フィナーレではマッピングによる花火とともに"Arigato"が浮かび上がり、〈第16回世界バレエフェスティバル〉は幕を下ろした

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

〈第16回 世界バレエフェスティバル〉Bプログラム

『グラン・パ・クラシック』ヴィクトル・グゾフスキー:振付、菅井円加、ダニール・シムキン出演ほか

3年に一度のバレエの祭典、〈第16回 世界バレエフェスティバル〉が東京で開催された。Aプロの項で書いたように、新型コロナによる緊急事態宣言が発令中のおり、東京五輪とパラリンピックの間を埋めるように、この"バレエのオリンピック"が行われた。コロナの影響で出演者や演目の変更が相次いだものの、スヴェトラーナ・ザハロワ(Aプロのみ)やアレッサンドラ・フェリ、マチュー・ガニオ、キム・キミンら、海外から総勢23人の輝けるダンサーの参加が得られたことは喜ばしい限り。AとBの2種のプログラムで開催されたが、ここではBプロについて取り上げる。コロナ禍で参加してくれたダンサーに敬意を表したく、すべての演目について、短くても触れたいと思う。なお、ダンサーの所属するバレエ団の名称は、ここでは省略した。

249A0359_photo_Kiyonori-Hasegawa.jpg

© Kiyonori Hasegawa

第1部の幕開けは、菅井円加とダニール・シムキンによる『グラン・パ・クラシック』(振付:ヴィクトル・グゾフスキー)。菅井はバランスもポアントワークもフェッテも的確にこなし、シムキンはしなやかなジャンプで着地も決め、2人で華やかにオープニングを飾った。『スティル・オブ・キング』は、ヨルマ・エロが、ハイドンの交響曲「軍隊」の第1楽章を用いて、マルセロ・ゴメスのために振付けたソロ作品。黒タイツのみのゴメスは、次々に不可思議なポーズを取り、何かに抗うのか身体のパーツをバラバラに操り、絶えず動きを変え、しまいに仰向けに倒れて終わる。ゴメスの強靭な身体性を活かした作品だった。『トゥー・ルームズ』(振付:イリヤ・ジヴォィ)を踊ったのは、マリーヤ・アレクサンドロワとヴラディスラフ・ラントラートフ。2020年のパンデミックの最中に構想したそうで、左右に離れた空間で踊っていた男女がやがて出会い、もつれ合い、距離を縮めるが、抱き合った一瞬、唐突に終わるという暗示的なものだった。2人の個性が響き合い、緊張感のあるパフォーマンスになった。背後に投影される、刻々と変化する記号のような白い模様も効果的だった。
現代作品が続いた後は『白鳥の湖』より"黒鳥のパ・ド・ドゥ"(振付:マリウス・プティパ)で、踊ったのはエリサ・バデネスとワディム・ムンタギロフ。王子を惑わしながら巧みに惹きつけるオディールと、疑惑を抱きながらもオディールを受け入れる王子のスリリングなやり取りが見ものの場面。バデネスはやや癖のある演技ながら艶めかしい仕草や頼もしいフェッテで勝負し、ムンタギロフは美しい姿勢を保ちながら鮮やかにジャンプや回転技をこなした。

第2部は、Aプロと同様、〈世界バレエフェスティバル〉で名演を披露し、今年鬼籍に入った2人のダンサーの追悼で始まった。一人は"イタリアの名花"とうたわれたカルラ・フラッチで、5回参加した中から『シェエラザード』と『レ・シルフィード』の映像が紹介された。もう一人は"オペラ座の恐るべき子供"の異名を取ったパトリック・デュポンで、〈バレエフェス〉に出場したのは4回だが、オペラ座の日本公演や自身が座長を務めたグループのツアーを含めて何度も来日している。ベジャールが彼のために創作した『サロメ』のドレス姿のデュポンが映されたが、ヨカナーンの首に口づけするシーンからは、その倒錯的な作品の世界が匂ってきた。確かに彼は"バレエ界の寵児"だったと懐かしく思い出す。お二人のご冥福を祈ります。

20210819_WBF_B_Three-Preludes_249A0870_photo_Kiyonori-Hasegawa.jpg

© Abcdfefghijklmn Opqrstu Vwxyz

〈追悼〉の後は、『ジュエルズ』より"ダイヤモンド"(振付:ジョージ・バランシン)。Aプロで踊ったフランスのペア同様、ロシアのオリガ・スミルノワとウラジーミル・シクリャローフが、端正に優雅に踊り収めた。『3つのプレリュード』(振付:ベン・スティーヴンソン)では、アマンディーヌ・アルビッソンとマチュー・ガニオが、ピアニスト(菊池洋子)が弾くラフマニノフの前奏曲にのせて踊った。1曲目、最初のうちバーの両端でレッスンしていた2人だが、ガニオはアルビッソンをバーの上に立たせたり、リフトしたり、抱き合ったりもした。バーが片づけられた2曲目と3曲目では、感情が高まるままに、2人はより密に絡み合い、美しいポーズを際立たせながら、伸び伸びと踊り続けた。第2部の最後はAプロと同じく『海賊』(振付:マリウス・プティパ)。Aプロのロシアのペアと競わせたいのか、Bプロではフランスのペア、オニール八菜とマチアス・エイマンが踊った。最初はやや控え目に見えたが、次第に調子を上げ、八菜はダブルを入れたフェッテで、エイマンは豪快なジャンプやピルエットで盛り上げた。ただ、エイマンの良さが光るのは他の演目ではと思った。

第3部は、今回の〈バレエフェス〉で最も注目を集めた演目、アレッサンドラ・フェリとジル・ロマによる『椅子』だった。モーリス・ベジャールが、不条理劇の作家、ウージェーヌ・イヨネスコの戯曲を基に、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』より「前奏曲」と「愛の死」を用いて創作した30分もの長大なパ・ド・ドゥで、1981年に自身が出演して初演し、84年にマリシア・ハイデとジョン・ノイマイヤーのために改訂された。この2人は94年の〈第7回 世界バレエフェスティバル〉で『椅子』を踊り、高い評価を得た。今回は実に27年振りの上演だった。舞台にはおびただしい数の椅子が置かれ、天井からも吊るされている。ロマンは95歳の老人、フェリは94歳の老婆。2人は夫婦で、世界に向けて重要な発表をしようと客を集めているという設定だそうだ。ときおり台詞が語られたが、ドラマの展開を理解する助けにはならない。2人は老いた身振りは特にせず、これまでの人生を振り返るのか、寄り添ったり、椅子を移動させたり、ロマンがフェリに椅子の上を渡り歩かせたり、彼女の脚を愛撫したりと、様々なシーンを脈絡なく連ねていった。過ぎ去った日々を再び辿ろうとしても虚しく終わるだけだ。『トリスタンとイゾルデ』の音楽は、たまらなく甘美で官能的なはずなのに、何度か中断されたこともあり、ひどく哀しく虚ろに響いた。2人が肩を寄せ、互いをいたわるように舞台後方に歩んでいく姿は、何とも切なく、またいとおしくも映り、救われた気がした。円熟期を迎えたダンサーにしか味わい深く演じられない作品だと、改めて感じた。

249A1280_photo_Kiyonori-Hasegawa.jpg

© Kiyonori Hasegawa

第4部は『ロミオとジュリエット』より第3幕のパ・ド・ドゥ(振付:ルドルフ・ヌレエフ)で始まった。踊ったのは、ドロテ・ジルベールとBプロだけ出演が間に合ったユーゴ・マルシャン。追放の身となったロミオがジュリエットに別れを告げる寝室でのデュエットである。何度もロミオを引き留めようとするジュリエットと、辛さをこらえて彼女をなだめるロミオが、絶望感にとらわれ、むさぼるように激しく抱き合う様を、2人は流れに乗ってドラマティックに演じ、鮮烈な印象を残した。
『シャル・ウィー・ダンス?』より"アイ・ガット・リズム"(振付:ジョン・ノイマイヤー)では、ガーシュウィンの音楽にのせて、シルクハットに燕尾服の菅井円加とアレクサンドル・トルーシュが、明るく楽し気に軽快にステップを踏んだ。ジャンプも小気味よく、振付けにノイマイヤーの遊び心が感じられた。エリサ・バデネスとフリーデマン・フォーゲルが踊った『悪夢』(振付:マルコ・ゲッケ)は、今年6月に初演されたばかりの作品。キース・ジャレットとレディー・ガガの曲を用いて描かれたのは、男と女のクールな駆け引きの有り様だろうか。『ドン・キホーテ』(振付:マリウス・プティパ)でトリを務めたのは、エカテリーナ・クリサノワとキム・キミン。クリサノワが華やかにステップを踏み、ダブルを織り込んだフェッテを卒なくこなせば、キムは軽やかに高く彼女をリフトし、脚のラインも美しくスケールの大きなジャンプや回転技を披露し、会場を沸かせてフェスティバルを締めくくった。
Bプロの公演は約4時間に及んだが、"定番"の演目に加えて見応えある新しい作品が盛り込まれ、バレエ芸術の奥深さを示してもくれた。フィナーレで出演者全員が舞台に並ぶと、Aプロの時と同様、背後の壁一面にプロジェクションマッピングで花火が打ち上げられた。色や形を変えて打ち上げられる花火は、客席前方の天井や両脇の壁にまで広がり、コロナ禍で鬱積した人々の様々な不満を吹き飛ばしてくれた。最後に映し出された"Arigato"の文字は、出演してくれたダンサーや見に来てくれた観客に向けたものかも知れないが、むしろ、困難を乗り越え、薄氷を踏む思いで〈バレエフェス〉の開催にこぎつけてくれた制作者や裏方たちたちに送りたい。そして、3年後の第17回までには、思う存分「BRAVO!」が叫べるようになっていますように!
(2021年8月19日 東京文化会館)

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る