金子扶生、アクリ瑠嘉ほか、日本人ダンサーが活躍した英国ロイヤル・バレエのアシュトン版『シンデレラ』が映画館で上映される

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン

『シンデレラ』

英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2022/23では、アシュトン版『シンデレラ』を6月16日から全国の映画館で1週間限定公開する。
周知のように『シンデレラ』は、『眠れる森の美女』とともに17世紀フランスの宮廷人であったシャルル・ペローの童話を原作としており、華やかなフランス宮廷の雰囲気とその時代精神を映している。そしてそれはクラシック・バレエの格好の題材であり、古くからバレエとして上演されてきた。マリウス・プティパは『シンデレラ』を振付け、ピエリーナ・レニャーニの主演でマリインスキー劇場で上演し、その舞台では32回連続フェッテが初めて披露され、帝政ロシアのバレエ・ファンに大きな反響を呼んだ。また、1935年にバレエ・ランベールにアンドレ・ハワードが振付けたヴァージョンでは、フレデリック・アシュトンが王子役を踊っている。
1944年にセルゲイ・プロコフィエフが『シンデレラ』のバレエ音楽を作曲し、翌45年にはボリショイ劇場でロスチフラス・ザハロフが振付け、オリガ・レペシンスカヤがタイトル・ロールを踊って初演された。以来、多くのカンパニーがプロコフィエフの音楽による『シンデレラ』を上演するようになった。
英国ロイヤル・バレエは1948年に、プロコフィエフの音楽によるアシュトン版『シンデレラ』をイギリスで初めて製作された全幕バレエとして初演した。シンデレラ役は当初マーゴ・フォンテーンとモイラ・シアラーがともに配役されていたが、怪我のためにモイラ・シアラーが初演を踊っている。

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「シンデレラ」
©2023 Sebastian Nevols

今回、英国ロイヤル・バレエは、およそ10年ぶりにアシュトン版『シンデレラ』を上演することになり、初演からちょうど75年が経過していたことを記念して、舞台美術や衣裳を一新し、新プロダクションとした。舞台美術は、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの舞台版『となりのトトロ』で、ローレンス・オリビエ賞舞台デザイン賞を受賞したトム・パイが、自然をテーマにして美しい花々や草木などをモチーフにしたデザインを展開し、魔法のシーンではプロジェクションマッピングを使って壮大な空間イメージを創っている。第2幕の宮廷の舞踏会のシーンは屋外に設定され、星の瞬きの下、草木が靡く微風を感じながら踊られる。衣裳デザインはアレクサンドラ・バーンで、あえて時代を設定せず、様々な時代からピックアップした衣裳を作った。ロイヤル・オペラハウス管弦楽団をクン・ケッセルズが指揮した。

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ギャリー・エイヴィス ©2023 Tristram Kenton

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マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ ©2023 Tristram Kenton

出演は、シンデレラ:マリアネラ・ヌニェス、王子:ワディム・ムンタギロフ、シンデレラの義理の姉たち:アクリ瑠嘉、ギャリー・エイヴィス、シンデレラの父:ベネット・ガートサイド、仙女:金子扶生、春の精:アナ=ローズ・オサリヴァン、夏の精:メリッサ・ハミルトン、秋の精:崔由姫、冬の精:マヤラ・マグリ、道化:中尾太亮、と日本人ソリストが4人も踊っている。

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アクリ瑠嘉、ギャリー・エイヴィス ©2023 Tristram Kenton

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©2023 Tristram Kenton

アクリ瑠嘉がギャリー・エイヴィスと女装して踊った義理の姉たちの役は、イギリスの大衆芸術の伝統的なキャラクターを用いて振付けられている。初演ではロバート・ヘルプマンとアシュトン自身が踊り、練達な表現が観客に大いに受け、名演技として語り継がれてきた。後年にはデヴィッド・ビントレーがこのアシュトンの当たり役を踊り、その名脇役ぶりを披瀝した。こうした英国の伝統を担った役に扮したアクリ瑠嘉は、細かいステップを巧みに刻み、突っかかったりよろめいたり、転んだり、緊張したり驚いたり喜んだり・・・舞台狭しと踊り、生き生きと演じてたくまざる愛らしい味を振り撒いた。観ていて楽しく、強引で力強いエイヴィスの演技とのコンビネーションも鮮やかだった。観終わった後も、あのオレンジをもらって喜んで踊るリズムが頭の中に残っているようだった。ちなみに、第2幕の三つのオレンジのシーンは、やはりプロコフィエフが作曲したオペラ『三つのオレンジへの恋』の、魔法をかけられていた王妃が解放されて王子と結ばれる、という結末を示唆して、『シンデレラ』のエンディングを暗示していると思われる。

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金子扶生 ©2023 Tristram Kenton

仙女を踊ったのはプリンシパルの金子扶生。四季の精を導いてシンデレラを魔法の世界へと誘い、ついには王子と結ばれるまでをさりげなく演出する妖精ーーこの難しい役を、ごく自然な存在感によって見事に美しく表していたのには大いに感心した。金子扮する仙女は、義理の姉たちが舞踏会に出かけて一人残されたシンデレラの部屋に現れて、四季の精たちをリードして踊り、箒の王子と踊るシンデレラの空想と共鳴し、魔法を現実へと転換してしまった。もちろん、優れた演出や振付に拠っているが、実際に観客の情感に訴えたのは金子のダンスの力だったと思う。また、道化を踊った中尾太亮は、第2幕の冒頭から舞台に立ち、王子やシンデレラの登場の雰囲気をうまく作った。そしてエネルギッシュで爽やかな躍動感を印象に残した。
シェイクスピアの国・演劇の国イギリスのど真ん中のロイヤル・オペラ・ハウスで、日本人ダンサーたちが縦横に活躍する舞台を観て、心中思わず快哉を叫んだのは私だけではないだろう。

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©2023 Tristram Kenton

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©2023 Tristram Kenton

アシュトン版の『シンデレラ』では継母は登場せず、義理の姉たちとシンデレラの人物像がコントラストを成す。義理の姉たちは目先の利害に狂奔し、ファッション中毒のようにドレスを選び、髪を飾り、煌びやかなアクセサリーを競う。一方、シンデレラはイマジネーションが豊かで、箒にスカーフを飾った王子と舞踏会を楽しんでいる。マリアネラ・ヌニェスのシンデレラは、余分な感傷的な情緒を抑え、ややスポーティな感覚で一貫して全幕を踊り切った。特に宮廷の舞踏会で王子と出会った時に踊る長いヴァリエーションは豪華だが虚飾がなく、率直な喜びに溢れ、さすがの実力を発揮して観客の喝采を浴びていた。王子を踊ったワディム・ムンタギロフは、細身の身体で王子らしく落ち着いて悠揚迫らざるものがあった。第3幕では、貧しい身なりをしたシンデレラに、再び出会った喜びをごく自然に表して、人間性も滲ませた好感の持てる王子だった。とりわけ、宮廷シーンのシンデレラと王子のデュエットは、アシュトンらしい美しいフォルムが鮮やかに際立って、この作品のハイライトというべき美しいもの。

アシュトン版『シンデレラ』は、プロコフィエフの音楽の第3幕のデヴェルティスマンをカットして、シンデレラの家と宮廷という夢と現実が行き交う二つ劇空間で繰り広げられる、シンプルな構成となっている。先日、新国立劇場バレエ団が上演したアシュトン振付の『夏の夜の夢(The Dream)』も、現実の結婚式にまつわる部分をカットし、妖精たちの森を舞台とした「一睡の夢」として仕上げていて、見事な完成度だった。アシュトンは物語の劇空間を明快にして音楽を強く響かせ、プロコフィエフの旋律の美しさを際立たせた。まさに登場人物の魂を歌う「バレエの詩人」なのである。

【公開】6月16日(金)よりTOHOシネマズ 日本橋 ほか全国公開
公式サイト http://tohotowa.co.jp/roh/movie/?n=cinderella2022

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マヤラ・マグリ ©2023 Tristram Kenton

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