アルビッソンのマルグリットは何度も鏡の中の自分を確認しながら、激しく熱く迫るべザールの若いアルマンと向かい合う。身を呈して想いを発する若さと受け止める優しさを、ショパンのピアノが崩れてはまた立ち上がる二人の昂まる情感を噴水のように描いた。
Bプログラムのラストは『うたかたの恋 マイヤーリング』(マクミラン/リスト)だった。ルドルフ皇太子(ユーゴ・マルシャン)とマリー・ヴェッツェラ(ドロテ・ジルベール)による寝室のパ・ド・ドゥ。やがて心中することになる17歳のマリーと、エキセントリックな感情が絡み合い救いようのない情念に捉えられたルドルフが、髑髏やピストルといった小道具を弄びながら、凄絶なパ・ド・ドゥを踊り、ついには死へと向かっていく。
『うたかたの恋 マイヤーリング』は、昨年10月にパリ・オペラ座バレエ団によりガルニエ宮で上演され、ユーゴ・マルシャンとドロテ・ジルベールはルドルフ皇太子とマリー・ヴェッツェラを踊って絶賛された。

パリ・オペラ座バレエ団の2023年9月からのプログラムは、前舞踊監督オーレリー・デュポンが残したものだが、新監督のジョゼ・マルティネスが少し手を加えている。9月21日のオープニング・ガラは、デフィレ、マリオン・モタンの新作『The Last Call』シェー・シンの新作『Horizon』クリスタル・バイト『The Seasons'Canon』で、秋のシーズンの幕を開ける。また、2024年2月にはヌレエフ版『白鳥の湖』と『マノン』の来日公演が予定されている。

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「うたかたの恋 マイヤリング」ドロテ・ジルベール、ユーゴ・マルシャン 撮影/瀬戸秀美

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