<飛鳥>の里の雅な踊りと竜神たちの棲む<ASUKA>の踊りが共鳴する、日本文化の原郷をファンアタジー絵巻に描いた、牧阿佐美バレヱ団『飛鳥 ASUKA』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

牧阿佐美バレヱ団

『飛鳥 ASUKA』牧阿佐美:改訂演出・振付(『飛鳥物語』1957年初演台本・原振付:橘秋子)

昨年、惜しまれて逝去した牧阿佐美の追悼公演『飛鳥 ASUKA』(全2幕)が、9月3日と4日に東京文化会館で牧阿佐美バレヱ団により上演された。
『飛鳥 ASUKA』は牧阿佐美が「生涯にわたり目指した『世界に発信できる日本のバレエの創造』を具現化したもの」(三谷恭三)であり、さらに加えれば母の橘秋子以来、2代にわたる日本文化を題材とした全幕バレエ創造の一つの結実である。
2016年に初演された『飛鳥 ASUKA』ではスヴェトラーナ・ルンキナとルスラン・スクヴォルツォフが主役を踊ったが、今回の再演では、日本の劇場で初めて日本人ダンサーが春日野すがる乙女(青山季可、中川郁 Wキャスト)と岩足(いわたり=清瀧千晴、水井駿介 W)を踊った。(2019年のマリインスキー劇場プリモルスキー分館公演では青山季可、中川郁と清瀧千晴が踊っている)

牧阿佐美バレヱ団「飛鳥-ASUKA」2022年(春日野すがる乙女)青山季可、(岩足)清瀧千晴 撮影:鹿摩隆司 No_1329.jpg

青山季可(春日野すがる乙女)清瀧千晴(岩足)
撮影/鹿島隆司

牧阿佐美バレヱ団「飛鳥-ASUKA」2022年 撮影:鹿摩隆司 No_1354.jpg

龍の踊り 撮影/鹿島隆司

私は9月3日の初日を観ることができたが見事な舞台だったと思う。特に、青山季可のすがる乙女と清瀧千晴の岩足(いわたり)がこの作品いにふさわしい素晴らしい踊りを見せた。
物語は、橘秋子が『飛鳥物語』を発表した時に、竜神伝説などを良く調べ、詳細に考えていたと思われる。その後、牧阿佐美の改訂を経て『飛鳥 ASUKA』となっている。ここではごく簡単に物語を記し、印象を述べながら全幕を追う。

飛鳥に暮らす青年、岩足は、春日野すがる乙女を妹のように慈しんでとともに育った。しかし、すがる乙女はあまりに美しかったため飛鳥の香土の宮(かぐつちのみや)に預けられる。そして高貴で美しい見事な舞女(まいめ)として成長した。やがて、すがる乙女は最高の舞女として、竜神(菊地研)に奉納されることとなった。奉納が終わると舞女は、奥の院に入り二度と人々の前に姿を表すことはない。

牧阿佐美バレヱ団「飛鳥-ASUKA」2022年(春日野すがる乙女)青山季可、(竜神)菊地研 撮影:鹿摩隆司 No_1623.jpg

青山季可(春日野すがる乙女)菊地研(竜神)
撮影/鹿島隆司

牧阿佐美バレヱ団「飛鳥-ASUKA」2022年(竜剣の舞)阿部裕恵 撮影:鹿摩隆司 No_1114.jpg

阿部裕恵(竜剣の舞)
撮影/鹿島隆司

牧阿佐美バレヱ団「飛鳥-ASUKA」2022年(献舞使) 撮影:鹿摩隆司 No_1158.jpg

献舞使の踊り
撮影/鹿島隆司

牧阿佐美バレヱ団「飛鳥-ASUKA」2022年(五色の布奉納舞)左から光永百花、高橋万由梨、今村のぞみ 撮影:鹿摩隆司 No_1144.jpg

左から、光永百花、高橋万由梨、今村のぞみ(五色の布泰納舞) 撮影/鹿島隆司

巨竜がうごめき、桜が乱れ咲く吉野、不動明王像、月や雲などの目眩くような映像が舞台全面に映り、序曲が演奏される。飛鳥の香土の宮の広場では、舞女奉納の宵宮祭りが行われている。(片岡良和・作曲、デヴィッド・ガルフォース・指揮、東京オーケストラMIRAI・演奏)
「竜面の踊り」(織山万梨子、阿部千尋、濱田雄冴)「竜剣の舞」(阿部裕恵)「五色布奉納舞」(光永百花、高橋万由梨、今村のぞみ)「剣舞使」(塚田渉、京當侑一籠、松田耕平、米倉大陽)などが、雅楽のメロディを思わせるような曲調の音楽と、背景の宮殿の映像とともに踊った。
飛鳥の里の雅やかな宵宮祭りの情景である。
そこに立派に成長した岩足が故郷のこぶしの花を手に、幼なじみのすがる乙女に最後に一目会いたいと現れる。しかし祭司(保坂アントン慶)に強く拒絶される。岩足のすがる乙女への想いを込めたヴァリエーションが踊られる。
清洌な大瀧の映像とともに舞台は、飛鳥の里の背後に聳える山中の竜の降り立つ聖地に変わる。竜神が現れ、竜の使い(ラグワスレン・オトゴンニャム)から、すがる乙女に竜神の愛の珠玉が与えられる。すがる乙女と竜神のパ・ド・ドゥが優しいメロディが流れる中で踊られる。突然、嫉妬した竜神の妃、黒竜(佐藤かんな)が現れて珠玉を取り返そうとする。しかしやがては、すがる乙女の手に珠玉は収まった。
香土の宮の奥の院では、すがる乙女が身を清めようと、衣をこぶしの花の枝にかけて滝に向かう。

牧阿佐美バレヱ団「飛鳥-ASUKA」2022年(竜神)菊地研、(岩足)清瀧千晴 撮影:鹿摩隆司 No_1418.jpg

菊地研(竜神)清瀧千晴(岩足)
撮影/鹿島隆司

牧阿佐美バレヱ団「飛鳥-ASUKA」2022年(竜神の使い)ラグワスレン・オトゴンニャム、(春日野すがる乙女)青山季可、(岩足)清瀧千晴 撮影:鹿摩隆司 No_1366.jpg

ラグワスレン・オトゴンニャム(竜の使い)青山季可(春日野すがる乙女)清瀧千晴(岩足)
撮影/鹿島隆司

一方、岩足はすがる乙女に会いたい一心で奥の院まで忍び込んでくる。そしてやっとの思いで、すがる乙女と出会うことが出来た。竜神に仕える身から、一時は厳しく身構えたすがる乙女も、故郷のこぶしの花を捧げられて、遠い昔の親しかった岩足を思い出す。
ここで二人が幼い日々を思い出しながら踊るパ・ド・ドゥは、抒情的でやさしく美しい。二人の心が順々と溶け合っていく様子が感じられる素敵なシーンとなった。音楽も良かった。決して俗流に陥らず、美しく格調のある調べで二人の心と身体を一緒に踊らせた。青山季可はバレエの身体に日本的な抒情をまろやかに込めて踊り、アームスがきれいだったので見惚れてしまった。清瀧千晴もピュアな心情を秘めた率直な踊りで、岩足はまさにはまり役だった。
その二人の姿を竜神は見ていた。そして雄竜(塚田渉)が二人を引き剥がす。岩足はこぶしの花を手にして懇願するが竜神に拒否される。悲しみのヴァリエーションを踊り、岩足は絶望して気を失う。

牧阿佐美バレヱ団「飛鳥-ASUKA」2022年(銀竜)近藤悠歩、日有梨 撮影:鹿摩隆司 No_1531.jpg

近藤悠歩、日髙有梨(銀竜)撮影/鹿島隆司

牧阿佐美バレヱ団「飛鳥-ASUKA」2022年(紅竜)水井駿介、上中穂香 撮影:鹿摩隆司 No_1511.jpg

水井駿介、上中穂香(紅竜)撮影/鹿島隆司

牧阿佐美バレヱ団「飛鳥-ASUKA」2022年(岩足)清瀧千晴 撮影:鹿摩隆司 No_1204.jpg

清瀧千晴(岩足)撮影/鹿島隆司

牧阿佐美バレヱ団「飛鳥-ASUKA」2022年(黒竜)佐藤かんな 撮影:鹿摩隆司 No_1733.jpg

佐東かんな(黒竜)撮影/鹿島隆司

第2幕は気絶した岩足の幻想であるかのように、竜の映像とともに始まり、竜の棲む山奥ですがる乙女が竜神の妃となるシーン。竜神は妃の冠をすがる乙女に与え、紫竜、青竜、紅竜、銀竜、金竜、黄竜などが踊る。パ・ド・シス、トロワ、パ・ド・ドゥ、ソロなど竜たちは、第1幕の飛鳥の里の宵宮祭りの典雅な踊りとコントラストをなす奔放で躍動的な踊りを展開する。そして、竜神とすがる乙女のグラン・パ・ド・ドゥとなる。菊地研の竜神が悠々とすがる乙女を包み込むように踊った。
愛の珠玉を手にしたすがる乙女のもとへ再び黒竜が現れて、こぶしの花を手渡す。すがる乙女はこぶしの花に岩足を偲ぶ踊り。その隙に黒竜は珠玉を奪い、谷底に捨ててしまう。竜神の愛を失ったすがる乙女は苦しみ、こぶしの花を手にとって倒れる。竜神は激怒し、黒竜を灼熱の中に追いやる。竜神の苦悩のヴァリエーション。
黒竜を踊った佐藤カンナは力強い踊りで、すがる乙女に対抗する強い存在感を表した。

牧阿佐美バレヱ団「飛鳥-ASUKA」2022年 撮影:鹿摩隆司 No_1429.jpg

菊地研(竜神) 撮影/鹿島隆司

気絶していた岩足はこぶしの花の下で目覚め、すがる乙女の衣を見つける。そこに今にも息が絶えそうなすがる乙女がヨロヨロと現れる。驚いた岩足は抱きとめて助け、優しく労わる。そして岩足と瀕死のすがる乙女の救いのない哀しみのパ・ド・ドゥとなり、やがてすがる乙女は息たえる。

1957年に橘秋子が演出・振付けた『飛鳥物語』を、およそその60年後、牧阿佐美が大胆な改訂を加えて演出・振付けた。奈良県出身の洋画家、絹谷幸二の作品をプロジェクションマッピングを駆使して、壮大なファンタジー絵巻として舞台に表した。このバレエの舞台の表現の変革によって、インターナショナルな文化が花開いていた飛鳥時代が、ヴァーチャルな現実として舞台に姿を表した。登場人物たちが呼吸を始め、宵宮の祭礼が動き、こぶしの花が香り、大滝の飛沫が霧となり、竜神とその眷属が躍動し、小鳥が飛び、風が渡り、落ち葉が舞った。
そして<飛鳥>の里の華やかな祭礼を祝う踊りと、その背後の山塊に棲む竜神とその眷属たちの躍動する
<ASUKA>の踊りが、シンフォニックに共鳴して、日本文化の原郷がバレエ・ファンタジーの絵巻となり、21世紀の観客たちの心へと届けられたのである。
『飛鳥 ASUKA』は、日本の文化を題材とした日本発のオリジナルの全幕バレエであり、唯一の10回もの再演を重ねている作品である。私は今回の『飛鳥 ASUKA』を観て、日本発のバレエの現在の位置を実感し、確認することができたと思う。今後は、この地点からバレエを追って行こうと思った。
(2022年9月3日 東京文化会館 大ホール)

牧阿佐美バレヱ団「飛鳥-ASUKA」2022年 撮影:鹿摩隆司 No_1727.jpg

撮影/鹿島隆司

⚫︎『飛鳥物語』と『飛鳥 ASUKA』

牧阿佐美バレヱ団の『飛鳥 ASUKA』には歴史がある。
『飛鳥物語』(2幕7場)は牧阿佐美バレヱ団結成2作目として、1957年4月に大手町サンケイホールで初演された。演出・振付は橘秋子、音楽は宮内庁楽部楽長の薗広茂が編曲指導を行った雅楽とピアノ演奏。牧阿佐美、大原永子、福田政夫主演である。当時、橘秋子は、日本の豊かな精神文化をモティーフにしたバレエを創作することを目指し、日本に古代から伝わる雅楽、小笠原礼法、茶道、華道、滝行などを橘バレエ学校のバレエ教育にも加えていた。そして西洋で発展してきたバレエを日本古来の音楽の雅楽にせて踊る、という芸術的な試みをもって『飛鳥物語』は創作された。
初演から5年後の1962年『飛鳥物語』の大幅な改訂版が再演された。まず、音楽は当時弱冠25歳の新進の作曲家、片岡良和に委嘱された。さらにシノプシスも大幅に改訂され、岩足(いわたり)という新しいキャラクターが登場し、春日野すがる乙女との純愛をめぐる挿話が加わった。この公演では、春日野すがる乙女を踊る予定だった牧阿佐美が、本番3日前にアキレス腱を切る、という重大なアクシデントに見舞われた。しかし、大原永子が代役を踊って辛うじて窮地を切り抜けた。その後、若き日の舞台美術家の前田哲彦に衣装を依頼するなどの改訂も加えつつ、牧阿佐美バレヱ団の節目節目に再演を5回重ねている。その間、1971年に橘秋子は逝去した。
そして2016年、初演より半世紀以上の年月を経て、牧阿佐美の改訂演出・振付により、21世紀の日本のバレエとして再演されている。

9月6日には新国立劇場において「牧阿佐美 お別れ会」が行われた。また、追悼文集「牧阿佐美」も刊行された。
詳細は https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/tokyo/detail028435.html

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る