ローラン・プティが創った、コッペリウスの至上のダンスタイム、新国立劇場バレエ団

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

新国立劇場バレエ団

『コッペリア』ローラン・プティ:振付

ローラン・プティは古典名作バレエのいくつかを新たに振付けて上演している。その中で『コッペリア』は最も成功したバレエと言えるだろう。
新国立劇場バレエ団はプティの『コッペリア』をレパートリーとしており、人気演目である。2021年には新型コロナ禍のために急遽、無観客上演となり、ライヴ配信されている。
https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/tokyo/detail021768.html
今回は、5組の主役(小野絢子・福岡雄大・山本隆之、米沢唯・井澤駿・山本隆之、柴山紗帆・福岡雄大・中島駿野、池田理沙子・奥村康祐・中島駿野、米沢唯・速水渉悟・山本隆之)による4日間6公演を行った。

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柴山紗帆  撮影:長谷川清徳

プティはパリに生まれ育った生粋のパリジャン。幼い頃から劇場や映画館が大好きで、その周縁が遊び場だったと言う。20歳そこそこでパリ・オペラ座バレエ団を飛び出して、自身が主宰するバレエ団を結成し、コクトーやピカソ、バレエ・リュスの生き残りボリス・コフノなどと創作活動を行った。そして『カルメン』の世界的な大ヒットにより、ハリウッドに招かれ、愛妻ジジ・ジャンメールのミュージカル映画を何作か振付けた。さらにフランスに戻ってカジノ・ド・パリの経営にまで手を染め、ミュージック・ホールのショーを数多く振付けた。その後はマルセイユを拠点として多くの作品を発表している。
プティ版の『コッペリア』(1975年初演)は、レオ・ドリーブの音楽に基づいて振付けられているが、シャルル・ニュイッテール、アルチュール・サン=レオンの台本をほぼ全面的に改訂し、モダンで瀟洒なウィットに富んだ物語として蘇らせている。

まず、設定が実に巧みである。
1幕の舞台は衛兵が駐屯する街。整った制服姿の若い衛兵たちが隊列を組んでリズミカルに行進する姿はなかなかチャーミングだ。彼らはチャールダッシュやマズルカを踊り、若い娘たちは大はしゃぎ。制服の衛兵たちは、まるでおもちゃの兵隊たちのようにも見えるから、人形作りに取り組んでいるコッペリウス(中島駿野)のモノマニアックな世界観とどこか通底している、とも見えるから、プティは若い主役のカップルよりもコッペリウスに多くの視線を送っているのではないか、と観客は思うかもしれない。
若い主役はスワニルダ(柴山紗帆)とフランツ(福岡雄大)で二人は愛し合う仲。でも最近フランツは、コッペリウス家の窓辺に座る謎の美女への関心が増していて、しきりにアピールしているので、スワニルダはいつもヤキモキしている。一方、コッペリウスは街で見かけたスワニルダにぞっこん惚れ込んでいて、彼女に激似した人形作りに精魂を傾けている・・・。

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撮影:長谷川清徳

2幕はガラっと変わって、何やら人体の部位が作られているようなコッペリウスの部屋。探検に来たスワニルダと友だちが窓辺の謎の美女が精巧な人形とわかって、フランツの迂闊さを大笑いしていると、コッペリウスが戻って来た! 娘たちは蜘蛛の子を散らすように退散、と思ったが、スワニルダだけは物影に隠れる。
そうとは知らないコッペリウスは、窓辺の謎の美女とシャンパンを酌み交わしディナーとダンスをしっかりと楽しむ。このシーンがハイライト。燕尾服を着たコッペリウスは空想の世界に遊んで、可愛い可愛いコッペリア(仮想・スワニルダ)と踊る。中島の踊りは、十分に集中していたが、少し力が入ったのかちょっとテンポが早過ぎたようにも見えた。ここはじっくりと、しかし、あくまでも理想の紳士のように振る舞う。プティは1987年の日本公演で、そのように踊っていたと記憶する。その美しく粋な魅惑のステップはパリジャンのプティの真骨頂だった。そしてそれはルキノ・ヴィスコンティ監督の映画『山猫』の大舞踏会のシーンで踊った、バート・ランカスターのエレガントなステップを想い起させた。

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中島駿野  撮影:長谷川清徳

至上のダンスタイムが終わると、コッペリウスはスワニルダが潜んでいる物影に人形を納める。
すると、窓辺の謎の美女に想いを募らせていたフランツが、どうしても好奇心を抑えることができず、忍び込んできた。しかし、そこはコッペリウスが役者が一枚上。フランツを捕まえて薬入りの酒を飲ませて眠らせてしまった。そしてさっき納めた人形を持ち出してきて、あらゆる術を駆使してフランツの命の気を奪って、楽しい二人だけの時間をもっと多く切望し、彼女へ彼女へといっぱいいっぱいもっといっぱい吹き込む。すると反応があったのだ! 少しずつ人形が動き出し、やがて予想以上に活発に動き回り、コッペリウスの手に負えなくなる。それはその場で一部始終を見ていて、機転を利かせて人形の衣裳を着けたスワニルダだった。コッペリウスに想いを寄せられていることに気付いたスワニルダは、「それはないでしょ!」とばかり、ジークを踊って暴れ回り、大切な書物を踏み躙り、フランツを叩き起こして無理矢理キスをして目覚めさせ、「アッ」という間に脱出してしまった・・・。
いとおしく想っていたスワニルダの若さのもつ予想外の手痛い反発。コッペリウスは老いが身に染みただろう(わかる気もするが)。我に帰って、裸の人形を抱きとめたが、無惨にも壊れてしまった・・・。
そして、スワニルダとフランツの華やかな結婚式がはじまった。グラン・バ・ド・ドゥの形式に準じているが、プティらしく、ミュージックホール風のラインを作るコール・ドの踊りをふんだんに投入して、フレンチカンカンを踊り、大いに盛り上がった。

木村優里の怪我により代わって踊った柴山紗帆は、ゆったりとした大きな踊りで、終始優しい笑みを浮かべてスワニルダを表した。福岡雄大は強いヒーロー役も良いが、ちょっとあわてもので気の良いフランツも上手い。福岡のフランツは別のヴァージョンも含めて何回か観ているが、とても良い。何度でも観たくなるのである。中島駿野のコッペリウスも踊るたびにハマリ役になっていくようだ。
『こうもり』とともに、新国立劇場バレエ団は素敵なレパートリーを持っている。ますます磨いていってほしいと思った。
(2023年2月25日マチネ 新国立劇場 オペラパレス)

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柴山紗帆・福岡雄大  撮影:長谷川清徳


お詫び
一部、表記に誤りがあり修正させていただきました。ご覧いただいた皆様、関係者の皆様には大変ご迷惑をお掛けいたしました。

※修正箇所:本文「渡邊峻郁」→「福岡雄大」

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