造形力に富んだ素晴らしいイマジネーションに感心した、中村恩恵の新作『火の鳥』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

新国立劇場バレエ団

ニューイヤー・バレエ 『レ・シルフィード』ミハイル・フォーキン:振付、『火の鳥』中村恩恵:振付、『ペトルーシュカ』ミハイル・フォーキン:振付

恒例となっている新国立劇場バレエ団の「ニューイヤー・バレエ」は、『レ・シルフィード』『ペトルーシュカ』のフォーキン振付作品と、中村恩恵の新作『火の鳥』の世界初演だった。
『火の鳥』は、周知のように1910年、ストラヴィンスキーが作曲した音楽にフォーキンが振付け、美術・衣装をゴロヴィン、バクストも衣装を担当して、パリ・オペラ座でディアギレフ率いるバレエ・リュスにより初演された。その後、バレエ・リュスの傑作バレエの一つとして上演されてきた。
また、モーリス・ベジャールはストラヴィンスキーの音楽に触発された革新的グループとそのリーダー、という抽象的なバレエを1970年に、やはりパリ・オペラ座に振付けている。
『火の鳥』の創作に当たって中村は師のキリアンからアドヴァイスを受けた。それはヨーロッパの文化では「火の鳥」は自由を象徴するものだということだったという。(詳細はhttps://www.chacott-jp.com/news/worldreport/tokyo/detail006439.htmlを参照されたい)
そして中村は「自由」と現代の状況により、新たな『火の鳥』の物語を作った。

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『火の鳥』中央、福岡雄大 撮影:鹿摩隆司(すべて)

設定は、とある国のとある時代とされ、抽象的な物語である。その国では、火の鳥の羽根には絶対的な力があると信じられ、専制君主の王子がより強い権力を得るために羽根を求める旅にでる。一方、リーダーの下、専制政治に反抗する反乱軍が結成され、やはり火の鳥を探している。また、火の鳥が棲むと言われる辺境の地には、専制君主の側近であったが、王に抗ったため徹底的に迫害され処刑された人物の娘が着の身着のままで倒れていた。そこに反乱軍のリーダーが現れ、娘を救い極秘のうちに男装させて反乱軍に入隊させる。
王子は火の鳥を求めてその辺境の地に来る。しかし、現れた火の鳥のあまりに妖しく美しい姿に我を忘れ、1本の羽根を与えられるとその虜となってしまった。反乱軍は女装して王子を籠絡し、その隙に火の鳥の羽根を奪おうとする。辺境の地で男装して加わった娘は、女性の装いをして一際美しい。すると王子は、女装した反乱軍の彼女に魅了されてしまい、一瞬、火の鳥の羽根を奪われてしまう。反乱軍のリーダーは火の鳥を呼び、王子と激しく戦うが、孤軍奮闘する王子を見て娘は彼の元へ走る。裏切りと本来の性が女性であったことが発覚し、戦いはいっそう激しさを増し、ついにはすべてが焼き尽くされ、ただ一面に焼け野原が広がる。その中で一人の娘が立ち上がった。彼女には新しい命が宿っていたのである・・・。

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『火の鳥』木下嘉人、井澤駿

体制 vs 反体制という明快な構図では捉えることのできない混迷、そして最も弱いものが受難する状況をジェンダーの問題とともに提起している。しかし、これだけの時間でこの物語を展開するのは、それぞれの関係性を表すだけでも難しかったかもしれない。やはり、もう何回か上演してさらにダンサーの意識とともに表現の説得力を高めてもらいたい。とはいえ、女性の性を象徴する火の鳥(木下嘉人)の奇想天外の造型のおもしろさ、リーダー(福岡雄大)を中心とした反乱軍の群舞の勇壮で流麗な美しさ、とりわけ、女装した反乱軍と火の鳥の羽根をめぐる王子(井澤駿)との戦いは、妖しく輝く魅力があった。また、男装する娘(米沢唯、五月女遥とWキャスト)のひときわ際立った美しさや、物語には現れない大きな背景を背負って踊る王子の闊達な動きなどは、ダンスの舞台ではあまり見たことがないイマジネーションがあり、大変に興味深かった。特に、米沢唯は見事。ケレン味なく踊ったし、最後の身籠っていることを表す小さな表現は心がこもっており感動的だった。男性の中で踊っても動きにまったく引けをとらず、かつ涼しい色香があった。
開幕から最後まで、ずっと人間たちの姿を見守っている奇怪な大樹のようなオブジェは、人間たちの際限ない闘争の過酷さを表していると同時に、命が永遠に繰り返す構造をも象徴しているようであった。ジェンダーが危機にさらされながら永続していくこともまた、ひとつの命の有り様なのかもしれない。

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『火の鳥』米沢唯(右)、井澤駿

フォーキンがショパンの曲に振付けた『レ・シルフィード』が上演された。この演目は新国立劇場バレエ団の素晴らしいレパートリーの一つだと思う。小野絢子と井澤駿、寺田亜沙子と細田千晶がプリンシパルをつとめ、「ノクターン」「ワルツ」「マズルカ」「プレリュード」などが、ロマンティック・チュチュを纏ったバレリーナたちにより、ショパンの花やかで美しい音楽にのせて、ラストに全員で踊る「華麗なる大円舞曲」まで、次々と踊られた。全体にとても良く整っており、雰囲気があり、心地良い舞台だった。

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『レ・シルフィード』小野絢子、井澤駿

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『ペトルーシュカ』奥村康祐

『ペトルーシュカ』は奥村康佑のペトルーシュカ、池田理紗子のバレリーナ、中家正博のムーア人だった。奥村が大きな表現を見せて健闘していた。池田が二人の間に入ってとぼけた微妙な味をだしていて興味深かった。コミカルな表現にも積極的に挑戦してほしいと思う。中家のムーア人は強者の表現がよく現れ、3人のコンビネーションもバランスも良かったと思う。見せ場の一つであるサーカス広場のヴァラエティに富んだ踊りも、全体で一体感があり、楽しかった。それにしてもストラヴィンスキーの音楽は見事で音が実に雄弁で素晴らしい。自身で台本(フォーキンと共作)を書いているだけに、素晴らしい音の世界を創り出していた。
(2019年1月12日 新国立劇場 オペラパレス)

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『ペトルーシュカ』(左から)中家正博、池田理沙子、奥村康祐

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『ペトルーシュカ』中家正博、池田理沙子 撮影:鹿摩隆司(すべて)

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