ロシアを代表する4つのカンパニーのダンサーがロシア・バレエの古典から現代作までを華やかに競演、「ロシア・バレエ・ガラ2018」
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ワールドレポート/東京
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
RUSSIAN BALLET GALA 2018
ロシア・バレエ・ガラ 2018
マリインスキー・バレエ、ボリショイ・バレエ、ミハイロフスキー劇場バレエ、モスクワ音楽劇場バレエなどから選ばれたダンサーにより、ロシア・バレエの古典名作から現代作品に至るまでを上演するガラコンサート「ロシア・バレエ・ガラ 2018」が開催された。
近年は世界のバレエ界にもグローバル化の波が押し寄せ、それぞれの国の文化の豊穣を印象付けるバレエが次第に失われていくのではないか、と言われることも多い。しかし、こうしてロシアの主要カンパニーで踊っているダンサーたちが舞踊史に名を残すバレエや、未見の現代バレエなどを踊るガラ・コンサートは、そのプログラムを見ただけで、やはり独特の魅力が感じられ、思わず知らず惹きつけられてしまう。
全体は3部構成となっていて第1部はアントン・ドーリン振付、チェザーレ・プーニ音楽『パ・ド・カトル』。今シーズン、デビュー20周年を迎えたイリーナ・ペレン(ミハイロフスキー劇場バレエ、プリンシパル)がタリオーニ役を踊った。チェリートはアナスタシア・ゴリャチェワ(ボリショイ・バレエ、リーディングソリスト)、グリジはオクサーナ・ボンダレワ(元マリインスキー・バレエ、ファーストソリスト)、グラーンはカテリーナ・チェブキワ(マリインスキー・バレエ、セカンドソリスト)という配役だった。さすがに、それぞれステップは丁寧に踊られ古典的作品の雰囲気を充分に醸した。ただ、やはりかつての名バレリーナの名前の重さが観客にも伝わってくるからだろうか、肩から首まわりが少し硬く感じられたようなところもあった。
「牧神の午後」撮影/瀬戸秀美 写真提供/光藍社
『牧神の午後』はワツラフ・ニジンスキーの振付を、ファルフ・ルジマトフが改訂した現代版で、音楽はクロード・ドビュッシーの著名な曲。中央にユリア・マハリナ(マリインスキー・バレエ、プリンシパル)とルジマトフ(元マリインスキー・バレエ、プリンシパル)が背中合わせに立つ。黒いスーツを着たルジマトフがタバコをふかしている。手のひらを上に向けたニジンスキーの独特の動きなどもあって、「牧神の午後への前奏曲」のフルートの音色が表す倦怠的な雰囲気をイメージしたものだろうか。男と女の愛の表現があり、やがてルジマトフがマハリナの肩にジャケットをかけ背景の闇の中に消えていく。抑えた動きの中に、この曲を踊るニジンスキーの姿を幻視する男が描かれているかのようだった。
「オネーギン」撮影/瀬戸秀美 写真提供/光藍社
『オネーギン』はミハイル・ヴェンシコフの振付からパ・ド・ドゥ。ヴェンシコフはミハイルスキー劇場バレエのセカンド・ソリストだが、『エスメラルダ』や『白鳥の湖』などの古典全幕の改定振付も手掛け、公演のツアーマネジャーも務めている。プーシキンの小説『エフゲニー・オネーギン』は、チャイコフスキーのオペラの音楽を使ったジョン・クランコのバレエが有名だが、ヴェンシコフはジャン・シベリウスの音楽を使っている。イリーナ・コシェレワ(ミハイロフスキー劇場バレエ、ファーストソリスト)とヴェンシコフ自身が踊った。
『眠れる森の美女』のグラン・パ・ド・ドゥはボンダレワとボリス・ジュリーロフ(マリインスキー・バレエ。ソリスト)。ボンダレワが愛らしく踊った。
「眠れる森の美女」撮影/瀬戸秀美 写真提供/光藍社
「眠れる森の美女」撮影/瀬戸秀美 写真提供/光藍社
「ムーア人のパヴァーヌ」撮影/瀬戸秀美 写真提供/光藍社
第2部はホセ・リモン振付、ヘンリー・パーセル音楽の『ムーア人のパヴァーヌ』。<「オテロ」のテーマによるヴァリエーションズ>という副題が付けられたモダンダンス作品である。パーセルの組曲「アブデラザール、またはムーア人の復讐」の9曲に、ルネッサンスの頃の宮廷舞踊に由来するパヴァーヌをモティーフにしたダンスによって、9つのヴァリエーションを振付けている。装置を極限まで簡素にして、逆に衣装はリアルに見せる。フォーメーションは、パヴァーヌのスタイルである列をなす踊りを活かして作っている。
そして1枚の白いハンカチがデスディモーナからエミリア、ついでイヤーゴ、そしてオテロに渡っていく。登場人物の思惑を象徴する白いハンカチもまた、ダンサーとともに舞台で踊っているのである。その白いハンカチに主人公オテロの心理が映って、灰色の疑惑から黒い嫉妬に、そしてついに殺人の血の色へと変化していく。実際のハンカチは白だが、ヴァリエーションが展開していくにつれて、メタフジカルな色彩が次々と変化しながら観客の脳裡にも投影されていく。その見事な表現が興味深かった。これをこそ象徴表現というのであろう。
まさにルジマトフの得意とする演目のひとつで、オテロを心理と動きを巧みに一体化して音楽に乗せてみせた。実に鮮やかな演舞だった。デズデモーナをペレン、イアーゴをアレクサンドル・オマール(ミハイロフスキー劇場バレエ、セカンドソリスト)、エミリアをクリスティーナ・マフヴィラーゼ(ミハイロフスキー劇場バレエ、コリフェ)が踊った。
「ムーア人のパヴァーヌ」撮影/瀬戸秀美 写真提供/光藍社
「ムーア人のパヴァーヌ」撮影/瀬戸秀美 写真提供/光藍社
「薔薇の精」撮影/瀬戸秀美 写真提供/光藍社
第3部は『薔薇の精』(ミハイル・フォーキン振付、カール・ウエーバー音楽)で幕開け。ゴリャチェワとアンドレイ・ヤフニューク(ミハイロフスキー劇場バレエ、ファーストソリスト)が踊った。ヤフニュークは跳躍を誇示することなく、丁寧にピアノ曲と一体となって踊った。
『瀕死の白鳥』は長くマリインスキー・バレエのトップバレリーナだったマハリナがが堂々と踊った。銃に撃たれ重傷を負った白鳥の威厳ある死を見せ、最後は仰け反る姿勢で息絶えた。
『メロディー』は、かつてボリショイ・バレエの芸術監督も務めたアサフ・メッセレル振付、アントニン・ドボルザークの音楽。白い衣装のペレンとマラト・シェミウノフ(ミハイロフスキー劇場バレエ、プリンシパル)が静かな曲調に寄り添って踊った。
『ボレロ』はニコライ・アンドロソフ振付、モーリス・ラヴェル音楽。群舞と踊るヴァージョンもあるそうだが、今回はルジマトフのソロ。今シーズンデビュー40周年を迎えたルジマトフの全く衰えを見せない身体を見せる踊り、と言ってもいいのではないか、と思われるダンスだった。20世紀から21世紀にかけて踊った驚異のダンサーである。
ラストは『ドン・キホーテ』のグラン・パ・ド・ドゥ。ボンダレワとセルゲイ・マヌイロフ(モスクワ音楽劇場バレエ、ジュニアプリンシパル)が華やかに踊って、「ロシア・バレエ・ガラ 2018」の舞台を締めくくった。
(2018年9月2日 文京シビックホール 大ホール)
「ドン・キホーテ」撮影/瀬戸秀美 写真提供/光藍社
「ドン・キホーテ」撮影/瀬戸秀美 写真提供/光藍社