エリック・ブルーン賞国際コンクールで優勝した五十嵐 大地に聞く「ここに至るまでに関わったすべての方々へ感謝」
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インタビュー=香月 圭
Roman Novitzky, Mackenzie Brown and Daichi Ikarashi. Photo by Karolina Kuras. Courtesy of The National Ballet of Canada
英国ロイヤル・バレエに2020年に入団し、現在アーティストとして活躍中の五十嵐大地が3月25日、エリック・ブルーン賞国際コンクール("The International Competition for The Erik Bruhn Prize")の男性ダンサー部門で優勝した。
このコンクールは、世界各地のバレエ・カンパニーで活躍する18〜23歳の若いダンサーたちのためのショーケースともいうべき国際コンクールで、かつてカナダ国立バレエの芸術監督を務めた伝説的名ダンサー、エリック・ブルーンの名を冠して1988年に設立された。
参加するカンパニーから男女一組のペアが派遣され、古典作品のパ・ド・ドゥとこのコンクールのために若手振付家が創作した現代作品を踊る。採点は参加カンパニーの芸術監督たちが個々の出場者について審査し、男女一名ずつ受賞者が選ばれる。2009年に振付家部門も新設され、コンテンポラリーの新作を創作する振付家についても審査が行われる。
Dance Cubeが五十嵐大地にインタビューするのは、2020年8月に英国ロイヤル・バレエ入団直前に取材して以来となる。今回のオンライン取材では、エリック・ブルーン賞国際コンクールや近況について話を聞いた(2020年8月の五十嵐大地インタビュー記事はこちら)。
―― エリック・ブルーン賞受賞おめでとうございます。このコンクールに出場した経緯をお聞かせください。
五十嵐:10月にケヴィン(・オヘア芸術監督)よりヴィオラ(・パントゥーソ。英国ロイヤルバレエのアーティスト)と組んでこのコンクールに出てみないかという打診を直接いただきました。演目(『ダイアナとアクティオン』)も監督に選んでいただきました。
―― 今回のコンクールでの大地さんのパートナー、ヴィオラさんはアメリカの出身ですが、同級生の方ですか。
五十嵐:アッパー(・スクール)では僕の1学年下でした。ホワイト・ロッジのイヤー・イレブン(11年生:15〜16歳)から入学したと思います。カンパニーに入団してからは同世代でよく一緒に集まったりするので、本当に仲良しです。
彼女と一緒に組んで一番よかったのは、彼女は踊りも上手ですが、人としてとてもいい方だという点です。コンクールの期間中はバレエ以外のときでも、飛行機の機内や車内での移動時間も含めて一緒に過ごす時間が長いですが、相手が楽しい人かどうかというのは意外と大切な点だと思います。リハーサルでも二人で楽しく取り組むことができました。やはりいい人柄の方は踊りが上手いなと思います。
コンクールは3月末なのでまだまだ先の話だと思っていましたが、時間が思った以上に早く過ぎていき、あっという間にコンクールの日を迎えました。賞をいただけたことはもちろん嬉しいですが、自分のやるべきことを最後までやり遂げることができてよかったと思います。
――『ダイアナとアクティオン』のヴァリエーションでは大地さんが空中にとどまっているようでした。そのときに会場から感嘆のざわめきが聞こえました。大地さんは踊っている最中、そのような観客の反応を感じるものなんでしょうか。
五十嵐: 観客の皆様からそのように喜んでいただけて、とても嬉しいです。先ほども申し上げましたが、自分のやるべきことをした結果なので、ここでお客さんを喜ばせようとか沸かせようといった気負いを 持つことはほとんどないですね。
Daichi Ikarashi and Viola Pantuso in Diana and Acteon. Photo by Karolina Kuras. Courtesy of The National Ballet of Canada.
―― 大地さんは、ジャンプやターンなどの動きを見ても非の打ち所がないように見えるのですが、どちらが得意ですか。
五十嵐:自分の中ではどちらが得意あるいは苦手だということはなく、踊るのが好きなだけです。
―― コンテンポラリー作品『Things Left Unsaid』は英国ロイヤル・バレエの同僚ジョシュア・ユンカー(Joshua Junker)さんが創作されましたが、彼の作品に出た感想を教えてください。
五十嵐:ジョシュアは僕より4、5歳くらい年上ですが、更衣室も一緒ですごく仲良くさせていただいております。今回、彼との創作活動はすごくいい経験になりました。彼にとっても僕がどういう人か知っているのがプラスに働いたと思います。彼は仕事をするときとプライベートのときの切り替えが上手く、すごくプロフェッショナルだと思います。
Daichi Ikarashi and Viola Pantuso in Things Left Unsaid. Photo by Karolina Kuras. Courtesy of The National Ballet of Canada.
―― 大地さんはヴァレンティノ・ ズケッティの『Anemoi』やカイル・エイブラハムの『Weathering』などにも出演されましたね。
五十嵐:振付家として僕を理解してくださる方は、クラシック作品の方に僕を起用することが多いですね。例えばヴァレンティノの作品も、コンテンポラリーかクラシックかといえば、どちらかというとクラシック寄りです。僕自身もクラシックの踊りの方が好きですが、カンパニーや様々な場所でクラシック以外の作品に触れる機会があり、今後はいろいろな踊りができるようになりたいなと思っています。
―― 私たちも大地さんが今後挑戦される作品を拝見することを楽しみにしています。
今回のエリック・ブルーン賞国際コンクールでは、主催のカナダ国立バレエやアメリカン・バレエ・シアター、シュツットガルト・バレエの出場者の方たちと交流する機会はありましたか。
五十嵐:はい、彼らと一緒にバレエ・クラスを受けていました。シュツットガルト・バレエから参加したマッケンジー(・ブラウン。エリック・ブルーン賞女性ダンサーの部で優勝)とは以前、ロサンゼルスでの2週間程度のサマースクールで一緒になったことがあります。彼女はモナコのプリンセス・グレース・アカデミー出身で、その生徒たちはロイヤル・バレエスクールへ研修しに来る機会がよくあり、共通の仲間もたくさんいるので、いろいろなつながりで5、6年ぐらい前から知り合いでした。彼女が出場すると知ったときはすごく嬉しかったです。もちろん、パートナーのヴィオラには優勝してほしかったですが、マッケンジーのことはダンサーとしてはもちろん、人として尊敬してるので、一緒に受賞できて嬉しかったです。このコンクール期間中もずっと笑いかけてくれて、僕たちが踊っているときも舞台袖でずっと笑顔で見守っていてくれました。そんなにニコニコされたら、こちらも笑顔を返したくなりますよね。あの瞬間、彼女は本当にいい人だなと思いました。
―― マッケンジーさんの素顔は素敵ですね。コンクールは割とアットホームな感じだったのでしょうか。
五十嵐:YAGPでスカラシップをいただいて英国ロイヤル・バレエスクールに入学して以来、コンクールには10年近く出場しておらず、自分には縁がないものと思っていました。今回のコンクール会場はカナダ国立バレエのホームですから、いわば完全なるアウェイでした。サッカーの試合でアウェイのチームが地元を打ち負かすことがあるように、逆境をひっくり返すことに挑戦することは決して嫌いではないんです。コンクールではくじ引きで出場順を決めるのですが、僕は4番を引いてしまったので、自分の出番が終わるまでは緊張して、他の人たちの踊りが全く見られなかったのは残念でした。
―― 大地さんの舞台は緊張しているようには見えませんでした。
五十嵐:やっとカンパニーに入団して三年目で今回のようなチャンスをいただき、それを無駄にしないように頑張ろうという気持ちで踊りました。入団しても最初のうちはなかなか役をいただく機会に恵まれず、踊る機会が少ないので、すごく悩んで辛い気持ちになることがありました。今振り返ると、その苦しい時期があったからこそ、今回のように自分にチャンスが訪れたときに「絶対に負けない」という気持ちが芽生えたのではないかと思います。コンクールで優勝したときはいろいろな方々から話しかけられましたが、帰国してカンパニーに戻ってもいただける役が急に増えたりすることはありません。別に今回優勝したからといって調子に乗っていたら、それは逆に他の方々から人として尊敬されないと思うので、僕は帰国したら「何かあったの」と聞かれても「何かあったの?」いう感じで過ごしています。今回のコンクールにしても、通過点のひとつだと思います。
このコンクールの開催前の時期に英国ロイヤル・バレエでは『眠れる森の美女』を上演していました。踊る役が与えられなかった団員は、第一幕の最初から公演が終わるまで舞台でずっと立ちっ放しなのです。このような下積みの経験をし、辛抱強く生きていくのが結局は成功への一番の近道だと思います。
―― オヘア監督も『うたかたの恋 -マイヤリング-』で主役のルドルフ皇太子を演じた平野亮一さんについて「彼も最初は墓場のシーンに登場する役からスタートした」と語っています。
五十嵐:亮一さんは僕にとっては大先輩ですが、彼をはじめ先輩方は皆とてもいい方ばかりです。僕が辛い思いをしているときも、心の底では「俺もそうだったよ」とわかっていただけるのです。立ち役の衣装には例えば「20XX年 (名前)」という風に現在プリンシパルとなった大先輩たちがその役に出演したときのお名前と西暦が書かれたタグがたくさん縫いつけられているのです。それらを見ると、「この人たちも昔は僕と同じ役に出演されていたのか。僕もがんばろう」という気持ちになります。こう思えることがロイヤルの好きなところです。
セルゲイ・ポルーニン、五十嵐大地(ヨハン・コボー版『ロミオとジュリエット』でマキューシオを演じる)© Ian Gavan
―― 英国ロイヤル・バレエが歩んできた歴史の重みを感じますね。2月末から映画館公開されたロイヤル・オペラハウス・シネマシーズンの『くるみ割り人形』では車椅子を押していらっしゃいましたね。
五十嵐:そのような小さな役でも真面目に演じることが大切だと思います。
―― 『くるみ割り人形』の別の公演日ではトレパックに出演されましたね。英国ロイヤル・バレエを観るのがお好きな方々は、大地さんの出演日などをきちんと把握しています。
五十嵐:ありがとうございます! 僕が踊る役で出る日を皆様はご存知なんですね。とても嬉しいです。トレパックは楽しんで踊りましたが、実は『くるみ割り人形』のシーズンが終わってからケガをしてしまい、踊れなくなった時期がありました。休養を取らずにそのまま踊り続けていましたが、ある日突然、「これはもう無理だ」という状態になってしまいました。このまま踊り続けたらコンクールに出るときも膝が痛いままになるということで、踊るのを一旦休むことにしました。しばらく静養して症状が良くなったのですが、リハビリの時間が思った以上にかかってしまい、実は3月まで跳ぶ練習をしていなかったのです。「この期間は全然跳んでいなくてまずいな。コンクールまでに間に合うのかな。ヴィオラに申し訳ないな」と内心冷や冷やしていました。
―― そうだったんですか・・・! おケガされていたとは全く感じさせない踊りでしたが。
五十嵐:もし優勝していなかったら打ち明けることのなかった裏話です。
―― コンクールの舞台裏は驚きのエピソードが満載でした。さて、英国ロイヤル・バレエでは『シンデレラ』がスタートしましたね。
五十嵐:ジェスター(道化)などにキャスティングされています。コール・ド・バレエの出演が多いですが、このような役がいただけるのはラッキーなことです。コンクールが終わり、カナダから帰った翌日からリハーサルを始めています。
ヨハン・コボー版『ロミオとジュリエット』でマキューシオを演じる五十嵐大地 © Ian Gavan
―― 2021年冬にセルゲイ・ポルーニンさんのカンパニーでヨハン・コボーさん振付の『ロミオとジュリエット』でマキューシオを演じていらっしゃいますね。
五十嵐:本番3週間前にけが人が出て、コボーからマキューシオ役を打診されたのです。メーガン・グレース・ヒンキスが主催したドーセット州のマナーハウス、アセルハンプトンハウスでのチャリティー・ガラで、コボーの作品に中尾太亮くんと出演したときに、彼にリハーサルを見ていただきました。そのときに僕のことを覚えていてくださったのだろうと思います。コボーさんから打診が来たときは僕は入団1年目でしたが、踊りたくてもその機会に恵まれない時期だったので、二つ返事で引き受けました。ロイヤル・オペラハウスのシーズン中でしたが、ケヴィンが「いい経験になるから」と送り出してくれました。
―― 『ドン・キホーテ』のバジルのヴァリエーションの動画も拝見しました。
五十嵐:佐々木万璃子ちゃんとイタリア各地のガラ公演に出演していたときのものです。彼女はとてもいい方で、人として尊敬しています。年末に『くるみ割り人形』で彼女が主役デビューしたとき、舞台袖でどれだけの人が彼女の踊りを見て感動して泣いていたか、これまで見たことのない人数でした。その光景は去年一年間の中で最も印象的なものでした。
―― 佐々木万璃子さんは皆から愛されているのですね。さて、大地さんは6月末の英国ロイヤル・バレエの来日公演に続いて8月には「The Artists - バレエの輝き - 」のガラ公演が控えていますね。アメリカン・バレエ・シアターの山田ことみさんと初めてパートナーを組むそうですね。
五十嵐:ことみちゃんとは昔から知り合いで、今回もおめでとうというメッセージをいただきました。
―― 彼女のパートナーを務めるということは、大地さんは国境を超えてアメリカ・チームの一員として踊るのですね。詳報が発表されていくのを楽しみにしております。
英国ロイヤル・バレエにはいろんな国籍の方がいらっしゃって、皆でこのバレエ団をいろんな方向から作り上げてるようなイメージがありますが、大地さんご自身も団員の皆さんの人柄や横の繋がりを感じられますか。
五十嵐:はい、僕は英国ロイヤル・バレエのそういったところが大好きです。僕の周りの方々はただ踊りが上手いだけではなく、人間的に優れていて、仕事を通して彼らの素晴らしさを感じたり、彼らと仕事で関わることができて嬉しいです。
僕のルームメイトの中尾太亮くんは本当にバレエが上手いので、一緒にいると自分が上手だと思うことは一度もありません。太亮くんやワディム(・ムンタギロフ)などを見ていると「これくらいできなくては駄目なんだ、こんなに踊れるんだ」という思いが日々強まり、自分の中の基準がどんどん上がっていくような気がします。
「2019年に現役を引退し現在はアルビレックス新潟の営業本部長を務める野澤洋輔氏が出発前に新潟駅に来てくださり、選手全員のサイン入りユニフォームを届けてくださいました。」五十嵐大地:談。
―― オフのときはどのように過ごしていますか。
五十嵐:サッカーが大好きです。休みが一緒の日になった同僚が会場へ連れて行ってくれることもあり、地元サポーターとともにサッカーの本場で生の試合ならではの臨場感も味わうことができて嬉しいです。カンパニーではセザール(・コラレス)と仲良しで、サッカーの動画をインスタグラムで送り合ったりしています。日本でも僕の地元のJリーグ・チーム、アルビレックス新潟の本拠地のスタジアムに招待していただき、サポーターの皆さんの前でお話しさせていただいたことがあります。アルビ・ファンの父にとって最高の恩返しとなりました。父は生まれて間もない赤ちゃんだった僕を連れてサッカーを見に行っていたそうです。そのおかげで僕も立派なアルビ・ファンに育ちました。週末、試合のときはその日昼夜公演があってどんなに忙しくても、朝5時に起きて見ています(笑)。
―― 大地さんの熱いサッカー愛が伝わってきました。最後に、今回のお話を締めくくる言葉をお願いします。
五十嵐:僕が今ここにいるのは僕の力ではありません。周りの方々のお力添えがあったからこそ、エリック・ブルーン賞国際コンクールで1位を取ることができました。僕がここまでたどり着くまでに関わっていただいたすべての方々、そして日頃お世話になっているカンパニーの皆さんに心からの感謝の意をお伝えします。日本での公演も頑張りますので、皆様、引き続き応援よろしくお願いいたします。
―― スター軍団の中で精進されている大地さんの前向きなお話にこちらも励まされます。日本での舞台を楽しみにしております。
「The Artists - バレエの輝き - 」
会期:2023年8月11〜13日
会場:文京シビックホール 大ホール
公式サイト:https://www.theartists.jp/
出演:マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ、マヤラ・マグリ、マシュー・ボール、金子扶生、ウィリアム・ブレイスウェル、五十嵐大地(英国ロイヤル・バレエ)/タイラー・ペック、ローマン・メヒア(ニューヨーク・シティ・バレエ)/キャサリン・ハーリン、アラン・ベル、山田ことみ(アメリカン・バレエ・シアター)
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