ローラン・プティの『コッペリア』を新国立劇場バレエ団公演のオンライン配信で観た

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

新国立劇場バレエ団は、緊急事態宣言発令のためにローラン・プティ振付『コッペリア』の予定されていた4公演すべてを、急遽、無料のオンライン配信に切り替えた。劇場公演と同じ時刻に開演し、見逃し配信はない。公演のリーフレットはデジタルブックで公開された。家に居ながら劇場公演と同じ環境が整ったので、舞台を観る気持ちでモニターと対面することができた。スワニルダ/池田理沙子、フランツ/奥村康祐、コッペリウス/中島駿野、そして同じく小野絢子、渡邊峻郁、山本隆之というキャストを観た。

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小野絢子、渡邊峻郁
撮影/瀬戸秀美(全て)

ローラン・プティは『くるみ割り人形』や『眠れる森の美女』などの古典名作バレエを大幅に改訂して振付けているが、『コッペリア』もまた、現在上演されているヴァージョンの中で大きな特徴を持っている。主役とプロットは共通しているが、古典名作バレエを換骨奪胎して振付けた快心の作と言えるだろう。
まず、設定をポーランドの小さな農村から、都会の街の広場に変えている。近くに衛兵の駐屯地があるのか、若い衛兵たちと娘たちの恋をめぐる掛け合いがしきりで、今にも嬌声が聞こえてきそうな雰囲気の中、チャールダッシュやマズルカとともに冒頭の群舞が繰り広げられる。粋な制服姿の衛兵たちと華やかな街の娘たちがラインになったり、ペアを組んだり、様々なフォーメーションを見せて活き活きと踊る。一時はパリの名所、カジノ・ド・パリの経営に手を染めたほど、ミュージック・ホールのショーが大好きなプティの面目躍如の感があった。
登場人物は、スワニルダという婚約者がいるのに窓辺の美女コッペリアが気になって仕方がないフランツ。そのフランツにヤキモキするスワニルダという設定はそのまま生かされている。しかし、精巧な美女コッペリアを密かに創っているコッペリウスは、マッドサイエンティストあるいは究極の人形作りから、瀟洒にフロックコートを着こなす初老の人物に変えられている。それまで描かれてきたコッペリウスは、この世に人間の力で「いのち」を創り出すことに憑かれたように熱中している。村の人気者のスワニルダは彼のお好みだが、「いのち」を吹き込むためのモデルである。しかしプティのコッペリウスは、スワニルダへの恋を成就するために、言うなれば彼女のクローンを創ろうとしている。だから両者のコッペリウスの部屋は、全く情景が異なっている。多くのヴァージョンは各国のさまざまな自動人形を飾っているのだが、プティ版ではスワニルダのクローンを創るためのいくつかの部位が飾られている、ということになる。

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山本隆之

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小野絢子、山本隆之

そしてプティのコッペリウスは、コッペリアとシャンペンを酌み交わし、ディナーをとり、ダンスを踊る。スワニルダとの恋の成就を夢見て、ヴァーチャルに遊んでいるのだ。
また、多くの『コッペリア』は、フランツが蝶を捕まえピンで殺したり麦の穂の恋占いのシーンがあり「いのち」を意識し、曙の踊り、祈りの踊り、結婚の踊り、仕事の踊り、戦いや平和の踊りなどにより、「いのち」の営みを象徴的に描き賛美している。パリ・オペラ座の初演では、15歳の未だバレエ学校の生徒だったジュゼピーナ・ボアッキをスワニルダ役に抜擢したという。ナイーヴに輝く「いのち」を表そうとしたのであろう。
一方プティ版は、スワニルダはフランツに、フランツはスワニルダを模して創られたコッペリアに、コッペリウスはスワニルダを恋するという「恋の輪舞」を描いている。するとプティのスワニルダは、人形には表せない、自然なコケットリーを秘めた表現を創ることになる。その点、小野絢子も池田理沙子も役柄をよく理解していて素敵だった。池田は真剣にヤキモキしているところがチャーミングだったし、小野の説得力に優れた演技は見事。特にコッペリウスの求愛を「ありえない」と二べもなく断る表現は、ラストシーンに浮かび上がった悲哀の表現に繋がった。それからコッペリウスの部屋に忍び込んだスワニルダの友人たちの探検隊の動きは、冒頭の衛兵と娘たちの群舞とコントラストを見せて楽しく観ることができた。
プティのフランツは幕開きで、夜も明けやらぬ闇の中でタバコを吹かしているという都会派だったが、奥村康祐の演技にはちょっと惚けた味があリ、渡邊峻郁の大真面目な演技にもたくまざるユーモアがあった。中島駿野のコッペリウスからは恋の必死さが伝わってきたし、山本隆之の演技は全体をスマートにまとめて見せて鮮やか、さすがだった。
おそらくローラン・プティは、「生きることとは恋すること」というメッセージをこのバレエに秘めている。そしてそれはまた、ロマン主義からモダニズムへの変遷を表していると言えるのかもしれない。

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小野絢子、山本隆之

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奥村康祐

『コッペリア』は、E.T.A.ホフマンの短編小説『砂男』を原作としてサン=レオンが振付け、『コッペリアあるいはエナメルの眼をした娘』というタイトルにより、パリ・オペラ座で1870年に初演された。以来、プティパが新たに振付けたほか、ダニロワ&バランシン版、ピーター・ライト版など多くの振付が残されている。プティパの振付は、ニコライ・セルゲイエフがイギリスに持ち込んで上演した。そしてこのプティパ版をセルゲイ・ヴィファレフが残されていた舞踊譜により復元し、ノボシビルスク・バレエ団で上演した。日本でもNBAバレエ団が上演している。また、今日では失われてしまっていたサン=レオン版はピエール・ラコットが復元している。そしてピーター・ライト版は、スターダンサーズ・バレエ団が6月に上演を予定している。
(2021年5月5日、8日 オンライン配信)

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池田理沙子、中島駿野

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池田理沙子、奥村康祐

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撮影/瀬戸秀美(全て)

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