ロンドンとニューヨークのダンサーが競演する「The Artistsーバレエの輝きー」、四つのブロックを組合せた四公演を行います。小林ひかる=インタビュー

ワールドレポート/東京

インタビュー=関口紘一

――公演のプログラムの内容を見せていただきましたが、すごいですね。普通の公演より複雑と言いますか、鑑賞日を選択するために観客としてはいろいろなことを考えさせられます。一般的に言って、海外バレエ団の日本公演は、パッケージツアーと言いますか、現地で組んできたプログラムに準じたものが多いと思います。ですから、プロデューサーと招聘元がこうした日本の観客に特化したプログラムを組むということは素晴らしいことだと思います。
このように、4つのブロックを作って組み合わせて4公演を行う、ということの1番の狙いはどういうことでしょうか。

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小林ひかる

小林ひかる 観客の皆様が観たいと思っている舞台は、細かくみると一人一人異なっている、と思います。皆さんが観たいと思うものをすべて叶えることはできませんが、可能な限り皆様のご希望に添えるように、好きな演目を選びやすいようにまとめたつもりです。
各カンパニーの得意なものやレパートリーにある作品などを "The Masters" "The Classics"というふうに分けさせていただきました。さらに今回は、"The Routine"というクラスを舞台上で行い、同時に映像を駆使して細部まで見せる、という試みを行います。
そして "The Future"では、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)のタイラー・ペックと英国ロイヤル・バレエのベンジャミン・エラがこの公演のために振付けた新作2本を世界初演いたします。2人とも各カンパニーの新鋭クリエーターとして注目されています。

――観客に選択肢が示され、選ぶことができるということは素晴らしいですが、また大いに迷うのではないか、と思います。

小林 そうですね。特定の2回の公演をご覧いただければ、4つのプログラムをすべてご覧いただけるように考えています。

――"The Routine"は、舞台上で出演者全員がクラスを行いながら、カメラマンが舞台に上がってムービーを撮影し、ライヴでスクリーンに上映する、ということですか。

小林 そうですね、舞台上の大きなスクリーンにダンサーをズームアップしたり、別に撮影された映像も挿入します。カメラマンを通してオペラグラスでダンサーの細部を見るかのようにスクリーン映し出されると思います。

――そうすると三つのカンパニーのダンサーが、それぞれのクラスのスタイルを舞台上で同時に行う、ということになりますか。

小林 教師役は一人でベンジャミン・エラがクラスを受け持ちます。彼が作ったコンビネーションをダンサー全員が行いますが、皆さんそれぞれ出身が違うので、それぞれのカンパニーの持ち味、スタイルの違いがあります。それぞれのスタイルで同じアンシェヌマンを行う様子を舞台上でつぶさに見ることができます。
これから海外留学を夢見ている生徒さんたちに、このカンパニーは同じアンシェヌマンでもこういう動きをする、こういうスタイルなんだ、と見比べていただきたい、という気持ちもあります。もちろん個々のスタイルはありますが。また、ピアノ演奏は、新国立劇場バレエ団などで活躍されていて、私も現役時代から一緒にお仕事をさせていただいているバレエ・ピアニストの蛭崎あゆみさんです。

――それはなかなか希少な光景ですね。

小林 ここまでスタイルの違うカンパニーが同じ舞台にのって同じアンシェヌマンをやるというのは、とても興味深いことだと思います。私自身もどんなふうになるのだろうととても楽しみにしています。

――それぞれにポイントがあるのでしょうね。

小林 そうですね、顔の使い方とかエポールマンとかすべて、音の取り方も違うと思います。同じカウントで動くけれど微妙な違いが現れます。どこにアクセントを付けるか、によって踊りが変わってきますから。

――それがダンサーの動きで同時に見比べられる、ということですか。自分が踊っているのはどういうスタイルで、どこが違っているか、具体的に観られるのですね。

小林 そのように観て感じていただければ嬉しいです。それによってこれから留学などを考えている方には参考になるのではないでしょうか。自分が学びたいと思うスタイルが分かれば、どのバレエ学校へ行ったら良いかも考えやすくなりますし、どういうダンサーになりたいか、という目的を持って留学をすると効率よく学ぶことができると思います。スタイルをわからずに海外に行きたいからどこでもいいから行ってみる、みたいな感覚で留学される方もいるのかもしれませんが、これからどういうダンサーになってどういうスタイルで踊っていきたいか、ということがわかっているとそこに向けて自分のテクニックなどを磨くことができます。そのためのヒントを与えることができるかもしれない、と思っています。

――習い始めの頃は先生の言うことだけがすべてでしょうから、スタイルが違うと言うこともわからないかもしれません。違いを具体的に見るとバレエの見方も変わるかも知れませんね。公演を観てそうした体験ができると言うのは素敵なことですね。
三つのカンパニーをクロスする公演を実際に進めていく中で、どのようなことを感じられましたか。

小林 そうですね、カンパニーによると言うよりやはり個人ですね。アメリカのダンサーはおおらかな感じもあるなかで、細かい部分にまで自分の意志があります。写真撮影時にとても厳密に角度をこだわっているところが良い例です。

――8月11日に予定されている「スクール・マチネ」という試みについてもお聞かせいただけますでしょうか。

小林 安価なチケットで子供たちにゲネプロを観ていただく、という企画となります。できるだけ安価で、また、こうした公演の幕が開くまでの様子を知っていただきたい、という思いで行います。ゲネプロなので、たまに音楽が止まったり直しが入ったりしますが、返ってそれが興味深く感じられることもあると思います。英国ロイヤル・バレエで行っているスクール・マチネでは、そうしたことを楽しみにしているお客様もいらっしゃいます。

――最近は、ABTもNYCBも来日公演を行なっていないので、アメリカの舞台で現在活躍しているダンサーたちが日本で踊るのは珍しいことになります。
タイラー・ペックとは新作についてはどのようなものになるのか、話し合われているのですか。

小林 いえ、グループ作品にしてほしいということは伝えていますが、大部分は振付家に委ねています。クリエーション活動が進めやすいように、基本的にはアメリカはアメリカのダンサーのチームとして、イギリスはロイヤル・バレエチームとしています。五十嵐大地だけは、山田ことみ と踊ることもあってアメリカチームに参加します。

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ローマン・メヒア、小林ひかる、タイラー・ペック © Andrej-Uspenski

――ベンジャミン・エラの新作についてはいかがですか。

小林 ベンジャミンも創作を行なっています。私が2021年のコロナの最中にスペインで開催したガラでも、彼は新作を創りました。
(スペインのガラについて参照 https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/others/detail023286.html
ベンジャミンはダンサーとして、クラシックのベースが素晴らしいのです。最近は、クラシック作品を振付けられる人は非常に少なく、コンテンポラリー方面に行ってしまうことが多いので。彼の振付作品を私が最初に見たのは、コロナ期間中に行われたドラフト・ワークス(若い振付家の作品がオンラインで発表された)でした。その時は、ベンジャミンも振付を始めたんだな、あれほどクラシックなダンサーがどんな振付するのだろうという程度に見ていました。すると、いきなりとてもコンテンポラリー系の作品を創ったんです。それがすごく良かった。今まで彼のクラシカルな踊りから見えることのなかった、素晴らしい創作性を見い出しました。
そして、あれだけクラシックのベースがあり、経験豊かなダンサーだから、絶対クラシック作品を創れるはず、と思いました。
スペインのガラの話が来た時、彼にクラシック作品を頼んだところ、すごくうまくいきました。これは大切にしなければいけない振付家だと思っています。クラシック作品の創作は動きに制限がありますし、とても難しいのです。私は彼の音楽性に惹かれていますし、彼の作品のヴィジュアルは今日的な感覚がありますが、古典のヴィジュアルもしっかりとしています。これから新しいクラシック作品を創っていくためには、とても大切な存在です。今回の新作の音楽はシベリウスの組曲。ヴァイオリン(山田薫)とピアノ(松尾久美)による生演奏です。

――生演奏があることはとてもいいですね。

小林 そうなんです。2幕構成の1公演のうち、必ず一方のブロックが生演奏になっています。
タイラー・ペックの新作でピアノを演奏する滑川真希さんは、フィリップ・グラスのとても身近な協力者です。フィリップ・グラスは、彼女のためにピアノ・ソナタを作曲しています。タイラーが彼女を推挙してくれました。そして彼女もタイラーが新作を制作することにも関心を持ってくださり、「ぜひ、弾かせていただきたい」と言ってくださって、実現することになりました。

――そうですか、それは素晴らしいことですね。
タイラーはやっぱりバランシン風の作品なのですか。

小林 タイラーは、もう、ほんとに"バランシン娘"ですね。彼女が踊るバランシンは今まで見たこともないようなスピード感とダイナミズムがあります。初めて観た時はショックでした。これがバランシンなのか、という感じがありました。脚捌きもすごいです。ロイヤル・バレエのダンサーでは真似のできないようなスピードです。バランシンを踊るために生まれてきたようなダンサーなのです。

――今回公演の演目について特に注目していただきたい作品はありますか。

小林 そうですね、"The Masters"では、まず『葉は色あせて』でしょうか。アントニー・チューダー振付作品で、日本ではスターダンサーズ・バレエ団がレパートリーにしていますね。ABTのキャサリン・ハーンとアラン・ベルが踊ります。マクミランの『カルーセル』は、リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世によるブロードウェイ・ミュージカルの『回転木馬』としても知られている作品ですが、女性もポアントではなくバレエシューズで踊ります。マラヤ・マグリとマシュー・ボールが踊りますが、ポアントで見慣れているマクミラン作品をバレエシューズで観るというはちょっと特別な感覚があります。マラヤは『赤い薔薇ソースの伝説』で演技力の冴えをみせましたが、『カルーセル』でも細やかな感情の起伏を見事に表現するでしょう。彼女は身体能力もすごいので、それは "The Classics" の『ダイアナとアクティオン』でも発揮されると思います。
また、ウィリアム・ブレイスウェルが初めて『薔薇の精』を踊りますので注目してください。『Who Cares?』はタイラー・ペックとローマン・メヒア。これはすごいダンスシーンとなります。ラトマンスキーの『7つのソナタ』は五十嵐大地と山田ことみ です。大地にとっては初挑戦となります。ことみはダンサーとしてしっかりとした土台があって、本当に将来が楽しみなダンサーです。金子扶生とワディム・ムンタギロフが踊る『シンデレラ』の宮殿のシーンにもご期待ください。
そして『眠れる森の美女』の「ローズ・アダジオ」では、ウィリアム・ブレイスウェル、マシュー・ボール、アラン・ベル、ローマン・メヒアが、マリアネラ・ヌニェスと踊る、という見逃すことができない舞台になります。
いろいろな現代バレエが創作されている中、やはり古典ほど誤魔化しが効かないものはありません。世界のトップに立つダンサーたちが、基礎である古典をどこまで研ぎ澄ましているかを、目の当たりにできるのが"The Classics" です。

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アラン・ベル、キャサリン・ハーリン
© Andrej-Uspenski

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マリアネラ・ヌニェス
© Andrej-Uspenski

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タイラー・ペック
© Andrej-Uspenski

――まさに「競演」になるのでしょうね。単独のカンパニーの公演と違って、異なったカンパニーと競演する時、ダンサーたちは<負けられない>と思うのでしょうか、一段と張り切って踊るような気がします。

小林 そうですね、エネルギーの出方が違いますね。ダンサーには彼ら自身が一段と映える作品を踊ってもらいたいし、お客様にもダンサーの最高の踊りを観てもらいたいと願ってプロデュースしています。

――プログラムとして全体性があって、カンパニーを超えて一緒に作り上げる公演ですから、ちょっと化学反応も期待してしまいますね。本当に楽しみです。

小林 プログラム1("The Masters")と2("The Classics")は作品ごとでダンサー同士が競っていきますし、プログラム3("The Routine")と4("The Future")は競うというのとはちょっと違いますが、いろいろな角度から<競演>ができるようにプログラムを組んでいます。みんなで競演し、個々のダンサー同士が競演し、グループごとに競演する、そんな舞台が見られるようなプログラム構成になっています。

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――この公演の全貌を発表するまでの試行錯誤が各所から伺えますね。最後になりますが、他には何かありますでしょうか。

小林 プログラムと写真が付く特典付きのS席チケットも用意しています。写真は、今回の"The Routine"でカメラを担当する、英国ロイヤル・バレエのカメラマン、アンドレ・ウスペンスキーの撮り下ろし写真です。アンドレは元はロイヤルのダンサーでした。

――こうした意欲的にさまざまなコンセプトを提供する公演は素晴らしいと思います。

小林 ありがとうございます。今回の 「"The Artists"―バレエの輝きー」公演では、どれだけのアーティストたちが関わって一つの舞台が出来上がるのか、ということも観ていただきたい、と思っています。一人一人のアーティストがどのようにして、舞台で輝くのか、ということにも注目して観ていただきたいです。特にプログラム3の"The Routine" は今回初めての試みなので、現在もミーティングを重ねていますが、そこにまた特別のおもしろさが出てくるのではないか、と願っております。それから世界初演の新作2作は、将来有望な振付家たちが作る新しい舞台を皆様にお観せできると確信しております。
ぜひ、楽しみにしていてください。会場でお目にかかりたいと願っております。

――大いに期待しております。本日はありがとうございました。

「The Artists - バレエの輝き - 」

会期:2023年8月11〜13日
会場:文京シビックホール 大ホール
公式サイト:https://www.theartists.jp/

出演:マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ、マヤラ・マグリ、マシュー・ボール、金子扶生、ウィリアム・ブレイスウェル、五十嵐大地(英国ロイヤルバレエ)/タイラー・ペック、ローマン・メヒア(ニューヨーク・シティ・バレエ)/キャサリン・ハーリン、アラン・ベル、山田ことみ(アメリカン・バレエ・シアター)
演奏:蛭崎あゆみ、滑川真希、山田薫、松尾久美

チケット:5月13日(土)午前10時より発売
※「スクールマチネ」「特典付きS席」チケットは、チケットぴあにて限定販売
https://dc-production.coolblog.jp/test/fujitv/events/theartists/overview.html

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