最愛の妻デズデモーナへの愛が崩折れていく悲劇を5人のソリストが熱く踊った、谷桃子バレエ団『オセロー』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

谷桃子バレエ団「Alive」

『Lightwarrior』日原永美子:振付、『TWILIGHT FOREST』岩上純:振付、『frustration』市橋万樹、石井潤太郎:振付、『OTHELLO』日原永美子:振付

『ハムレット』『リア王』『マクベス』とともにシェイクスピアの4大悲劇のひとつとして知られる『オセロー』を、谷桃子バレエ団は2016年にNHKバレエの饗宴で初演した。振付は日原永美子、台本は河内連太、音楽はアルフレード・シュニトケ「コンチェルト・グロッソ第1番」だった。今回は新型コロナ禍で厳しい状況が続く中で、全体の公演名を「Alive」とした創作バレエ4作の舞台で、曲を加えるなどヴァージョンアップした『OTHELLO』を上演した。バレエ団の創作バレエの代表作となるように育てていきたい作品だとという。

A-047.jpeg

「オセロー」(左から)今井智也、山口緋奈子、佐藤麻利香、三木雄馬、檜山和久
撮影:スタッフ・テス 根本浩太郎(すべて)

キャストはオセローを今井智也(初役)、デズデモーナを佐藤麻利香(初役)、イアーゴーを三木雄馬(初演も)、エミリアを山口緋奈子(初役)、キャシオーを檜山和久(初演も)、コロスは女性と男性ダンサーがそれぞれ5人ずつが踊った。バレエの舞台に載せるために、シェイクスピアの原作からは登場人物を絞り、物語も少し簡略にしている。
ショスタコーヴィチの影響を受けたと言われるロシア人作曲家アルフレード・シュニトケ(1943年生)の音楽は登場人物たちの心理を響かせ、主人公の心が破綻するとともにその世界が崩壊していくドラマに効果的だった。セットは円柱を背景に置いた抽象的な空間(装置は河内連太)。女性は白、男性は黒、コロスはグレイを基調とした衣裳(衣裳は宮本尚子)で、照明は暗く赤い光を鈍く映して暗鬱とした雰囲気を醸した。シノプシスは良く知られている通り、ムーア人の将軍オセローが、彼の旗手イアーゴーの策略により、最愛の妻ディスディモーナへの愛が崩折れていく、というもの。原作ではキリスト教の信仰文化が背景にあるが、バレエは心理的要因をフォーカスした悲劇として描かれている。
イヤーゴーはエミリアという妻がいながら、密かにオセローの美しい妻デズデモーナに深く惹かれており、彼を差し置いて副官にキャシオーを抜擢したオセローに妬みと憎しみを抱いている。しかし旗手としては、愛には疎いが武人として優れたムーア人のオセローの信頼を得ている。これを巧みに利用して、オセローの潜在するコンプレックスにつけ入り、デズデモーナへの嫉妬の炎を二度と消すことができないほど激しく燃え上がらせる。

A-045.jpeg

「オセロー」佐藤麻利香、今井智也

A-050.jpeg

「オセロー」

ソリストは今井を始め5人全員が熱く踊った。男性ダンサーの動きは激しい独白を積み重ねていくのだが、その中でイアーゴーの三木は表現をやや抑えめにして、逆に悪魔的な恐ろしさ際立たせた。一方、オセローの今井は絶望の果ての果てに至ってしまった、ムーア人の将軍の残酷な身体を浮き彫りにする渾身の演舞だった。また、デズデモーナの佐藤は、強烈な個性の男性ダンサーたちの中で、たおやかな天使のような輝きを表し、暗鬱な光の中に白いハンカチに象徴された純潔の美しさを輝かせた。また、密通の動かぬ証拠とされたハンカチを振りながら踊るペアを何組みも同時舞台に上げて踊らせ、嫉妬に狂ったオセローの惑乱を表した振付は良かった。
イアーゴーの妬みや執拗な欲望とオセローのコンプレックスに苛まれて屈折した嫉妬が、拮抗して心理のコントラストとして浮かび上がり、悲劇の構図を表し、観客の胸にに迫った。ただ、あまりに濃密な心理的展開が続いて、少々、息が詰まりそうだった。どこかでこの緊張した抽象的な空間ではない、開かれた外界のシーンを見せて欲しかったような気もした。なお、参考までに『オセロー』をテーマにしたホセ・リモン振付『ムーア人のパヴァーヌ』(音楽はヘンリー・パーセル)は、2018年にルジマトフが出演して日本でも上演されている。https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/tokyo/detail008066.html

A-057.jpeg

「オセロー」

A-060.jpeg

「オセロー」

A-110.jpeg

「オセロー」

A-113.jpeg

「オセロー」

『Lightwarrior』は日原永美子振付。音楽はポーランドの作曲家、ヘンリク・ヴィエニアフスキー。
光りを構成する原色を表すかのように、チュチュに彩りを配した衣裳を着けたダンサーたちが踊った。センターは馳麻弥、リーディングパートは6人(加藤未希、前原愛里佳、山田沙織、島亜沙美、中川桃花、永倉凛)アンサンブルの16人というすべて女性ダンサーたちだった。女性ダンサーらしいしなやかで闊達、柔らかさのある力強い踊り。常に前を向いて進んで行く意思を力いっぱいヴァイオリン・コンチェルトに乗せて表した。パンデミックに襲われた私たちに、存在感のある強いメッセージが送られた。

A-001.jpeg

「Lightwarrior」馳麻弥

A-005.jpeg

「Lightwarrior」

A-013.jpeg

「Lightwarrior」

A-078.jpeg

「Lightwarrior」

A-018.jpeg

「TWILIGHT FOREST」齊藤耀、檜山和久

『TWILGHT FOREST』は岩上純の振付。フレデリック・ショパンの曲を使ってミハイル・フォーキンが振付けた名作『レ・シルフィード』を原作として、その現代版を創ったという。それはパンデミックの最中にバレエ団が生きていくための表現を求め、谷桃子が『ロマンティック組曲』などで創った繊細で柔らかい表現だと感じて振付けたという。詩人(檜山和久)はジーンズ、森の妖精(齊藤燿)はチュチュを着けトップは身体にフィットした白、アンサンブルの男性ダンサーは身体のラインをしっかりと出したベージュのレオタード。衣裳を制作した浅野華子(徳田美奈と)は出演もしていて、踊り手としての発想を生かしている。妖精と詩人が心を通わせていく様子を、くっきりとした造型を作りながら踊った。岩上らしいちょっとニュアンスが感じられる動きが特徴的だった。
『frustration』は男性ダンサー5人(牧村直紀、服部響、松尾力滝、田渕玲央奈、染谷野委=ゲスト)がヴィヴァルディの『四季』の曲とともに踊った。新型コロナ禍で、表現することができないだけでなく、いつまた心を込めた充分な活動ができるようになるのか、誰も知り得ない状況下にあったこと。そのフラストレーションを表すこと。それがこの演目に基本となっている。
こうして「Alive」の舞台を省みると、『オセロー』以外の作品はすべてパンデミックに襲われた体験に直接的に基づいて創られている。『オセロー』のダンサーたちの熱演もまた、いささかなりともパンデミック影響を受けている、と言えるかもしれない。この状況を跳ね除けようとする力が、新たな創作のエネルギーを生んでいる。そう感じられた公演だった。
(2021年8月29日 新国立劇場 中劇場)

A-021.jpeg

「TWILIGHT FOREST」

A-025.jpeg

「TWILIGHT FOREST」

A-083.jpeg

「TWILIGHT FOREST」

A-035.jpeg

「frustration」牧村直記

A-036.jpeg

「frustration」

A-102.jpeg

「frustration」

A-105.jpeg

「frustration」
撮影:スタッフ・テス 根本浩太郎(すべて)

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る