美しいエスメラルダをめぐって凄絶な愛の情熱が交錯するプティの傑作『ノートルダム・ド・パリ』、牧阿佐美バレヱ団が6年ぶりに上演

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

牧阿佐美バレヱ団

『ノートルダム・ド・パリ』ローラン・プティ:振付

牧阿佐美バレヱ団がローラン・プティの振付・台本による『ノートルダム・ド・パリ』全2幕を、日本初演(1998年)以来8回目となる上演を行った。2020年3月に上演する予定だったが新型コロナ禍のために延期されて、6年ぶりの上演である。(初演は1965年パリ・オペラ座バレエ)
カジモド役はパリ・オペラ座バレエ、エトワールのステファン・ビュリオンと菊地研、エスメラルダ役にはローマ歌劇場バレエのエトワール、スザンナ・サルヴィと青山季可、フェビュス役に国立アスタナ・オペラ・バレエのプリンシパル、アルマン・ウラーゾフ、フロロ役は水井駿介とラグワスレン・オトゴンニャムというキャストだった。

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牧阿佐美バレヱ団「ノートルダム・ド・パリ」2022年 撮影/鹿摩隆司

周知のようにこのバレエの原作『ノートルダム・ド・パリ』は、フランス19世紀ロマン主義を代表する作家ヴィクトル・ユゴーの傑作。15世紀パリのノートルダム大聖堂を舞台として、宿命的な愛と嫉妬、情熱などの感情の究極的な展開を壮大なスケールと詩情をもって描いており、日本語訳の文庫本は上下2冊で1000ページを越える長編小説。今日でも多くの人々に読まれている。他にバレエ化した舞台としては、今年3月に日本バレエ協会が上演した『ラ・エスメラルダ』(ジュール・ペロー振付、ユーリ・ブルラーカ復元振付)がよく知られている。ペローのヴァージョンは、タイトル通りにエスメラルダをヒロインとしたロマンティック・バレエで、ハッピーエンドとなっている。
ローラン・プティの『ノートルダム・ド・パリ』は、ギリシャ演劇が少数の俳優と合唱団とによって演じられたように、主役4人とコール・ド・バレエにより舞台が作られている。主役は、ノートルダム大聖堂の異形の鐘撞き男カジモド、ジプシーの美しい娘エスメラルダ、司教代理フロロ、歩兵隊隊長フェビュスで、他に原作に登場する詩人グランゴワール、エスメラルダの母、フロロの弟などはカットされ、エスメラルダをめぐる愛憎劇に絞られている。
動きはもちろんプティ流だが、身体の一部分を激しく動かしたり、関節を90度に曲げたまま動くなど、極端な動きが多い。特にカジモドは特異な動きで、右肩を極端に落とし、片腕をブラブラさせるポーズを起点として、醜い身体の動きの中にグロテスクの美を秘めている。顔は終始うつむいているが、時折、顔をあげ暗い表情も見せる。
コール・ド・バレエは、両手のひらを広げ素速く小刻みに反復させて全否定を表明する「イヤイヤイヤ」といったものなどもあって、理性を超越した集団の情念が感じられる動きを使い、パリの民衆のグロテスクなエネルギーを表す。フォーメーションはラインを作ったり、大きな長方形をなして舞台を占拠したり、ミュージックホールの舞台を思わせるものもあった。
音楽は『アラビアのロレンス』などの映画音楽の作曲家として知られるモーリス・ジャール。打楽器を劇的かつ効果的に使った大編成のオーケストラで、ノートルダムの巨大空間を感じさせた。
装置はルネ・アリオで、巨大な鐘を吊るし、禍々しい絞首台といった具体的でリアルな作り物と、巨大寺院の内部空間のシルエットや階段、パネルなど抽象的にデフォルメされたセットを、巧みに組み合わせてフランス中世の暗鬱な雰囲気を醸す。そして衣装は、イヴ・サン=ローランの大胆なデザインと色彩もまた踊るとでもいうように、華麗な原色系の色彩を大きく現す。コール・ド・バレエのフォーメーションとともにこの鮮やかな原色が舞台上で交錯し、貴族と民衆のコントラストを際立たせている。しかし第2幕では、美しいエスメラルダの死を悼むかのように黒のモノトーンを基調としている。

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アルマン・ウラーゾフ 撮影/鹿摩隆司

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スザンナ・サルヴィ、アルマン・ウラーゾフ 撮影/山廣康夫

冒頭は、有力な貴族たちが中世パリを支配していたことを色彩の配置によって示している。続いて異形のカジモドをウラの法皇として囃したてる、道化の祭りが繰り広げられる。しかし、身寄りのないカジモドを育てた司教代理のクロード・フロロ(黒づくめの衣裳に白塗り顔に隈取り)が現れ、たちまちカジモドは恐れ入る。フロロは、ノートルダム大聖堂の広場で踊る美しいジプシーの娘エスメラルダに魅了され、彼女が鳴らすタンバリンの音が心の奥くで鳴り続け、聖職者にあるまじき肉欲に苦悶する。
フロロはカジモドにエスメラルダを誘拐してくるように命じ、二人の追跡劇が魑魅魍魎が出没する「奇跡小路」(昼は繁華街で不自由な身体で同情を誘って物乞いをしても、夜はたちまち健常な姿になる、という奇跡が起こる小路)で展開される。追い詰められたエスメラルダを歩兵隊隊長フェビュスが救い、カジモドを捕らえる。カジモドはムチ打ちの刑などで厳しく処罰され息も絶え絶えの中、エスメラルダに一杯の水を恵まれ、生まれて初めて真実の優しさに触れ感動。エスメラルダは美男のフェビュスを深く愛するようになる。
エスメラルダは居酒屋でフェビュスに抱かれるが、嫉妬に狂ったフロロが忍び寄り、短刀をかざして襲い掛かる。このフェビュス殺しのシーンが1幕のクライマックス。パ・ド・トロワで踊られるが、愛を語り合う二人に、悪魔に取り憑かれたように凄まじい嫉妬に突き動かされるフロロ・・・。プティらしい身体表現によって表された迫力のあるシーンだった。エスメラルダはフロロが犯した殺人の罪を、濡れ衣を着せられて裁判に掛けられ、絞首台に連行される。処刑の寸前にカジモドがエスメラルダを救出し、彼女とともに法の力の及ばないノートルダム大聖堂の中に逃げ込む。

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菊地研、青山季可、アルマン・ウラーゾフ、水井駿介 撮影/鹿摩隆司

07牧阿佐美バレヱ団「ノートルダム・ド・パリ」菊地研(カジモド)、青山季可(エスメラルダ)撮影:鹿摩隆司 2022年No_2836.jpg

青山季可、菊地研 撮影/鹿摩隆司

2幕はノートルダム大聖堂の中、鐘楼を背景にカジモドとエスメラルダの心の交流が踊られる。しかし、フロロがエスメラルダを見つけ出す。欲望に駆られて口説するフロロを拒絶するエスメラルダ。このエスメラルダとフロロのパ・ド・ドゥも、おおいに見応えがあった。
しかしついにはエスメラルダは捕らえられて、絞首刑に処せられる。美しい娘の悲しい死。どこからとなくカジモドが現れ、エスメラルダの死体を奪う。そして恩人だが、狡猾な手段でエスメラルダを死に追いやったフロロを締め殺し何処へか去った・・・。
原作では、このおよそ2年後、モンフォーコンの墓場を掘り出した時、「二つの骸骨が見つかった。その一つは奇妙な格好で、もう一つのものを抱きしめていた。・・・この骸骨を、その抱きしめている骸骨から引きはなそうとすると、白骨はこなごなに砕け散ってしまった」となっている。

04牧阿佐美バレヱ団「ノートルダム・ド・パリ」ステファン・ビュリオン、スザンナ・サルヴィ 2022年(撮影:山廣康夫)ND22-2312.jpg

スザンヌ・サルヴィ、ステファン・ビュリオン 撮影/山廣康夫

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ラグワスレン・オトゴンニャム  撮影/山廣康夫

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青山季可 撮影/鹿摩隆司

青山季可のエスメラルダは、フェビュス、カジモド、フロロの人物たちと踊って、それぞれとの関係を細やかな表情と繊細な踊りによって表した。クラシックに慣れた身体から『アルルの女』のヴィヴェットを踊り、さらにエスメラルダを踊って、ローラン・プティ独特の表現を一段と深めて表した。エスメラルダの美しさだけでなく、母性的な魅力をもたくまずして表していたと感じられた。スザンナ・サルヴィのエスメラルダは彼女が描く思いを表しており、その美しさにも説得力があった。
ステファン・ビュリオンのカジモドは、登場してすぐに明快な表現を見せ、たちまち観客を魅了してしまった。さすがの表現力というべきだろう。菊地研はカジモドの内面を、単純な憐れみの表現に陥らないように上手く表して、経験豊かなところを見せた。
水井駿介はフロロを強いテクニックで熱演し、オトゴンニャムも安定した表現で踊りきった。
コール・ド・バレエは一人ひとりがローラン・プティの『ノートルダム・ド・パリ』の世界観を、よく理解して表現を作っていたと思う。
無論、新型コロナ禍の影響は未だに舞台裏にも残っている。そうした中で自分自身の表現を整え、コンビネーションを磨いていくことは大変なことなのだろう、と推察する。しかし、ダンサーとスタッフはローラン・プティ独特の難しい表現に挑戦し、20世紀の傑作の見事な舞台を作った。賞賛に値する公演だと思う。
(2022年6月11日、12日 東京文化会館大ホール)

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水井駿介 撮影/鹿摩隆司

09牧阿佐美バレヱ団「ノートルダム・ド・パリ」水井駿介、菊地研、青山季可 2022年(撮影:鹿摩隆司)No_2679.jpg

水井駿介、菊地研、青山季可 撮影/鹿摩隆司

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