大人は、子ども時代の自分と仲良くなれるか? 豊かに花開く森山版『星の王子さま』の世界
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ワールドレポート/東京
坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi
KAAT DANCE SERIES
『星の王子さま サン=テグジュペリからの手紙』森山開次:演出・振付
『星の王子さま』は、くっきりと明瞭でいて、余白の多い物語だと思う。読者の中で少しずつ異なる育ち方をし、様々な花を咲かせる"種"のような言葉が選ばれ、行間には風刺もたっぷりと含まれている。
森山開次演出・振付『星の王子さま』(2019年11月初演)は、選りすぐりのダンサーやアーティストたちが、サン=テグジュペリの言葉の種を思い切り膨らませ、花開かせた豊かな作品となっている。リハーサル開始前のインタビューで、森山は自らを「猛獣使い」にたとえていたが、「猛獣」たち一人ひとりのイマジネーションや遊び心を余すところなく生かしているからこそ、想像力をかきたてられ、観るたびに様々な発見がある。音楽は阿部海太郎、美術は日比野克彦、衣裳はひびのこづえ。主要キャストは初演と同じ座組で、5人のダンサーが新たに加わり、振付・演出もブラッシュアップされた。
撮影:宮川舞子
撮影:宮川舞子
物語の軸となるのは、小さな星からやってきた王子(アオイヤマダ)と、サン=テグジュペリ自身を思わせる飛行士(小㞍健太)。そして、原作には登場しないサン=テグジュペリの妻コンスエロ(坂本美雨)と、彼女が投影されたバラ(酒井はな)だ。
幕が開くと、そこは砂漠とも、どこかの星ともつかない抽象的な場所。コンスエロが一人、痛いほど澄んだ声で歌っている。彼女の衣裳は、半身が純白のドレスで、半身がトレンチコートのようになっており、エレガントでありながら砂漠の風景にしっくりとなじむ。
飛行士役の小㞍健太は客席から登場。8名のダンサーと小㞍が空気を鋭角で切り、ぎりぎりで身をかわしあいながら交錯してゆく「夜間飛行」のシーンは、緊迫しつつあくまで静かだ。生身を危険にさらして生きている飛行士像がくっきりと浮かぶ。
砂漠に不時着した飛行士の前に、ふいに王子(アオイヤマダ)が現れて「羊の絵をかいて」とねだる。飛行士はとまどいつつペンを取るが、どんな羊をかいても王子は「僕の欲しい羊はこれじゃない」と怒る。飛行士のペンは紙飛行機のかたちをしていて、それがとてもサン・テグジュペリらしい。飛行機もペンも、おそらく彼の身体の一部のような道具だったに違いない。
とうとう、飛行士は空気穴をあけた箱の絵をかいて、羊はその中にいるというと王子は大喜びする。やわらかな「箱」からほっそりとした手足が見え隠れし、やがて箱そのものの衣裳を着た、体型も様々な羊たちが現れて踊り出す。一匹目の羊(浅沼圭)のしなやかで鋭い切れのある動きが印象的だった。
綿毛のように白くやわらかな衣裳をまとった王子の動きは、無垢で無防備だ。アオイヤマダは、初演を観たときも王子にぴったりだと感じたが、今回はより意志のある強さを感じた。無防備でいれば傷つきやすい。その怖さを知った上で、あえて無防備なまま「なぜ」と問い続ける強さだ。
王子と飛行士は、絶妙の距離感で対比される。王子は「大人って変だ」と問いを発し続ける。飛行士は、前述のインタビューでの小㞍の言葉を借りれば「大人になりきりたくない大人」だ。王子のために羊の絵を真剣にかいてやるものの、不意に「こんなことしてる場合じゃない。早く飛行機を直さなければ死ぬ」と現実に戻ったりする。その揺れ動く感じが、とても自然に伝わってくる。
対比の見事な例としてバラのシーンがある。王子の小さな星に咲いたバラ(酒井はな)は、水がほしい、風がいやだ、暑い、寒いと様々なわがままを言って王子を困らせる。このシーンのバラは、酒井の優雅な動きと坂本の表情豊かな声の一心同体で表現され、コケティッシュきわまりない。酒井はトウシューズをはいており、アオイ王子にサポートを求めるが、もちろんうまくできないのでヒステリーを起こす。そこへさりげなく小㞍が現れて酒井をエスコートし、アコーディオンを使ったパリ風のワルツに乗って、とても洒落た大人のパ・ド・ドゥを踊るのだ。森山版ならではの遊び心あふれるシーンで、型にはまらないカップルであったというコンスエロとサン=テグジュペリの関係を彷彿とさせる。
撮影:宮川舞子
撮影:宮川舞子
バラと別れ、自分の星を出た王子は星々を巡り、家来のいない王さま(島地保武)やうぬぼれ屋(水島晃太郎)、恥ずかしさを忘れたくて酒を飲み続ける呑み助(五十嵐結也)、所有することにとりつかれた実業家(川合ロン)など、数々の「変な大人たち」に出会う。そこにもときどき、「変な大人」の一員として小㞍が登場するのが面白い。呑み助のいるバーに現れて、さりげなく坂本といい雰囲気で飲んでいたり、実業家の部下としてこき使われていたり。大人の悲哀をユーモアでくるんだ優しさも感じられ、小㞍も楽しんで演じているように見えた。ミュージシャンは佐藤公哉と中村大史のたった二人で、チェロやヴィオラ、鉄琴やリードオルガンからタイプライターまで、様々な楽器を駆使して多様な世界観をつくりだす。うぬぼれ屋の星では哀愁のラテン音楽、呑み助の星はナポリ民謡みたいな陽気な音楽が奏でられたりして、場面ごとにがらりと空気が変わるのが楽しい。
地理学者のすすめで地球にたどりついた王子は、自分の星に残してきた大切なバラが、地球ではごくありふれた花だったことに気づく。王子は身も世もなく、全身で泣く。そこへ現れるのがきつね(島地保武)だ。
このきつねはとても誇り高い。王子がさびしがっているからといって、なれなれしく近づいてきて慰めたりはしない。まだお互い「仲良くなっていない」から。信頼関係をつくるには時間が必要なのだ。島地の距離の取り方はとても厳格で、安易に触ろうとすると怒る。島地の手はきつねの形になっていて、変にスタイリッシュだがかわいらしくもある。二人は少しずつ距離を縮めて、最後にきつねは王子の膝にそっと頭をあずける。王子は「大切なものは目に見えない」ことを知る。
ここまで王子の物語を聞いてきた飛行士は、王子の手を取る。二人は井戸を探して、二人三脚のようなステップで走り出す。
適切な距離感を見つけ、身をあずけあうこと、信頼関係を築くことはダンスの大切な要素だと思う。それは、原作に出てくる「飼い慣らす」「仲良くなる」などと訳されるapprivoiserという言葉と、本質的に近いかもしれない。
王子は神秘的なヘビ(森山開次)の力を借りて自分の星へ帰ってゆく。王子が去った地球で、飛行士=小㞍は両手を広げ、飛行機のような、十字架のような形で繰り返し、真上に跳ぶ。シンプルなジャンプだが、目に焼き付いて離れない。舞台の中央で、バラ=酒井が美しく回転を始め、飛行士はその周囲を命がけで回ってゆく。二人は触れあうことはないが、引力で結ばれているように見える。「愛」そのものとしてそこにいられるダンサーは、酒井のほかにいないのではないだろうか。
撮影:宮川舞子
小㞍はサン=テグジュペリについて「大人になったことで、自分は子ども時代の夢をなくしたのでは」とつねに考えていた人ではないかと語っていた。「空を飛ぶ」という夢は死と隣り合わせの行為だが、その夢を抱き続けながら死んでいったのではないかと。仮に王子が飛行士の子ども時代だとすれば、最後に二人は手を取り合い、和解したことになる。
ピュアで強い王子を演じきったアオイと、限りない誠実さで飛行士を踊りきった小㞍、すべてのダンサーとスタッフ、そして優れた構成力と完成で一流の「猛獣」たちを使いこなし、『星の王子さま』の世界を豊かに膨らませた森山に心から拍手を送りたい。
(2023年1月29日 KAAT 神奈川芸術劇場<ホール>)
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