The Royal Ballet's New Generation Galaのスペイン公演を成功させた小林ひかるに聞く

ワールドレポート/東京

インタビュー=関口紘一

――英国ロイヤル・バレエの新シーズンは、9月末の『ダンテ・プロジェクト』『ロミオとジュリエット』などの上演から始まります。イギリスはウィズ・コロナで劇場再開すると言うことですね。

小林ひかる そうですね。劇場を通常通りに再開する予定です。

――小林さんはスペインのバレンシアで、The Royal Ballet's New Generation Galaをプロデュースされました。スペインでは劇場は普通に公演を行なっているのでしょうか。

小林 いえ、観客は50パーセントしか入れられませんでした。今回の公演は、学生たちのためのサマー・フェスティバルの一環として開催され、普通の劇場ではなくて大きなスポーツホールのようなところに作られた劇場でした。客席の位置などは自由に決めることができました。同じフェスティバルに参加した他のバレエ団のグループは、感染者が一人出たために中止になったところもあります。
私たちはなんとかギリギリ公演することができましたが、検査とその証明書を取るのにすごい時間とお金がかかりました。また、いつ誰が感染するか分からないというリスクを抱えながら準備していましたので、幕が開く1時間前までほんとに公演ができるかどうかわからない、そういう怖い思いを抱えながらの公演でした。
フェスティバルの中でいろんなグループがきて公演を行う、という形でしたが、英国ロイヤル・バレエのような大きなカンパニーが来たのは初めてだったようです。スペインは民族舞踊とコンテンポラリーの公演は多いのですが、クラシック・バレエの公演が行われることが少ないようです。観客はクラシック・バレエの公演を待ち望んでいるようなところがありました。

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「ドン・キホーテ」

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「ドン・キホーテ」

――どういうところをフォーカスした公演を目指したのでしょうか。

小林 今回は1ヶ月前に、突然、頼まれた公演でした。本来はスペイン国立バレエ団が公演する予定でしたが、テクニカルに問題があって中止となり、急遽、私にとにかく低コストで、と依頼されました。そういうことで特急で作り上げた公演でした。取り掛かった頃には、新型コロナ禍とはいえ、ダンサーたちもすでにバカンスなどを決めていましたので、人をそろえるのが難しかったのですが、若手のダンサーたちはやはり「踊りたい!」という気持ちが強いので。ずいぶんと苦労はしましたが、良いメンバーを集めることができました。
若手ですから、今バレエ団の中では踊りたくても踊ることができない演目を踊らせてあげたい、ということがありました。クラシック・バレエの定番の演目でバレエ学校時代には盛んに踊っていたけれど、バレエ団に入ってからは、まだ踊らせてもらえないから我慢しなければならない、というところを力いっぱい踊らせてあげたかったのです。
プログラムの第1部は、『コッペリア』グラン・パ・ド・ドゥ、これはミハイル・バリシニコフとゲルシー・カークランドが踊っているものです。『ライモンダ』グラン・パ・ド・ドゥ、ブルノンヴィルの『ラ・シルフィード』パ・ド・ドゥ、『ドン・キホーテ』グラン・パ・ド・ドゥ、『海賊』のパ・ド・トロワです。

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「ライモンダ」

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「ライモンダ」

――ロマンティック・バレエから古典バレエ、という感じですか。

小林 そうですね。
第2部は新作を2本上演しました。『The Body Letter』(スタニスラフ・ヴェルガシー振付)は、英国ロイヤル・バレエが新型コロナ禍でオンライン配信したワークショップのために振付けた作品です。それからベンジャミン・エラの『Short Stories with Sibelius』は、今回の上演のために振付けた作品です。ベンジャミン・エラはソリストで、高田茜とパートナーを組んだことがあり、コベント・ガーデンではピーター・ライト版『ジゼル』を踊りました。また2017年の来日公演の<バレエ・スプリーム>では、やはり高田茜とアシュトンの『真夏の夜の夢』を踊っています。
ベンジャミン・エラは、ワークショップで振付けた時はコンテンポラリー作品だったのですが、私はその作品をみて振付家としての才能が溢れているように感じ、また彼自身がクラシックを素敵に踊りこなすダンサーという印象を持っていたので、今回、クラシック・ベースの新作を依頼しました。振付期間が2週間しかなかったのですがネオクラシック風の作品になりました。これは彼の2作目の振付作品だったのですが、素晴らしいものになりました。ダンサーとしてもエレガントでクラシックなダンサーのですが、これから振付家として大いにプッシュしていきたいと思っています。
ぜひ、日本の観客にも観ていただきたいと思っています。

――そうですか、それは期待できそうですね。これからが楽しみです。スペインの観客の反応はいかがでしたか。

小林 若手のグループを観に来ている観客なので、すごく喜んでくれました。ベンジャミンの新作がとてもうまく見せ所を創って、ガラ公演用にうまく構成してくれました。とても評判が良く盛り上がり、拍手喝采でした。

――スペインはクラシック・バレエがいいのですね。

小林 観客はクラシック作品に飢えているみたいに感じられました。ダンサーたちが踊りたいと望む作品を構成したことが良かったのだと思います。
ダンサーでは、ローザンヌで受賞して英国ロイヤル・バレエ団に入団したマルコ・マシャーリと五十嵐大地がずば抜けていました。特に、この二人はこれから大変なことになるんじゃないかな、ととても楽しみにしています。彼らもぜひ、日本に紹介したいです。まだ卵ですけど、すごい卵ですから驚きますよ、きっと。

――五十嵐君はアリを踊ったのですか。

小林 そうです。彼のアリはテクニック的にはもうほぼ完璧で、プラス芸術性を出そうとする意欲が彼の踊りから見えて感心しました。彼はロイヤル・バレエスクールではニネット・ド・ヴァロワ賞を受賞していますし。
マルコは、ローザンヌ・コンクール2020の第1位でモナコのプリンセス・グレース・アカデミー出身のイタリア人です。彼はまたちょっと違って、彼独特の世界を持っていて、動く度にそれが滲み出るのです。まだ若いのに、そこまでできてしまうことには感心しています。

――マルコはブルノンヴィルの『ラ・シルフィード』を踊ったのですか。

小林 そうです。クリアなテクニックで、彼の独特なジェームスを見せてもらおう思ったのです。

――ブルノンヴィルのステップはいかがでしたか。

小林 とても綺麗に踊りました。どこで習得したんだろう、と思うくらい足捌きが見事でした。
マルコと大地はすごいです。ベンジャミンもマルコと大地のダンサーとしての特徴がわかっていたので、ピタッとはまる振付を作りましたから、とても良かったです。成功しました。
ベンジャミンが振付けた『Short Stories with Sibelius』は、シベリウスのピアノ曲を構成したものですが、今回は7人で踊りました。未だ完成作品ではないんです。曲を加えたり、いろいろと構成を変更することも可能です。今回は 'New Generation Gala' だったので、若手ダンサーたちのためのヴァージョンですが、ベテランのダンサーのヴァージョンも。ぜひともに日本に持っていきたいです。

――女性ダンサーはどうでしたか。

小林 イザベラ・ガスパーニがとても上達しました。彼女は大地とダヴィッド・ユーデスというスペイン人のダンサーと『海賊』を踊ったのですが、このガラが始まった時と終わった時では、成長の跡がはっきりと見えました。やっぱり、何を踊らせるかによって自信のつき方も違いますから。彼女の成長を見ることができて、とてもうれしかったです。
それからアメリア・タウンセンドは、どちらかというとコンテンポラリーが得意でしたが、ベンジャミンの作品を踊って、「彼女こんなにドラマティックな踊りができるダンサーだったんだ」という発見がありました。ベンジャミンも彼女の良さが分かっていて振付けたと思うんですけど、私が自分で考えていなかった部分が見られてうれしくなり、見ていて楽しかったです。ここで全員はあげられませんが、全員素晴らしかったです!

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――こんなに若いメンバーだけの公演なんてないんじゃないですか、特に海外公演では。

小林 ないですね。本当ないと思います。

――日本だったらどういうダンサーが踊るから何人入るとか、そういう計算をするのが普通のように思います。

小林 今回はサマーフェスティバルの一環だったことが良かったのだと思います。みんな大体同じくらいのポジションにいるダンサーたちだったので、共通の関心があって良かったのかもしれません。

――スペイン国立バレエ団の公演より、スペインの人たちには返って良かったかもしれませんね。

小林 そうですね、フェスティバルを見に来た人たちには、英国ロイヤル・バレエの新世代ガラ公演方がフィットしたのかもしれません。

――英国ロイヤル・バレエはベンジャミンとか若いダンサーたちにもどんどん作品を創らせて、創作活動の後押しをしてますね。新作を創ることとか、公演を企画させることとか、創造活動を積極的支援しています。そしてそれは上からの指示だけではなくて、現場が創ろうという意欲を見せている、そういう感じが伝わってきます。

小林 そうですね、アシュトン、マクミランの後を継ぐ人材を求めています。次の才能を見つけなければ続けられないし、競って新しい人材を発掘しようとしています。ロイヤル・バレエだけでなく、各劇場も新作に重点を置いています。それにイギリスのアーツカウンシルも、新しいものを創るように要求しています。そのためにはお金を支援するとしています。新作がないと支援金も少なくなってしまいます。

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フェデリコ・ボネッリ、小林ひかる

――イギリスでは国も一緒になって、クリエイティヴな活動をしっかりと支援しているのですね。日本では積極的に創作していこうという意欲が感じられることはあまりないです。そういう点からもThe Royal Ballet's New Generation Galaを日本で公演して、日本のバレエ界を強烈に刺激していただきたいです。
今回の公演には、ご主人のフェデリコ・ボネッリは参加されたのでしょうか。

小林 フェデリコは、若手ダンサーの育成についてのカンファレンスに登壇し、怪我やボディコンディショニングについて講演しました。

――小林さんは、この新型コロナ禍で新しく始められたことはありますか。

小林 フロア・バーの新しいコーチングメソッドの配信を始めました。これはパリ・オペラ座にいた頃に習得したもので、ダンサーたちの要望もあって個人的に教えていたのですが、バレエ団でも週2回教えるようになりました。これを新型コロナ禍の中で、ハンブルク・バレエ団の双子のダンサー、イリ&オットー・ブベニチェクが始めた「Danzoom」という、いろんなダンサーがオンラインで教えるサイトで配信を始めました。教え始めると今度は、自分ももっと勉強しなきゃいけないということが分かってきて、自分のサイトを立ち上げました。また、時差があったり、時間の問題でどうしてもオンラインを受けられない人も出てきましたので、YouTubeチャンネルも作りました。そうするといろんな国のダンサーから連絡が来て、オペラ座のエトワール、マチアス・エイマンから「朝のクラス前にひかるのYoutubeフロアバーやってるよー!」とメッセージが来たので、彼のためのフロア・バーのビデオも作りました。英国ロイヤル・バレエ団ではローレン・カスバートソン。私は彼女が産後に復帰するための手助けも担当していたのですが、ローレンのためにもフロア・バーのビデオを作りました。そういった映像もみんな私のYouTubeチャンネルで紹介しています。
新型コロナ禍で何もできなかった時に、私自身も何かやらなくちゃ、と思っていたのでコーチングなかでも新しいことをいろいろと試みていて、プロデュースの仕事とバランスをとりながら働いています。

――フロア・バーというのは、簡単にいうとどのようなメソッドですか。

小林 通常のバーのクラスをフロアでやるんです。ですから、ピラティスのフロアのエクササイズと近いですが、プリエ、タンジュもフロアで寝たままだったり、うつ伏せになったり、座った状態で行います。フロアは平らなので、自分の動きに嘘を付けませんから、膝や足首に負担をかけ過ぎずに矯正していくというものです。このフロア・バーをやってから普通のクラスに行くと、全然、身体の温まり方が違うし、余計なことを考えなくてもすぐクラスに入れる、と人気があります。
来週はこのフロア・バーの仕事でイタリアに呼ばれていたり、ニューヨークでもオンラインの注文が来たりして、新型コロナ禍でも返って世界中の人々と繋がりができています。

――そうですか。2020年に小林さんがプロデュースされた「輝く英国ロイヤルバレエのスター達」の第2回公演も期待しています。

小林 そうですね、ぜひ、実現したいといろいろと努力していますが、新型コロナ禍での公演には大変に厳しい条件があって・・・。しかし、アイディアはいっぱいあります。スペインの公演が成功したので、今度は日本でもぜひ、実現したいと思っております。

――大いに期待し、楽しみにしております。本日はお忙しい中、興味深いお話をたくさん聞かせていただきましてありがとうございました。

ウェブサイト
https://www.ballethealthcoach.com/

フロア・バーのYouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UC1Ml1wr_RWGja7ieEJkz9GQ

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