東京の追加公演が決まった、モスクワ・クラシック・バレエの愛らしくて楽しい『くるみ割り人形』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

ロシア国立モスクワ・クラシック・バレエ

『くるみ割り人形』ウラジーミル・ワイノーネン、ナタリア・カサトキナ、ウラジーミル・ワシリョーフ:振付

モスクワ・クラシック・バレエが2017年から4年ぶりに来日、『くるみ割り人形』の公演を行った。このカンパニーからは、かつてはイレク・ムハメドフやガリーナ・ステパネンコなどが巣立ち、1990年代にはウラジーミル・マラーホフやイルギス・ガリムーリン、成澤淑榮などのダンサーたちが踊って日本公演を行い大変な人気だった。当然のことだが、今日ではダンサーたちもすっかり世代交代しており、この公演でマーシャを踊ったマリーナ・ヴォルコワ、王子を踊ったアルチョム・ホロシロフ、ハンスを踊ったガジムラット・ダーエフ、ガリムーリンと成澤夫妻の愛娘で「新しい人形」と中国の踊りを踊った成澤ガリムーリナ・マイカなどが中心となって、名前の通りクラシカルな魅力が光る舞台を作っている。
芸術監督は1977年以来ともにボリショイ・バレエ出身のナタリア・カサトキナと夫のウラジーミル・ワシリョーフが務めていた。ワシリョーフが亡くなり1998年からはカサトキナが芸術監督。この二人は多くの作品を振付けており、『ロミオとジュリエット』『天地創造』などがよく知られている。

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マリーナ・ヴォルコワ、セルゲイ・クジミン
撮影:瀬戸秀美

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撮影:瀬戸秀美

バレエ『くるみ割り人形』には、E.T.A.ホフマンの原作小説『くるみ割り人形と鼠の王様』、デュマ・ペールによる小説の翻案、プティパの覚え書、2種類の台本などの資料が残されている。今日ではこれらとともにチャイコフスキーの音楽を考察し、多くの振付家が実にさまざまな演出・振付を行っている。実際には、ひとつのカンパニーにそれぞれ独自の『くるみ割り人形』がある、と言っても過言ではないほど。
とは言え、1892年に初演された『くるみ割り人形』上演史のなかで最も重要なのは、ワイノーネン版(1934年)だろう。このヴァージョンでは主人公の少女をクララではなくマーシャと名付けて大人のバレリーナが踊る役とし、クリスマスプレゼントに貰ったくるみ割り人形が王子に変身。マーシャは王子とパ・ド・ドゥを踊る夢を見る、という筋立てで、1幕と2幕を通して主人公に一貫性を持たせた。
カサトキナ&ワシリョーフの『くるみ割り人形』はワイノーネン版に準拠しているので、主人公の名前はマーシャ。第1幕のクリスマス・パーティではドロッセルマイヤーが用意した、人形の王女、王子に対してのネズミの復讐が劇中劇として演じられる。マーシャはそこで王子が醜い顔に変えられてしまったのを見て泣いてしまう。この人形劇がマーシャに影響を与える。
マーシャはみんなが寝静まったのち、お気に入りのくるみ割り人形が心配になり、人形を寝かせたクリスマスツリーの下に戻り、そのまま眠ってしまい夢を見る。12時になるとネズミの女王や七つ頭を持つネズミの王子が登場して戦いが始まり、マーシャも巻き込まれる。マーシャは人形劇を観て、彼女を助けにきたくるみ割り人形がネズミの女王に襲われることを察知、咄嗟に靴を投げつけて彼を助ける。マーシャは、ただ可愛いだけの少女ではなく、窮地を脱することのできる女性となった。そしてさらに経験を重ね、終幕のクライマックスでマーシャは大人の女性として王子とパ・ド・ドゥを踊る・・・。思春期の少女の憧憬が、大人の女性として王子と踊る、夢として表現されている。

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撮影:瀬戸秀美

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撮影:瀬戸秀美

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撮影:瀬戸秀美

カサトキナ&ワシリョーフのヴァージョンは、ワイノーネン版で採り入れられた人形の劇中劇をE.T.A.ホフマンの原作が表しているドラマとして描いて、マーシャの成長を表現しようと試みている。ネズミの王子が七つの頭を持っているのは、原作のイメージを使っているが、ここではネズミの女王が活躍してたくさん踊り、ダンスシーンを作って戦いの迫力をうまく演出している。また、ドロッセルマイヤーもフィリップも踊りのシーンが多く、全体に躍動感のある舞台になっている。
マーシャを踊ったマリーナ・ヴォルコワは、エイフマン・バレエで踊っていたそうだが、手足が長くスタイルが良い。そしてよく動く。余裕のある踊りだった。「新しい人形」と中国の踊りを踊った成澤ガリムーリナ・マイカは品が良く、とても可愛らしい存在感を見せて踊り、大きな拍手をもらっていた。ネズミの女王を踊ったベラルーシ国立舞踊学校出身のイリーナ・ドヴィドフスカヤは、悪の存在感を表す踊りで舞台を引き締めた。
そして今回公演では予定されていなかった東京会場が追加公演されることになった。このロシア的な情趣が溢れる魅力的なヴァージョンは楽しく、一見の価値がある。
詳細は https://www.koransha.com/ballet/moscow/

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成澤ガリムーリナ・マイカ、ウラジスラフ・ドヴェンコ
撮影:瀬戸秀美

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撮影:瀬戸秀美

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撮影:瀬戸秀美

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撮影:瀬戸秀美

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撮影:瀬戸秀美

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撮影:瀬戸秀美

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撮影:瀬戸秀美

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撮影:瀬戸秀美

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