〈第16回 世界バレエフェスティバル〉が海外から23名ものスターダンサーを招いて開催され大きな喝采を浴びた

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

〈第16回 世界バレエフェスティバル〉Aプログラム

『ゼンツァーノの花祭り』オーギュト・ブルノンヴィル:振付、オニール 八菜、マチアス・エイマン:出演ほか

3年に一度のバレエの祭典、〈第16回 世界バレエフェスティバル〉が東京で開催された。新型コロナの感染拡大による緊急事態宣言が発令される中、1年遅れの東京五輪が閉幕し、パラリンピックが開幕するまでの間を埋めるように、"バレエのオリンピック"とも称される〈世界バレエフェスティバル〉が無事に行われたことは嬉しい限りだ。コロナの影響で出演者や演目の変更が相次いだものの、スヴェトラーナ・ザハロワやアレッサンドラ・フェリ、マチュー・ガニオ、キム・キミンら、海外から総勢23人の名だたるダンサーを招いて、AとBの2種のプログラムで開催された。入場の際に、検温や手指消毒が求められ、テロ対策として簡単な手荷物検査も行われたが、会場に入れば、ロビーには出演するダンサーたちの踊る姿が描かれた布が吊るされ、祝祭的な雰囲気に満ちていた。この時期、東京では新型コロナ感染者が急増していたこともあり、様々な制約をクリアして参加してくれたダンサーたちに感謝の気持ちも込めて、踊った演目のすべてについて、短くても紹介したいと思う。ここではAプロに絞り、Bプロについては別項で取り上げたい。

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『ゼンツァーノの花祭り』
© Kiyonori Hasegawa

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『パーシスタント・パースウェイジョン』
© Kiyonori Hasegawa

第1部で最初に登場したのは、パリ・オペラ座バレエ団のオニール八菜とマチアス・エイマンで、演目は『ゼンツァーノの花祭り』(振付:オーギュスト・ブルノンヴィル)。エイマンの柔らかな跳躍と音のしない着地が見事で、八菜の端正な足さばきと相まって、明るく幕開けを飾った。『ロミオとジュリエット』より第1幕のバルコニーのパ・ド・ドゥ (振付:レオニード・ラヴロフスキー)を踊ったのは、〈世界バレエフェス〉初登場のロシアのカップル。ウラジーミル・シクリャローフ(マリインスキー・バレエ)はおおらかなジャンプやジュリエットをリフトしての回転で恋する喜びを溢れ出させ、オリガ・スミルノワ(ボリショイ・バレエ)はロミオに呼応したしなやかな身のこなしで、高まる心を瑞々しく表現した。
『パーシスタント・パースウェイジョン』(振付:ジョン・ノイマイヤー)を踊ったのは、やはり〈バレエフェス〉初登場のハンブルク・バレエ団の菅井円加とアレクサンドル・トルーシュ。リフトを多用した、きびきびとしたやりとりの中に、ほのぼのとした心の通い合いもうかがえた。『オネーギン』より第1幕のパ・ド・ドゥ(振付:ジョン・クランコ)は、タチヤーナが夢の中で憧れのオネーギンと踊るシーンで、オペラ座のドロテ・ジルベールがシュツットガルト・バレエ団のフリーデマン・フォーゲルと組んで踊った。ジルベールはオネーギンへの溢れる思いを楚々として表現し、フォーゲルは、タチヤーナの夢の中の踊りなので、オネーギン自身の感情は抑え、彼女が望むように抱きとめ、リフトするなど、彼女の恋心を増幅させ、余韻を残して去っていった。

第2部は、〈世界バレエフェスティバル〉で何度も名演を披露し、今年鬼籍に入った2人のダンサーの追悼で始まった。一人は"イタリアの名花"とうたわれたカルラ・フラッチで、5回参加した中の『ラ・シルフィード』の映像が紹介された。もう一人は"オペラ座の恐るべき子供"の異名を取ったパトリック・デュポンで、〈バレエフェス〉には4回出場。全幕特別プロの『白鳥の湖』の道化役での驚異的なピルエットや、『ドン・キホーテ』での破天荒なまでの豪快な回転技や跳躍が映し出されると、客席からは笑い声が漏れ、拍手が沸き起こった。確かに彼は稀有のダンサーだった。お二人のご冥福を祈ります。

〈追悼〉に続いて、『白鳥の湖』(振付:パトリス・バール)より第1幕のジークフリート王子のソロを、アメリカン・バレエ・シアターとベルリン国立バレエ団で活躍するダニール・シムキンが踊った。理想の生き方を求める王子の憂いを、しなやかな身のこなし、繊細なステップで表現。かつては超絶技巧でアピールしていたシムキンの成長ぶりがうかがえた。『ジュエルズ』より"ダイヤモンド"(振付:ジョージ・バランシン)を踊ったアマンディーヌ・アルビッソンとマチュー・ガニオは、まばゆいばかりの衣裳に身を包み、オペラ座のペアならではの洗練された典雅なパフォーマンスで魅了した。男性の見せ場がない演目だが、相手の美しさを引き出すようなガニオのサポートが光った。
英国ロイヤル・バレエ団の金子扶生とワディム・ムンタギロフが演じたのは、『マノン』より第1幕の寝室のパ・ド・ドゥ(振付:ケネス・マクミラン)。デ・グリューに甘える金子の無垢な可愛らしさが引き立ち、ムンタギロフは彼女の誘いにあらがえずに抱きしめ、共に床を転がりと、情熱をほとばしらせた。アレッサンドラ・フェリとマルセロ・ゴメスが踊ったのは、『ル・パルク』(振付:アンジュラン・プレルジョカージュ)より男女の恋愛の最終段階を表す"解放"のパ・ド・ドゥ。逞しいゴメスと小柄なフェリは、モーツァルトのピアノ協奏曲第23番のアダージオ楽章にのせて、互いの心を探るように身体を絡ませ、むつみ合い、ゴメスがフェリのキスを受けたまま旋回し続ける衝撃的な"フライング・キス"で頂点に達した。一切の虚飾を脱ぎ捨てたような2人のピュアな魂が響き合っていた。次は、〈バレエフェス〉初登場のロシアのカップルによる『海賊』(振付:マリウス・プティパ)。ボリショイ・バレエのエカテリーナ・クリサノワは正確でパワフルな演技で圧倒し、マリインスキー・バレエのキム・キミンのダイナミックなジャンプやピルエットと相まって会場を沸かせた。キムは長身で立ち姿も美しく、スター性は十分。

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アレッサンドラ・フェリ、マルセロ・ゴメス
© Kiyonori Hasegawa

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『海賊』エカテリーナ・クリサノワ、キム・キミン
© Kiyonori Hasegawa

第3部は『スワン・ソング』で始まった。ジョルジオ・マディアが恩師・ベジャールのインタビューに創意を得て、元同僚で今はモーリス・ベジャール・バレエ団芸術監督のジル・ロマンのために創作したもの。紗幕の後ろで彼がゆるやかに動き、腕を回したりすると、幕の上にその軌跡が帯状にたなびくように現れては消えていく。繊細な創作の原点に触れる思いがした。『オネーギン』より第3幕のパ・ド・ドゥでは、フォーゲルが再び登場し、同じシュツットガルト・バレエ団のエリサ・バデネスと組んで踊った。オネーギンが美しい公爵夫人になったタチヤーナの愛を得ようと激しく迫るものの拒絶されるクライマックス・シーン。バデネスが、必死にすがりつくフォーゲルから逃れようとしていて思わず抱きしめてしまうと、フォーゲルは何度も彼女をリフトする。激しく掲げ上げられるたびに、バデネスは身悶えながらタチヤーナの揺れる心の内を表現し、最後にオネーギンへの想いを断ち切るように手紙を突き返す。絶望してフォーゲルが走り去った後、哀しみこらえて佇むバデネスの姿に、物語のドラマが凝縮されていたようにみえた。

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『オネーギン』エリサ・バデネス、フリーデマン・フォーゲル © Kiyonori Hasegawa

Aプロだけ出演のボリショイ・バレエのスヴェトラーナ・ザハロワは『瀕死の白鳥』(振付:ミハイル・フォーキン)を踊った。やわらかく腕を羽ばたかせ、繊細なパ・ド・ブーレでステージを移動する姿は幻想的で、両手を重ねて頭上高く伸ばしてから、静かに床に崩れ伏していく最期に、生へのいとおしさが感じられた。ザハロワの格調高い演技に息を呑む思いがした。トリを務めたのはボリショイ・バレエのマリーヤ・アレクサンドロワとヴラディスラフ・ラントラートフで、踊ったのは『ライモンダ』(振付:マリウス・プティパ)。フェスティバルの締めとしては地味な演目に思えたが、2人とも一つ一つのステップを丁寧にこなし、鮮やかな演技で古典の様式の美しさを印象づけた。
フィナーレで全員が登場すると舞台が暗くなり、後の壁一面にカラフルな花火が盛大に打ち上げられた。プロジェクションマッピングだが、コロナ禍により鬱積している人々の不満を一挙に吹き飛ばそうとでもするように、花火は客席前方の天井や両脇の壁にまで投影され、晴れやかな雰囲気のうち、バレエの祭典は幕を閉じた。厳しい状況の中、各国の優れたダンサーによる極上のバレエを味わうことのできる幸せに浸った一日だった。
(2021年8月14日 東京文化会館)

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